あなたは気づかない。

私がいつもあなたを見ていたことを。

あなたは知らない。

私がいつもあなたのことばかり考えていたことを。


あなたに、恋をしていたことを。





「それで?結局ケンが伝承者になって、ユリアとラブラブになって、あんたはどうすんの」
「どうもしないさ。私はただ見守るだけだ」
「…ふうん」

不毛ね、と呟いて、は傾いたビルの端に腰掛けた。
さらさらと癖の無い肩までの髪が風に流れて、鬱陶しそうな顔をする横顔は、幼い頃のそれではない。
その姿を微笑みながら見つめて、トキはと同じほうに目を向けた。

夕暮れの空は燃える様な赤から徐々に明るい金に色を変え、その端を闇の紺碧に染め始めている。
紅葉色の橙に照らされた女の白い頬はオレンジ色に染まりきって、メランコリックな印象を抱かせる。

「…君は」
「……」
「これからどうするんだ…?」

そう問いかけるのに躊躇いがあったのは、彼女も難しい状況にあるからだ。
は、元々南斗の長老の家に生まれた由緒正しき家の娘である。
それ故に婚姻は南斗の者と、と幼少の頃から許婚を選別され、本人の意思に関係なく婿を決められていた。
そこらのお嬢様とは一味違う、俗世を愛し自由に生きたいと願う彼女の婿に選ばれたのは、これもまた一癖も二癖もある南斗の実力者、サウザーだった。
南斗鳳凰拳の伝承者であり南斗六聖拳の中でも強い権力を誇っていた彼が、婿としてはもっとも相応しく長老達の目に映ったのである。

しかし互いに我が強く譲らない性質のおかげで、二人の間に恋愛関係はなく、完全な政略結婚として結ばれる運命にあった。
サウザーはそれに関して大して興味などない様子だったが、は違った。
こんな人権を無視した婚姻など真っ平だ、だれがこんな我侭な男と添い遂げられるものかと大いに反論したのだ。
当然お偉方はそんな彼女の意見など聞く耳持たず、あの手でこの手で彼女を宥めすかして無理矢理納得させた。
それで全て万事解決するはずだった。
それを壊したのは戦争だ。

核の炎が地を焼き尽くし、荒れた世界では長老達は最早生き延びられなかった。
は、しがらみから開放されたのだ。
だが、現実はそう甘くはない。
弱い女一人が易々と生き延びられるほど、世界は慈悲深くないのだ。
力の無いものは強いものに縋るしかない。
戦争の後、より強化されたその弱肉強食のルールは、彼女に残酷な決断を迫った。

自らあれだけこき下ろしたサウザーに頭を下げて面倒を見てくれと願い出るか。
死や屈辱を覚悟で一人で生きるか。
他の誰か、自分を守ってくれる者を見つけるか。

選択肢の最後の一つはよほど運が良くなければ、おそらく屈辱と同意語だ。
何も持たない女を同情だけで守ってやる男などはよほど腕に自信があり、よほど心の美しいものでなければなるまい。
それ以外のハズレを引けば、彼女の身は地に堕ちる。
辱められて脅されて、待つのは絶望だけだ。

2番目のものも同様だ。
これは要領の良さは勿論のこと、自衛の力も必要になる。
出来なければ女郎宿に身を落とすしかない。

自分の身が可愛ければ、サウザーに頭を下げるしかないのである。
けれど、それももう遅い。
サウザーは姿を消したのだ。
彼女のことなど頭の片隅にも置かず、彼は己に賛同するものたちを引き連れて南斗を去った。
南斗は崩壊したのだ。

彼女にはもう、どこにも居場所が無い。
放っておけない。

。私はこれから病に苦しむ人々を助けようと思う。君さえ良ければ、手伝ってもらえないだろうか?」

少なくとも一人で居るより安全だ、と誘うトキに、は肩を竦めた。

「何言ってんの、そんな余裕ないでしょ」
「だが、このままでは君は…」
「…」
「…

返事をしないに、トキはもう一度声をかけた。
するとはトキの方を見ないまま、唇を開いた。

「……あんたは優しすぎる」
「えっ?」
「誰かのことを想ってばっかで、自分のことはいつも最後。悪党にすら情けをかける。あの優しいケンですら悪党にはキツイのに」
「そういう性質なんだ。こればかりは仕方ない」
「…そうね」

トキが苦笑いして答えると、は振り返ると何故か泣きそうな顔で微笑んで、ゆっくりとトキの隣を通り過ぎると一歩分後ろで立ち止まって云った。

「あんたのそういうとこ、あたしはすごく好きだった」
「…!」
「優しいからあたしに声をかけてくれて、優しいからケンとユリアの幸せだけ願ってて、優しいからあたしが無理を云ったら多分一緒に居てくれるだろうと思う」

でもね、とは続ける。

「そういう優しさは場合によっては残酷ってこと、わかったといた方がいいわ」
「…、」

トキが振り返ると、は背を向けたまま小さく息をついて、ゆっくりとトキから離れていった。
一歩、一歩。

「…、私は、」
「言わなくていいわよ、その先は」
「…っ」
「せっかくかっこよく決めようとしてんの。そういう鈍いとこは嫌い」
「あ…」

トキが言葉に詰まると、は僅かに笑って振り返り、嘘、と言った。

「―――そういうとこも、全部好きだった」
「……過去形なんだな」
「当然でしょ?女ってのはね、男が思ってるよりずっと強かで根性あんの。1度や2度躓いたくらいで凹んでられるかってーの!甘く見てんじゃないわよ」

ふん、と強気に笑って見せるに、トキは頬をほころばせた。

「君らしいな。恐れいったよ」
「誉め言葉だと受け取っとくわ」

その言葉を皮切りに、お互い噴出して笑いあう。
妙に清清しい気持ちなのが不思議だった。
後を引かないの潔さを羨ましく思いながら、トキは手を差し出した。

「…ありがとう。君が私を想ってくれて、とても嬉しかった」

トキの言葉に、は一瞬目を大きく見開いて、それから困ったように笑ってその手をとった。

「!…こちらこそ。良い経験になった」

堅く手を握り合って、やがてその手がどちらからともなく離れると、はゆっくりと踵を返して二度と振り向くことなく去っていった。

終わった恋を励ますような夕日の赤が闇に溶けて消えていくなか、トキもまたゆっくりととは逆の方向に足を進めた。
もう二度と会うことはないだろうけれど、と言う人がいた事を忘れまいと心に誓って、トキは夜空を見上げた。

「―――ありがとう。

焼けるような赤に照らされた女の最後の笑顔が、星に紛れて消えた。





それはあざやかでうつくしい、こいのいろ。

難産だったトキ夢。この人は欲が無さ過ぎるイメージがあって難しい。ぎゃふん。
どうでもいいけど真救世主伝説のトキ兄(若)IN南斗道場、なんかとっても鬼畜な匂いがしたんですがどうでしょうハァハァ

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