[PR] この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。
マスクの内側が暑い。布団の中で重くなった身体は熱を発していて、腕を動かすのすらも億劫だ。 時刻は午前11時、外は人が動き回っている時間だが、何故アキだけが家の中で布団に包まっているのかと言うと熱が引かないからだ。 世間はバレンタインでデパートの中はハートとピンクの幟で彩られているというのに、バレンタイン三日前の絶妙すぎるタイミングでインフルエンザに罹ってしまった。 いきなり熱が39.0を叩き出し、まさかと思って病院で検査を受けたら案の定だった。 流行っているから注意していたのに、ほんの一瞬の隙をついて感染してしまったようだ。 おかげで予約していたレストランはキャンセルになり、デートに着て行くつもりだったワンピースは出番を失い、サウザーの機嫌は悪くなるばかり。 最悪だ。最悪すぎる。 同棲しているサウザーとは部屋が別なため、まだ彼には発症していないのが唯一の救いだ。 これで伝染っていようものなら彼は暫く口すら利いてくれなくなるだろう。 だとしてもいつ伝染してもおかしくないので、アキは感染を恐れて三日前からろくにサウザーと顔を合わせていない。 というよりも、アキの方から部屋に入らないようにお願いしたのだ 同棲している以上、感染の可能性を少しでも減らさねばならない。 アキが部屋を出るのはサウザーが出勤した後と、サウザーが寝た後。 徹底して接触を避け、感染を回避しているのである。 しかしそれも今日で三日目だ。 本日は既にバレンタインデー。 いつも手作りしていたチョコも今年は準備できそうにない。 材料は買ってあるから元気ならばすぐにだって作れるのに、デジタル体温計の数値は38.4を差している。 頭がフラフラしてチョコレート作りどころじゃない。 こんな状態でチョコレートなんか作ったらウィルスが混入するだけだ。 それでは嫌がらせにしかならない。 というわけで今年のバレンタインはろくな準備も出来ないまま、ベッドの中で寝込んで過ぎ去ることが決定してしまった。 情けなさと、熱による寂しさで涙が出てきて、アキは布団に潜り込んで目を閉じた。 食欲もないので、熱を下げるにはベッドサイドの野菜ジュースと栄養ドリンクだけが頼りだ。 熱に浮かされた身体は体力も無く、アキはすぐに眠りに落ちた。 アキが深い眠りから目覚めたのは夕刻だった。 時計を見れば時刻は19時半を差している。寝すぎなほどに寝てしまった。 サウザーは残業は一切しないので、もう帰ってきている時間だ。 玄関が開く音にすら気付かなかった。 キッチンから食器のあたる音がする。 インフルエンザでアキが寝込んでからはコンビニか外食だったので、コーヒーでも淹れているのかと思っていたら、アキの部屋のドアがかちりと開いた。 サウザーがマグを片手に部屋に入ってきたのだ。 「!おかえりなさい…」 「フン…遅い」 「ごめん……でもだめだよ…伝染っちゃう……」 「こいつを置きに来ただけだ」 サイドテーブルに置かれたのは開封されたパッケージには固形のチョコレートと、、マグカップで甘い湯気を放っている薄いショコラ色の飲み物だった。 「…?」 「……社の事務員が勝手に押し付けてきたんでな。どうせ捨てるならくれてやる」 サウザーはアキのベッドに腰掛けると、目を合わせないまま不機嫌そうに言い放った。 けれど、アキはこのパッケージを覚えている。 寝込む前に二人で出かけた時に雑貨店で並んでいたのを見て、自分が可愛いと指差したものだ。 有名なショコラティエらしき人物が監修したと話題の、湯を入れて溶かして飲むホットチョコレート。 オレンジピールが混ざっている、少し洒落たバレンタインチョコだ。 サウザーの仕事場にいる事務員が一人の中年男性だけだということも、知っている。 以前忘れ物を届けに行った時に見たのだ。 こんなもの中年男性が知っているわけがない。 本当に嘘をつくのが下手な恋人だ。 そもそもサウザーは気の無い女性から何を贈りつけられても受け取ることは無い。 バレンタインだろうが誕生日だろうが要らないものは全部スルーだ。 これまでだって一度も女性に物を貰って帰ってきたことなんて無いのだから。 けれど、アキがバレンタインにサウザーから何かを貰った事も一度も無かった。 熱で鬱々としていた胸が軽くなり、目の奥がじんわり熱くなる。 「そっか…美味しそう」 「…フン」 騙された振りをして素直に礼だけ言えば、サウザーの頬が僅かに緩む。 なんだかんだで彼は優しいのだ。 「……サウザー」 「なんだ」 「ありがと…」 マスク越しに呟いた言葉はサウザーにはきちんと届いたらしい。 不機嫌そうな表情ではあるが、頬の赤みを誤魔化すようにサウザーの大きな掌がアキの頭を優しく撫でた。 「…とっとと飲んで寝ろ、アキ」 不遜な言葉だが、声に険はない。 素直に気遣えやしない男の精一杯の愛情が温かい。 「うん…!」 アキが嬉し涙を隠すように布団を深く被れば、布団の上からもう一度優しい手が髪を撫でて離れた。 熱は上がってしまった気もするけれど、落ち込んでいた心も一緒に上がっているので問題ないだろう。 きっと明日には熱も引く。あと2日もすれば元気になる。 そうしたら遅れたバレンタインをもう一度仕切り直して、とびっきり美味しいサウザーのためのチョコをプレゼントして、彼の一番好きな料理を作ってあげよう。
あまいてのひら
"ツンデレサウザーがお相手で甘めのお話"、というリクエストでした! ハグかナデナデがあれば尚良しという事でしたのでナデナデついでにバレンタインに絡めてみました。 リクエストくださった桜様、ありがとうございました! よろしければお納めくださいませー! ブラウザを閉じてお戻りください。