3.妄想を止めろ
再び朝が来た。
憂鬱な朝だ。
だって雨降ってるもんね、ですって?
雷鳴ってる日は外出るの怖いもんねー、って?
違う!
だってだって、朝が来ると…朝が来るとああ、やっぱり"ヤツら"が…!
「ん…あれ?」
白い天井が目に入り、あたしはしばらくぼんやりと布団の中で目を瞬かせた。
いつもならば何らかの襲撃が来る朝なのに、今日は妙に静かだ。
もしかして今日は平和な日々が送れるのだろうかと、ほんの一抹の希望を抱いてあたしは起き上がった。
しかし、そこであたしを待っていたのは、部屋中の床という床、そしてテーブル、棚に敷き詰められた薔薇の花だった。
「…な、なにコレ…」
「ふふ、おはよう」
「ヒッ!?」
呆然と薔薇塗れになった部屋を見ていると、隣から声を掛けられて、あたしは飛び上がった。
そこに居たのはユダだ。
「アアアアアンタいつからそこに!?」
「美しいお前が目を覚ます5時間ほど前から」
「長!!?って言うか気配感じなかったけど!?」
いくらなんでも待ちすぎだと思う。
5時間も何してたんだろう。
まさかただ突っ立っていただけではあるまい。
「ま、まさか何かしたんじゃないでしょうね!?」
「ふ、何もしないと思っているのか?」
「なんで誇らしげ!!?」
以前も寝込みを教われて首に変な痕をつけられた事があり、あたしは急いで鏡に向かった。
目に飛び込んできたのは、見事にメイクアップされた自分の顔だった。
…それがただのメイクならばまだいい。
しかし、そうじゃないから厄介なんだ。
「…デスメタル調…?」
「ロックな感じでミスマッチでいいだろう?…ってあああ!何故落とす!?」
「落とすよ普通」
ユダの嬉しそうな顔にグーを入れる前に、あたしはとりあえず洗顔オイルで思いっきり顔を洗ってメイクを落とした。
アホに付き合ってはいられない。
あたしは平穏に過ごしたいのだ。
こいつとはレイと同じ時期に知り合ったが、初対面で何故か"美しい…"などと抜かし、その勢いでガラスを割って切った指の血で自分の唇を赤く塗り、あたしを敵視してきたと思ったらいつの間にか心境がラブに変わってしまったという、大変複雑でよくわからない男だ。
美的感覚も理解しがたい。
ある意味で新境地を開拓している感も否めないけれど、あたしは正直関わりたくないなーと思っている。
それが向こうから関わってくるのだから、こいつに会うと他の変態に会ったとき同様気分は落ち込みブルーだ。
メイクを落とし終えると、いつものあたしの顔が鏡に映った。
良かった、どこにも落とし残しはない。
「…ふう」
「くッ……なるほど、俺を怒らせて気を引こうという手だな…!」
「いや違うから」
「ふっ、そういうことなら仕方あるまい。いいだろう、!受けて立ってやる!美しいお前とならばそういう駆け引きも悪くはない」
「いやだから違」
「しかし!俺は宣言する!、お前は絶対にこのユダに骨の髄まで惚れるということをな!!」
「その妄想やめろっつの!!」
「ふはははは!首を洗って待ってろォー!!」
何が言いたいのか良くわからないが、とりあえず出て行ってくれたので、あたしはドアの鍵を閉めると溜息をついた。
「…顔は洗ったけどね…」
一方的に良くわからない宣言をされて、あたしはとりあえず薔薇を掃除することにした。
意味がわからない。
妄想野郎の話に付き合うとろくなことがない。
なんだか今日も修行に集中できなくなる気がしてきた。
明日こそは諦めてくれることを祈り、あたしは塵取りにおびただしい量の薔薇を集めていったのだった。