常夏の島であるデルムリン島には南国らしい原色の花が至る所に咲いている。 ハイビスカスにブーゲンビリア、プルメリア意外にも数多くの花々が島の至る所で美しく咲き乱れており、自然そのままの鮮やかな彩り溢れる 景色は実に一見の価値がある。 父・バランと仲間たちと共に島を訪れていたダイは、バランとクロコダイン、ヒュンケルが砂浜で立ち話をしている間、ふと白い浜を飾る真っ 赤なハイビスカスに目を止めて、風に揺れる花にそっと手を触れた。 「ダイ。どうした?」 「いや……花を見てたらさ、なんとなく思い出した事があるんだ」 クロコダインに声をかけられて、ダイは花を見つめたまま答えた。 「思い出した事とは……」 「うん。ゴメちゃんに会う前なんだけどね」 ダイは短く前置きして、ぽつりぽつりと話し始めた。 ハイビスカスの咲く浜で みんなも知ってると思うけど、この島にはおれ以外の人間はいないんだ。 でもおれ覚えてるんだよ。 マァムよりちょっと年上くらいの女の人が居たこと。 その女の人はいつも浜でおれを見て優しく笑ってた。 灰色の質素なドレス姿で、暑い島なのに汗一つ掻いてなかったっけ。 初めて会ったのは……いつだったかわかんないや。 おれが一人で浜で遊んでると、その人がこっちを見てる事に気が付いたんだ。 すぐにじいちゃんに女の人がいるって言ったけど、じいちゃんは何を言ってるか分かんないみたいだった。 それで直接会せたらわかると思って、じいちゃんを引っ張って女の人の所に連れて行った。 でも、じいちゃんは言ったんだ。 誰もおらんぞ、って。 だから何となくね、この人はおれにしか見えないんだなあって思った。 お姉さんはおれを見てるだけで話しかけてはこなかった。 だからおれ、話しかけたんだ。 『おねえさん、だれ?』 『 っていうの』 『ふうん。ぼくダイって言うんだ。ねえ、ともだちになってよ』 お姉さんはおれを見てすごく悲しそうな顔をして、おれをぎゅっと抱きしめてくれた。 そして何も言わずにジャングルに消えていったんだ。 それからお姉さんは、おれが浜辺で遊んでいると必ずどこからともなく現れて、おれをじっと見るようになった。 でもね、不思議と気味が悪いとか怖いとか、そういう感じはしなかったんだ。 だから時々話しかけたりした。 お姉さんも話しかけたらちゃんと答えてくれたしね。 色んな話をしたよ。 新しく見つけた果物がおいしいとか、変な虫に刺されてじいちゃんにキアリーをかけてもらったとか、海で見つけた石がキレイだったとかね。 そしたらある日、お姉さんがおれに聞いたんだ。 『寂しくはない?』 『平気だよ、みんな遊んでくれるもん』 『みんな?』 『島の魔物たちだよ。いいやつばっかりなんだ』 おれがそうやって答えたら、お姉さんは突然ぽろぽろと涙を流し始めた。 『ど、どうしたの!?』 『……ごめんなさい……!』 おれは何が何だかわからなくて、お姉さんが謝るのを何も言えずに聞いてた。 『お守りできなくてごめんなさい。私がもっと力強く抱いて泳いでいられたら、こんな所でひとりぼっちになどならずに済んだかもしれない』 お姉さんはおれを初めて会った日のようにぎゅっと抱きしめて、泣きながら何度もごめんなさいって謝ってた。どうして泣いてるのかおれは全 く分かんなくて、でもなんだかとっても可哀想でさ。 『どうかお許しください……御恩をお返しできなかった私を……!!』 おれはただ、お姉さんの頭を撫でてあげる事しかできなかった。 「ゴメちゃんが友達になってくれてから、お姉さんはいなくなっちゃったんだけど……今でも不思議だなって思うんだ」 語り合えたダイが懐かしむように思い出話を締めくくると、それまで黙って話を聞いていたバランが口を開いた。 「…… というのは、ソアラと私の事を応援してくれていた心優しい侍女の一人だった」 「えっ……」 「貧しい身分だったのをソアラが侍女として雇い入れてやったと聞いたことがある」 思いがけないバランの言葉にダイがぽかんとして目をぱちぱちと瞬かせた。 人に見えない存在だった女性が、つまりいわゆるゴーストであろうことは皆も話を聞きながら推測していたが、バランも知る人物だとは予想し ていなかったからである。 「お前が異国に送られる際に、信用できる侍女を一人つけることになっていた……おそらく彼女で間違いないだろう」 「そっ……か。そう……だったんだね……」 バランの口から聞かされた事実に、ダイは少しだけ潤んだ目元を拭った。 はソアラとバランからダイの事を任された侍女だったが、嵐の中で船が難破して、恩人の息子を守るという使命を全うできずに死んだ。 それが主の息子の行く末を想うあまりにゴーストとなり、ダイが危ない目に合わぬように見守っていたのだ。 「もう、母さんの傍に……ちゃんと行けたかな……」 ダイの呟きに、バランは無言で小さな息子の肩に手を置いて頷いた。 砂浜には漣の打ち寄せる音が潮風に乗ってゆったりと響いている。 と、そこにジャングルから木々を掻き分けてラーハルトが砂浜に姿を現した。 主の息子であるダイが育った場所を散策したいと申し出て傍を離れていたのだ。 「おかえりラーハルト。どうだった?」 「とても美しい島ですね。ディーノ様がお好きになる理由がわかります」 以下にも部下らしい賛辞を述べたラーハルトだったが、ふと思い出したようにダイに尋ねた。 「ところでディーノ様、この島には女性も住んでいるのですか?」 「女の人?」 「はい。先ほど森の中で出くわしまして、ディーノ様がお元気になさっているか尋ねられたのですが……」 何とも言えない沈黙がその場に落ちる。 それってさあ。 そういうことだな。 間違いなかろう。 どうしたものかな。 そんな会話がダイ、ヒュンケル、バラン、クロコダインの順でアイコンタクトによって密かにかわされた。 「……ラーハルト。その女性は灰色のドレスを着ていたか?」 「は。ご存知でしたか」 バランの質問に対するラーハルトの返答で4人は確信した。 ここ、まだいる。 「……えーっと。うん、そうだね。住んでるって言えば住んでる……かな?」 「はあ……?」 「おおそうだダイよ、ブラス殿が食事を作ってくださると言っていたな。そろそろじゃないか?」 「うむ。戻るか」 「おいヒュンケル。オレは何かおかしなことを言ったか」 「いや……」 「いいからいいから!お腹空いちゃったな〜」 「は、はい…?」 強引に話を変えられ一人だけ事情を理解できずに首を傾げるラーハルトの背中を押して、ダイが小さな家に向かって歩き出した時、一際強い風 が吹き、ハイビスカスの花を揺らした。 『お幸せに。ディーノ様』 微かに聞こえた女の声は、ダイの耳をそっと撫で、白い砂浜に溶けるように消えた。 |