バレンタイン。
男達がそわそわし、女子の手元をちらちら見ては挙動不審な行動を取る日である。
北斗・南斗の拳士達が揃いも揃って挙動不審を通り越して完全な変態ストーカー行為を行った日でもある。
しかし、今年は事情が違う。
前回は愛しののチョコが全く見当たらず、それ故にチョコ欲しさで強引に迫ってしまったわけだが、今年こそはと意気込む彼らの目に飛び込んできたのは紛れもない――

「こ…これは…!!!」

赤い包装紙で包まれてピンクのリボンをかけられた小箱。

「「「「「「「てっ…手作りチョコ……!!!」」」」」」」

ストーキング行為を行っていた彼らは発見してしまった。
バレンタイン前日に、の部屋の机の上に置かれた可愛らしい箱の存在を―――





バレンタイン当日、は机の上に置いたチョコにカードを添えて外出した。
彼女なりに考えたのだ。どうすればあの変態共から逃れて一日を静かに過ごせるのかと。
様々な方法を思考する内に、は一つの結論に至った。

前回はチョコを用意しなかったから、やつらが群がったんだ。
つまり、チョコさえ用意しておけば意識は私からチョコに向けられる!!と。

しかしバレンタイン用のチョコなんて今更用意していない。
あるにはあるけど手持ちのチョコはジュウザ用と5円チョコ3個だ。
どうするか、と思案していた所、たまたまを尋ねてきた友人――ユリアが、「友チョコよ」と言って可愛らしく包装された手作りのチョコを渡してくれたのである。

彼女の好意を無碍にしてはならないと受け取っただったが、ユリアの調理レベルが破壊的だという事を彼女は良く理解している。
性質が悪いことに、味も見た目も完璧に問題なく作れるのに、必ず遅効性の毒のような効果が有るという恣意的なものすら感じる物体を作り上げるのだ。

は幼い頃から何度か酷い目に合っているので、ユリアから貰った食べ物は絶対に口にしないことに決めている。ただ美味しかったよと言うだけ言って、こっそりジュウザに食わせているのだ。
そのため彼は時々原因不明の腹痛に倒れるわけだが、原因がユリアだという事は気付いていない上にを疑うこともない。
知らぬが仏とはこの事だ。

だがここに来て、このリーサルウェポンが役に立つ日がこようとは。
可愛い包装に美味しそうな見た目ならば連中もきっと何の疑いも無く口に入れるだろう。
そして2時間後くらいに腹を壊して半日はトイレから出られなくなる。下手をしたら熱を出す。

もちろん食べ物は粗末にしちゃいけない。
しかし食べてくれる人に食べて貰った方が良いに決まっているのだ。
そして今、この周辺はチョコを食べたいと思っている変態共がウヨウヨいる。
食わせてやればいいのだ、需要と供給がマッチしているのだから。

「もうこれしかない…!!」

囮にユリアの友チョコを使う事を決めたのは当然の流れであった。


そんなわけでは机の上の窓から見える位置にご丁寧に“お好きな方へ”と書いたメッセージカードを添えて放置したのである。
欲望に目が眩んだ連中が確実に盗りに来て、勝手に奪い合って自滅すると踏んで。

しかし今回の変態達は無駄に頭を使っていた。
チョコを各々発見した彼らはすぐに行動に移すことなく、筋肉ばかりで中身スカスカの頭で一様に考えたのだ。

のチョコをこっそり奪って代わりに自分のチョコを置いておけば、他の連中を出し抜く事ができる!!


この浅はかな考え事が、今回の悲劇の最大の原因である。
不穏に笑うストーカー達の様子を見ていた南斗や北斗の門下生達は皆思った。
アホの極みなどとは口が裂けても言えない、と。



が部屋を出た後、最初に動いたのはシンだった。

「くく…これでのチョコはこのオレのもの。他の連中には渡さんぞ…!」

摩り替えたシンのチョコにはホウ酸が入っている。ゴキブリ団子ならぬゴキブリチョコだ。つまり毒である。
自分の事は棚に上げて、他の連中をゴキブリと例えた根性の悪い仕掛けだ。
しかし彼は知らない、自分が摩り替えたものがのチョコではなくユリアの物であるという事を。
それが、見た目と味を巧妙に細工した取扱危険物である事を。

してやったりと言わんばかりの表情でそそくさとその場を離れたシンに続いて、レイが周囲を警戒しながらの机に忍び寄る。

…やっとオレにチョコをくれる気になったんだな…!」

と同じものに偽装したレイのチョコには睡眠薬が仕込んである。食べたら半日は眠りに落ちる。
もし万一が食べてしまった場合に、眠らせてから如何わしいことをするつもりでいるのだ。
正に変態である。
レイはシンの仕込んだゴキブリチョコに頬ずりしながら自分の偽者を置いて何事もなかったかのように去った。
周囲を警戒しながら歩く姿はまるでゴキブリさながらにカサカサしていた。

入れ違いでの部屋に忍び込んだのはシュウである。

「許せよ…私は君の愛がどうしても欲しいのだ…!」

シュウの用意したチョコはチョコではない。食品サンプルだ。単純に異物なので食べられない。
一口目で異物とわかるようにしているあたり甘さが抜けきらないとも言えるが、誤飲した場合の悲惨さはハザードレベルだ。
尤も、食品サンプル食ったくらいでは死ななそうな連中しか居ないのであまり深く考えていないのだろう。
仁星にはあるまじき卑怯な手を堂々と使い、シュウも音も立てずにの部屋を出た。

その後の部屋に入ったのはユダだった。

「くくく…なんともいじらしいな、よ…お前の愛は俺が確かに受け取っていくぞ…!」

ユダが摩り替えたチョコにはハバネロが練りこんである。
口にすれば水を求めて荒野を彷徨う事になる。
性格の悪さが滲み出る仕掛けだ。
毒ではない故に死ぬことはなくとも、水が不足しがちなこの時世には最低な手である。
口の中がひりひりしたままで唇をパンパンに腫らして彷徨うライバルの姿を想像してにやつきながらのチョコ(実際はシュウの食品サンプル)を手にしてするりと部屋を出た。

遅れての部屋を訪れたのはサウザーだ。

「くく…聖帝に敗北など有り得ん…待っていろ!」

サウザーのチョコはバイ●グラが入れてある。
食べたら半日は下半身が剛掌波だ。
前回と同じ上やる事がおこちゃまレベルな所に精神年齢の低さが露呈している。
食べた相手が盛りまくって以外にも誰かを襲いかねないという危険すら考えていない。
つまりアホの子である。アホの子ゆえに周囲の迷惑も考えていないのだ。
何も考えていないサウザーはユダのハバネロ入りチョコを掴み、同様に包装したバイア●ラ入りのチョコを代わりに置いた。

サウザーが去った後、の部屋にはトキが入ってきた。

「部屋に置いていくなんて初心な女性だ…大人しく私の妻になれば沢山可愛がってあげるのに」

完全にヤバイ人の呟きを漏らすトキのチョコには下剤が仕込んである。
半日はお腹がギリギリになる。
確実に一人は潰すという執念が見える手だ。堅実にライバルを潰していく緻密さが見て取れる。
しかし彼もまた詰めが甘かった。
手に取ったチョコが自分のイメージを崩壊させるやばいシロモノだという事に気付かなかったのだ。
普段ならば毒の匂いすら嗅ぎ分ける暗殺拳の使い手だというのに、チョコで舞い上がってこの有様である。
甘い愛情どころか激しい劣情しかない塊を手にしてほくそ笑みながら出て行ったトキの後、最後にの部屋に入ったのはラオウであった。

「ぬう……今年はお前に俺自らチョコをプレゼントするぞ、よ!」

ほんのり頬を染めながらのしのしとの部屋に入っていく様は不審者以外の何者でもない。
不審者たるラオウのチョコは指紋だらけの手作りチョコである。
何も入れていないので害はないが見た目的に最悪だ。
なぜなら掌で握りつぶしただけだからだ。おにぎりとチョコの作り方の区別がついていない。
但し、ラオウだけは他者を蹴落とす目的ではなく純粋にチョコを(勝手に)交換しただけだ。
意外とオトメンである事が判明した。


こうして全ての変態共はからのチョコ(ではなく別人の罠チョコ)を手に取り、意気揚々と口に入れた。
そして順番にの元に行き、各自のダメさを露呈する事となった。



…お前の愛は確かに受け取っゴフゥッ!?」
「そう、安らかにね。(よし、ユリアのチョコは効いた!)」

シン、ユリアの取扱危険物を食し撃沈。

「ぐはっ…こ、こんなに強烈な愛情表現は初めてだ…オレを殺して自分のものにしたいんだな…!?」
「ハイハイそのまま死んでくれ」
「フ、激しすぎるぞ…!」

レイ、シンのゴキブリチョコにて撃沈。

「ふふ…私を眠らせてどうするつもりなのかな…!?まさか縛って高度なプレイを!」
「は?知りません勝手に寝てください」

シュウ、レイの睡眠薬にて爆睡。

!ふはは、よく判ったぞ!お前の愛は永遠だという事が「黙れオカマ拳士」がふっ!?」

ユダ、食品サンプルまでポジティブすぎる解釈をしたための鉄拳により撃沈。

「うぐぅ…!…なんという熱い愛ッッ…!!」
「え、寄らないでくださいサウザー様、涎すごいんでキモイです」

サウザー、石●さとみ以上のウルウルぽってり唇となり水を求めて彷徨い撃沈。

「ハァ…ハァ……なんて大胆なアプローチだ!私の股間が猛翔波!!!」
「ぎゃああああ勃ってる!!おまわりさーーーん!!?」
「ハイちょっとお話聞きますねー身分証を」
「誤解だおまわりさん!これは彼女の愛が」
「うん後は署で聞きますんで」

トキ、普通のダメな変態となり、わいせつ罪にて現行犯逮捕。

「ぐぬぬぅ〜…!!こっ、このような…このような仕掛けをしているとはぁ〜ッ!!!」

ラオウ、まさかの弟の仕込んだ下剤によりトイレに篭ったまま撃沈。

そしてラオウの置いていったチョコはと言うと。



「あれ?何でまだ置いてあるんだろう…シンが食べたはずなのに…」

シンが食あたりになったはずのユリアのチョコが包装されたまま置いてあるのを不審に思ったはチョコの包装を丁寧に解き、中身を見て静かに蓋を閉めた。
なんだこの気持ちの悪い物体、指紋がベタベタついている。
これはユリアのチョコじゃない。誰かが代わりに偽装して置いて行ったに違いない。

考えた結果、はこのチョコはまずアリに食べさせてみて、無害だったら溶かして作り直して修練生に配ろうと決めた。
決して自分では食べない。あの変態達の誰かの仕業であれば自殺行為でしかないからだ。
そして、今回選んだ方法が見事なまでに上手く行った事を天に感謝し、こっそりと隠し持っていたジュウザの分のチョコを持ち出して走った。



周囲には変態はいない。
こんなに平穏無事にバレンタインを乗り切れる日が来るとは思わなかった。
次も同じ手には乗ってくれないだろうけど、少なくとも今日一日が平和に過ぎれば上々だ。

「ジュウザ兄!」
「おう、!待ってたぜ」

人気の少ない道場の裏庭に来ると、ジュウザが待ちくたびれたと言わんばかりにに駆け寄ってきた。
ジュウザには毎年義理チョコを渡しているから、今年も例年通りにチョコを渡すつもりだったのだ。
実はユリアのお菓子だのなんだのをいつも食べさせてしまっている罪滅ぼしでもあるので、彼の分だけは忘れてはならない。

「ごめんね。これ、いつもの」
「ヘへっ、悪いな!」

今年もどうにか無事にジュウザにチョコを渡し終えて、は安堵しながら部屋に戻った。
憂鬱だったバレンタインも終わったし、今日は寝るまでゆっくり過ごせる。
意気揚々と部屋の扉を開けて、は笑顔のまま停止した。

撃退したはずの変態共が、部屋の中で呻き声をあげながらゾンビの如く待ち構えていたからだ。

〜〜〜〜!」
「ギブミー…」
「ギブミー・ユア」
「「「「「「「ラァァァァァァブ!!!!!!」」」」」」」

「ぎゃああああああああ!!!?」

は忘れていた。
自分が相手にしている者たちのしぶとさを。
は忘れていた。
この程度で諦めるような男達なら、そもそももっと早くにどうにか出来ているはずだという事を。


"大変です。ヒロインさんの机の上に、明らかに手作りのチョコが置いてあるのを変態シリーズの皆さんが発見しましたよ"
以降の話を書いてください、というリクエストでした!
追いかけられるネタは前回やったから、ちょっと変わったものにしようと
したんですが結局皆アホになりました。いつもどおりでスイマセン。

リクエストくださったちろる様、ありがとうございました!
よろしければお納めくださいませー!

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