Case 5. 事業主様の求人申し込みについて
「お先にお昼頂きましたー」
今日は週の中日の午後だから大分空いてるなー。 職業相談で待ってる人もヘンな人は居ないみたいだし、問題なく帰れそうかも。
「
ちゃん、ちょっと!」 「はい?」
と思ったら課長がこっち見て手招きしてる。 なんだろう。
「はい、なんでしょう?」 「いやねえ、求人検索してる人がさっきからパソコン何台もダメにしちゃって大変なんだよ」
あーなるほど。 いるんだよねー、操作方法わかんなくて突然電源切ったりして強制終了させるヤツ。
「
ちゃんパソコン強いし、悪いけど見てあげてくんない?」 「わかりました。どの方ですか?」 「うん、あそこに座ってる人なんだよね」
ああ、あれ…………あれええええええ?
「おのれ……………この拳王の拳を持ってしても起動せぬとは……!!ただの機械とはいえ油断しておったわ!!」
……うん、私、死んだ。
「課長……あの、どう見ても人間を片手で捻り潰す系なんですけど」 「だいじょぶだいじょぶ!
ちゃん最近ヘンな人さばく達人だしさ、いけるいける!」
いけるいけるじゃねえよ!! そんな不名誉な称号貰っても嬉しくねえし! 全然微塵も大丈夫だと思えねえだろどう見ても!! 何軽く死の淵へ追い込もうとしてんだ!!
「それじゃ、お願いね!はい、658番の方ー!」 「え、ちょっ課長!?」
えええええ……どうしろっていうのよ……ものごっそパソコン殴ってらっしゃるんだけど……! あんな人どう見たって私じゃ御しきれないよ。 よく見たら両脇に5台分物理的にぶっ壊れたパソコンが積まれてるし。 大体どうやったらタッチパネルのパソコンを壊せるのさ? もーどこへ行ったの私の優雅な午後は……!
「ぬう……今度こそ起動させてやるわ……!」
あれ、なんかまたヤバイ感じになってない? 壊すカンジになってないコレ!?
「動け画面よ!!新血しゅ……!!!」 「おおおおお待ちくださいお客さまああああー!!?」
6台目の犠牲は避けねば!! 慌てて止めると、デカイ男はぎりぎりで手を止めた。
「ぬう……!何だ貴様は!よもやこの拳王の邪魔をするつもりではあるまいな……?」
やばい、めっちゃこっち睨んでる! うわーコレ私死亡フラグだよ。 でもパソコンをこれ以上壊されると他の人が使えなくなるしー!
「いえ、滅相もございません!ですが、こちらのパソコンはご老人の弱い力でも十分反応するように設計されておりまして、また衝撃に非常に弱いため、あまり強く触れられると動作不良を起こしてしまう場合がございますので!」 「なに……?パソコンとはかように脆い仕組みであるというのか」 「仰るとおりでございますっ!」
当たり前でしょ精密機器なんだから! お前はパソコンをなんだと思ってんだ!
「ならばどのように触れろというのだ。この拳王、未だかつてこれほど脆いものに出会った試しがないわ」
んなわけないよ。 少なくとも炊いた米よりは硬いわ。 マジで勘弁してよ課長……。
「そうですね、お客様のお手は大変ご立派で逞しくいらっしゃいますので、そっと触れるだけでタッチパネルは十分反応致します」 「む……こうか……?」
ケンオウとか自称する男の指が今度はさっきより100分の1くらいの力で画面に触れた。 すると画面が切り替わり、正常に作動した。
よかったープログラム作動したー。 デカイ指でも余裕があるように作られてるから、隣のボタンを一緒に押しちゃう事も無いはずだ。
「いかがでしょう?」 「ぬう……"きゅうじんけんさく"とはここまで細心の注意を払わねばならぬのか……」 「左様でございます。ご面倒をおかけ致しまして大変申し訳ございません」 「構わぬ。使い方は理解できた。しかし、何故雇い先まで出てくるのだ」 「それは……こちらは求人を検索して頂く機械ですので雇い先が出てまいります」 「求人を出す機械ではないのか」 「…………………えーと…………………」
あれ、なんか話違わない? ずれてない?
「……大変失礼ですが、もしかして事業主様でございますか?」 「部下を探しておる」
職業相談じゃねええええええええええ!!!! 求人検索違いだよ!! 出す側かよ! そりゃ話も食い違うわ……。 てか課長それすら確認してなかったのか……はあ、仕方ない……。
「左様でございましたか!でしたら、こちらの機械ではなく、あちらの窓口でお伺い致しますので、お手数でございますが席を移って頂いても構いませんでしょうか?」 「……この俺に動けと言うのか」 「ええと……!こちらのパソコンでは処理できないデータを扱いますので!も、もちろんこちらにお座りになって、お待ち頂いても結構でございますが、いかが致しますか?」
ああ私、命の綱渡りしてる……! 怖すぎるよこんな事業主いやだよ! ミスったら死ぬじゃんよ!
「ぬう…………」 「…………あの……」 「……ならば行こう。案内するがいい」 「は、はい!ご協力頂きましてありがとうございます!」
ああ、よかった生き延びた……! でもあの窓口の椅子じゃ小さいんじゃないかな……ちょっと大き目の椅子もってこよ。 そうだ部長の椅子勝手に借りちゃえ! どーせお昼休みでしばらく帰ってこないし、これなら一番大きいからゆったり座れるよね!
「さあ、こちらの椅子にお座りください!」 「うむ」 「それでは、こちらの事業所登録シートにご記入頂いてよろしいでしょうか?」 「なんだそれは」 「こちらは事業主様の会社や組織を登録するものでございます」 「必要があるのか」 「仰るとおりでございます。こちらをご記入頂けませんと求人申し込みの手続きが出来ませんので、大変恐縮でございますが、皆様にご協力頂いております」 「……仕方あるまい」
よ……よし。 何とか落ち着いて話が出来そうになってきた。 にしても厳つい事業主だな……なんか全体的にデカイ。 わかんないとこがないようにそーっと気を使いながら説明を入れて、どうにかシートの記入を終えてもらい、登録を済ませた。 その間へし折られたペンは15本。 力の加減を知らない人だな……怖すぎる。 でもなんにせよ、後は求人申込書を書いてもらうだけ。
「それでは確認させて頂きます。事業所名は"拳王軍"こちらでお間違いございませんか?」 「うむ」 「はい。では求人条件の設定でございますが、いかが致しますか?」 「欲しい人材の条件を書くのか」 「仰るとおりでございます。もしよろしければ、条件については順次私の方から質問をさせて頂き、こちらで申込書を埋めていきますがどのように致しますか?」
ていうかそれが手っ取り早いよ絶対。 この人に書かせたら何本ペンをへし折られるやら……!
「それでよい」 「かしこまりました。それではお仕事の内容ですが、どのようにお書き致しましょうか」 「兵士だ」 「では"兵務を主とする戦闘職"という事でよろしいでしょうか?」 「うむ」
だよね、軍だもんね。
「雇用形態はどのように設定致しますか?」 「む……どういう意味だ」 「社会保障などを受けられる正社員と、契約社員、その他は短時間で就労をするパートタイムやアルバイトなどがございます」 「"セイシャイン"で構わぬ」 「かしこまりました」
なんか意味わかってないカンジなんだけど。 もういいよね、とりあえずちゃっちゃと終らせよ。
「就業時間はいかが致しますか?」 「時間など決まっておらぬ。朝から晩まで睡眠以外は全て我が軍に尽くすのだ」 「24時間となりますと……交代制などはございますでしょうか?」 「自動的にそうなる」 「それでは、交代制なので"シフト制"と設定させて頂きますね」
多分違うけど。 でも他に書きようがないし、補足事項に加えとけばいいだろう。
「休日はどの程度設定されていますか?」 「その様なものはない」 「年末年始休暇や夏季冬季休暇・有給休暇なども設定はございませんでしょうか?」 「必要に応じて休みは取らせる」 「では"休日については応相談"ですね」 「うむ」 「年間休日数はどの程度を設定されておりますでしょうか?」 「拳王軍に休みなどないわ!」 「ではこちらも"各自応相談"とさせて頂きます。」 「ぬ……それで構わぬ」
うん、大分こっちがリードしてきた。 この調子でぐいぐい聞いてとっとと終らせよう。
「昇給・賞与についてはどうなさいますか?」 「実績があるものには与える」 「それでは"実力を評価し個別に設定する"と言うことでよろしいですか?」 「うむ」 「月額はどの程度の支給になりますか?」 「最低水一杯と一回分の食事は与えておる。しかし戦わぬものには死あるのみ!」 「はい、"歩合制"でございますね。賃金の設定も同様に記載してよろしいですか?」 「……構わぬ。しかし……まだ終らぬのか?」
げ。 やっベーイライラし始めたか!? どうにか宥めないと……!
「はい……長らくお時間を頂き申し訳ございませんが、あと3項目ですので、どうぞご辛抱願いたく存じます」 「……ならばよい」
よ、よかった。 あっさり理解してくれた。
「では選考結果の通知はどの程度の期間を予定されておりますか?」 「即日だ」 「かしこまりました。応募書類の返送はどのように致しましょうか?」 「書類など要らぬ。直接見て判断するのみよ」 「では"応募後、即面接"と言うかたちでございますね。試用期間はございますか?」 「ない」
よっしゃ記入終了!! これで後2分以内には解放される!! 頑張れ私、ゴールはもうすぐそこよ!
「はい。……お疲れ様でございます、これで申し込み書類は完成いたしました。すぐに求人票と事業所確認表を持って参ります。こちらの書類をお渡しすれば全て終了ですので、今しばらくお待ちくださいませ」 「よかろう」
あ〜もう生きた心地がしない……! 早く出て来い求人票ー!! よし、あと事業所確認票も……出た!!
「大変お待たせいたしました!こちらが今回の求人票と事業所確認票となりますので、お手元に残してくださいますようお願いいたします」 「うむ……これで求人とやらはできるのだな?」 「仰るとおりでございます!」
もう力いっぱい頷いちゃうよ! だから早く帰ろうよ事業主さん! ホラ日も暮れてきたしさ!
「そうか。世話になった」 「とんでもない事でございます!良い人材が見つかりますよう心から願っております」
はい、これで社交辞令の挨拶も終わり! だから早く、早く帰って! 頼むから解放してえええ!!
「フ……なかなか見所のある女だ。この拳王を前にして怯まぬとはな……」
すっごい怯んでるから!! 顔に出さないだけだから! だからさっきまとめようとしたじゃん、話終らそうとしてるじゃん! もう……こうなったら……!
「もちろんでございますとも。世紀末公共職業安定所は求職者だけでなく事業主様のサポートも全力で致しますので!」
こうなったら、最後まで笑顔で対応しよう。 ここまで来たらヤケクソだ。 プロ根性を見せてやる!
「……ではもう一つ頼みごとがある」 「はい、なんなりと!」 「お前は我が軍で人材の選定の補助をするのだ」
「………………………………………………はい?」
え、ちょっと待って。 話が見えないんだけど。 これマジ死ぬ系じゃない? かなりやばくない?
「お前の持つ高い事務処理能力、そして何より揺るぎなき仕事ぶりが気に入った」 「ええと、それはあの……」 「是非など問わぬ。この場で頷かねば力ずくで連れてゆくまで!」 「是非ともお手伝い致したく存じます!」
ああっ天国のお父さんお母さん!!
は本日をもちまして、ハローワークを辞める次第となりました……!! |