さむい。
さむい、さむいさむい。
「やかましい」
「うわ、酷い。彼女が寒がってるのに放置するんだ」
ジャケットのポケットに手を突っ込んで、が寒い、と再び零した。
秋も大分深まって、夜は確かに冷えてきた。
寒いのならばスカートなど履かなければいいだろうに、二人で会うときははいつもスカートを履いている。
この間理由を尋ねたら、こっちのほうが可愛いからと答えた。
性格は全く愛らしいとは言えないのに、おかしなやつだと思う。
「それだけ軽口を叩く余裕があるのならまだ大丈夫だろう」
「なによぅ。冷たい、サウ」
「おい、」
口を尖らせてぷいと顔を背け、はさっさと俺の前を歩いた。
バカだなと思う。
ヒールの高い靴で早歩きなどすれば、すぐにバランスを崩すだろうに。
「ひゃ、」
思った傍からの体がぐらりと傾いた。
そら見たことか。
「お前はバカか」
「…うぅ」
転びそうになった身体を後ろから支えてやると、は決まり悪そうに頬を膨らませた。
ちょうど自動販売機の前で躓いたの顔を、白い蛍光灯が照らし出す。
すっかりと日が暮れて、空は澄んだ藍色に染まっている。
風がひんやりとしていて、体制を整えたの髪がふわりと揺れた。
甘いシャンプーの匂いが漂う。
この香りは、嫌いではない。
「…ありがと、」
「別に」
の手が一瞬俺の手に触れた。
その手の冷え方に、何故か先ほどとは打って変わって、俺の心はどうも甘くなってしまった。
素直に礼を言ったの左手を握り、コートのポケットに突っ込んでやると、が隣でぱっと笑顔を見せる。
「…ありがと!」
「…別に」
お前のためじゃない、俺がたまたま暑かったからお前の冷たい手で自分の手を冷やすんだ。
俺は少し暑いくらいなのだぞ。
俺のそんな子供染みた言い訳を、は笑って流す。
こいつのこの笑顔を、俺はやはり嫌いではない。
「今日はサウの好きなもの作ってあげるよ!」
「別に何でもいい」
「何ソレ、もっと指定しなさいよー!」
お前が作るものなら何でもいい、なんて、言ってやらない。
まるでよぞらみたいな、しずかなおもい。
恋路十六夜
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