朝だ。
毎度毎度しつこいが、とても陰鬱な朝だ。
別に修行が厳しいからじゃない。
別に親元を離れて寂しいとか、そういうのでもない
そう!
だって朝が来ると…あの忌々しい"ヤツら"がまた…!
「はっ!!」
いきなりばちっと目を開き、あたしは飛び起きて体制を整えた。
いいかげん毎度のことだからか、あたしの危機察知能力は優れてきているようだ。
きっと今日も何か来る。
けれど待てども誰も来る気配がなく、あたしは警戒しながらも構えを解いた。
「…おかしい」
恐ろしいくらいに何もこない。
とりあえず誰も来ないのならばとスピード着替えで道着姿になると、あたしは顔を洗ってそーっと廊下に出た。
誰もいない。
待ち構えている様子もない。
本当に誰も襲撃に来ないのだろうか。
だとしたら、なんて素晴らしい朝なんだろう!
「これはいい一日になる予感がする!」
「うん、私もそう思うよ」
「そうだよな、やっぱ…え?」
途端に背中を冷や汗が伝い落ちた。
今、あたしの独り言に相槌を打ったのは誰だ?
部屋の中に誰もいなかったのに、一体誰が。
ごくりと唾を飲み、あたしは恐る恐る振り向いて―――硬直した。
「やあ、。久しぶりだね」
「…い…」
「君に会えなくて、私は気が狂いそうだった…うちに嫁に来る決心はついたかな?」
「い、」
「そうそう、君は寝顔も可愛いんだな。無垢で愛らしくて、まるで天使みたいだったよ」
「いやああああぁ―――――――――――っ!!!」
声の限り叫んで、あたしは廊下に飛び出した。
しかし、逃げてもヤツは―――トキは追ってくる。
「あはは、そんなに驚かせてしまったかな」
「驚くわ!!どっから入ったテメエェェ!!」
「いやなに、ちょっとガラスを切り抜いて鍵を開けただけさ」
「お、おのれ暗殺者め!!潜入用の器具使用か!!」
この男はかなり厄介だ。
北の方の道場に行ったとき、シンに会った日に同時に知り合ったのだけれど、その実力は勿論腹黒さも今まで知っているどんな連中より計り知れない。
アホのレイやストーカーのシン、妄想ヤロウのユダに比べると、トキは言うなればRPGでいう黒幕。
大魔王の更に後ろにいる存在だ。
そんなヤツがあたしに何故惚れたのかというと、それがよくわからない。
荷物を落としたのを拾ってくれたから普通に"ありがとうございます"と礼を言ったら惚れられた。
ヤツ曰く笑顔がいいらしい。
しかしあたしにとってはいい迷惑で、既に5人の変態どもに付きまとわれているのにこんな腹黒男に目をつけられたら苦労が倍になってしまう。
「くそ、大体どうしてアンタがここにいるんだ!北斗のやつだろ!?」
「ああ、ちょっと君の顔を見に」
「はてしなくどうでもいい理由をどうも!」
「あとは婚約と既成事実を作りに」
「お引取りくださいィィィ!!!!」
冗談じゃない、こんな何考えてるかわからないどす黒鬼畜男と結婚なんてできるわけがない。
あたしはとにかく人の多い場所に行こうと走った。
すると、前から見覚えのある顔の男がのしのしと歩いてきた。
「!あれは…」
あのでかい図体はラオウ。
トキの兄だ。
あいつなら何とかしてくれるかもしれない。
そう思い、あたしは一か八かラオウに向かって突進して、彼の後ろに隠れた。
「か、匿って!!」
「む?」
「あんたの弟から逃げてるんだよ!何とかしてくれ!迷惑なんだ!」
「…お前は…」
すると間もなくトキがやってきた。
「ラオウ!」
「む…トキ…」
「彼女を渡してくれるかな。は私のものなんだ」
「イヤイヤイヤ違う違う違う」
「何を言う。これは俺のものだ」
「うんうんそうそう…って、は?」
なんだか大いに嫌な予感がして、あたしはゆっくりとラオウの顔を見上げた。
見上げたヤツの顔は―――とっても満足そうにあくどい笑みを浮かべていて、
「あ、あの、ちょっと、話がわかんないんだけど」
「以前見たときからなかなか骨のある女だと思ったが…なるほど、トキまで骨抜きにしていたとは」
「イヤ、あの待って?」
「、貴様こそこの俺にふさわしい女よ。さあ、俺のものになれ!!」
「…!!!?」
だめだ。
もう展開についていけない。
こういう時は、ううん、こういう時こそ!!
「だ…」
「「ん?」」
「誰か警察を呼べ―――――――――――――!!!」
その日、あたしは流石に大変だったねということで修行を休ませて貰うことになった。
ちなみにトキとラオウは不法侵入で警官の人たちに職務質問と事情聴取を受けて、歯軋りしながら帰っていったらしい。
連中の捨て台詞はこうだった。
『またすぐに迎えに来る、そのときまで女を磨いておくんだな』
「…………一生来なくていい…!!」
今日もあたしの一日は憂鬱だ。
4.警察を呼べ