「まずい…!」

唇を噛んで踵をこれでもかと踏み鳴らし、あたしはちらりと背後を見返った。
ほとんど灯りの無い暗闇の中、あたしの持つライターだけがじわりと闇を照らしている。
その仄かな明かりの中にいるのは、一人の男―――ではなく。

「む…緊急事態だな」
「ああお前がな!!!」

全裸の変質者、またの名を露出ストーカー、南斗六聖拳が一人・南斗孤鷲拳のシンである。



「信じられない…なんでよりによって山菜取りに山に入ったらドヘンタイと鉢合わせて逃げてるうちに雨が降ってきて洞窟に入ったら入り口が雨で崩れて岩に塞がれて閉じ込められたりするんだ…!!」
「ふっ、実にいい説明的口調だったぞ 。今の状況を上手く読者に説明したな」

喋るな、と言いたいところだけど、こんな所で体力を使いたくないのであたしはシンの細かいツッコミはスルーした。
それよりももっとツッこむべき点が目の前にある。
そう、こいつの格好。
いや性癖だろうか。
緊急事態どころではない、むしろバイオハザードだ。
生物兵器だこの男。

「なんで山中で脱いでんだお前!深緑の中で開放的になるのもほどほどにしろ!!」
「安心しろ、お前もちゃんと脱がせてや」
「ああくそ喋るな空気が穢れる!!」
「お前が先に話を振ってきたのだろう」
「くっ、このやるせない苛立ちをどこに向けようか…っ!!!」
「ふふっ 、俺はお前の感情なら愛でも憎しみでも受け止めてやるぞ」
「ああっ殴りたい!!触りたくないけど殴って黙らせたい!!」

腹の底から沸いて来た怒りにあたしは拳を震わせた。
なんだこのヘンタイ。
どうしてこうも人の神経を逆撫でするのが上手いんだ。
いや、駄目だ落ち着けあたし、落ち着け
こんなの考えてみれば、非常にありがたくないことだけど日常茶飯事じゃないか。
今はただここが洞窟の中だと言うだけ、そう、それだけだ。
重大なのは、閉じ込められて出られないかもしれない、と言う事だ。
この変態が全裸だろうかなかろうが、一番大事な点はそこなんだ。
論点を間違えてはならない。

「そう、そうだ…とにかく今は洞窟から抜け出す方法を考えなきゃ…!」

オーケイ、この際こいつの格好は見なかったことにしよう。
神様仏様お師匠様ご先祖様、今あたしの目の前にいるのは服を着ていないだけの人間です。
あたしと違うのはこいつが変態で露出趣味で途方もなく可哀想な脳ミソだってこと、それだけだ、オーライ。

(あっ、あと頭の中が勝手な妄想で埋め尽くされてるって所もあるんだった)

(くそー、どうしよう…やっぱり股間蹴り上げて眠らせとくか…いや、でもなぁ…)

暗闇の中で全裸で右往左往する変態を上手く回避しながら、あたしは奴の股間を蹴るか蹴るまいかで少し悩んだ。
言っておくが全裸の変態に対する慈悲の心はこれっぽっちもない。
ただあれだ、あっちは全裸なんだ。
そして悲しい事に、あたしは今日に限って足の甲が大きく開いた靴を素足で履いている。
つまり、股間を蹴ればその感触がダイレクトに…ダイレクトに足に伝わっ…!

「ナシナシナシ、それはナシ。それより脱出法を考えるのが先だ…っ!」
「どうかしたか ?」
「どうかしてる人間は黙ってろ」
「何だ、恥ずかしがっているのか?愛い奴だな…」
「もう息するなお前」

今の台詞のどの部分をどう取ればあたしが恥ずかしがってるように見えるんだ。
いや、それより、ここから出る方法だ!

「見たところ大きな岩は無いみたいだな…」

洞窟を塞いでいるのは、中くらいの岩が積み重なって上から落ちてきたからだ。
それらを退ければ外に出られる。

(これくらいなら、割って外に出られるんじゃないか?)

「よし…」
「おい、そいつを割って出るつもりなら止めておけ」
「え?」
「上を照らせ。見えるか?」
「あ…!」

言われたとおりにライターを掲げてみると、積み重なった岩の上に更に巨大な落石が乗っている。

「これは…!」
「あれが落ちてこないのは下の岩が支えているからだ。下を壊すとあいつが落ちてきて完璧に入り口を塞がれる」
「お前っ…!わかってるならもっと早く言え!」
「お前が黙れと言ったのだろう」
「ぐっ…」

それはそうだけど、あたしが怪我するかもしれない事は早く言って欲しい。
シンは洞窟から出られなくなろうがクマに襲われようが遭難して餓死しようが構わないけど(というか是非そういう目に遭ってもらいたいものだけど)あたしは帰りたいのだから。

「とにかく、あれをどうにかしないと…」
「何だ 。もう出たいのか?」
「当たり前だろ!!こんな所、全裸のド変態と長く居たいわけあるか!」
「フッ、照れるお前も可愛いぞ」
「神様どうかこいつの上にだけ落盤させてください」

ごん。

「うぐっ!?」
「あ…」

通じたーーーー!!!
なんか知らんがちょっと神頼みしたらちょうど良く小さい岩がシンの後頭部に直撃した!
神様ありがとう!
これは幸先のいい出来事だ。
もしかしたらあたしだけ外に出ることができて、こいつだけ生き埋めになってくれるかもしれない!
少し気分が良くなって、あたしは大岩をどうにかしようと近づいて様子を伺ってみた。

大岩は見事に下の岩の力で支えられ、洞窟の入り口の上部を隠す状態で止まっている。
下の岩が崩れると大岩の全体が落下し、入り口を塞いでしまいかねないと言う訳だ。
つまり、この岩を動かさずに他の出口を探すか、或いはこの大岩をどうにかすれば出られる。
そんなことは子供でもわかる。
問題はどうするか、だ。

情けない事に、今のあたしではこの大岩は砕けない。
もう少し小さければどうにか出来たかもしれないが、岩の大きさは見えている部分だけで2メートルほど。
厚みもありそうだ。
衝撃を加えたら下の岩まで砕けて崩落しかねない。
それでは本末転倒だ。
ならば他の出入り口を探すのが賢明なのだろうが、ライター1つでどこまで持つか。
下手をすれば洞窟の中で更に迷って二度と出られなくなるかもしれない。

「どうするか…」
、何を悩んでいるのだ?」
「あの大岩の処理だよ。決まってるだろ?」
「アレを壊したいのか?」
「そうだよ。そんでさっさとここから出…」

出たいんだ、と続けようとしたあたしの台詞を、突然出てきたシンの生腕が掻き消した。

「はああっ!!」

ドゴォ!!ぴきぴきぴき…


「 え 」

一体何が起こったのかと、轟音とひび割れるような音のした方にそろそろと目を向けると。

ドガアァァァァァン……

「ふむ…こんなものか」

すごく簡単に洞窟の岩が砕かれていた。
外の光が一気に差し込む。
急展開に何を言えば良いのか、というか何処からツッコむべきか迷っていると、シンがどや顔でこちらを振り向いた。

「お…おまッ、お前ッ……!!」
「何だ、出られないと思っていたのか?俺は岩に出口を塞がれるとは言ったが、壊せないとは言っておらんぞ」

この台詞、シンとしてはキメたつもりだったのだろう。
しかしどんなにキメたつもりでも、どや顔でも、やっぱり全裸だった。

滑稽である以外の表現方法を、あたしは知らない。

「………………」

脱力感の後、見る見るうちに抑えていた怒りが沸いてきた。
ということは、何だ。
あたしは今までしなくてもいい心配をしていたのか。
さっさとこいつを締め上げて岩を割らせれば良かったのか。
知らず知らずのうちに、拳が怒りで震える。

「………きるなら……っ…」
「フ…そんなに震えて…俺の男らしさに心奪われたか?」
「出来るんならもっと早く壊せェェーーー!!!」
「おひゅん!!!!」

全身全霊の力をこめて、全神経を集中させ、全標的を股間に絞って、あたしは痛恨の一撃をやつのお宝目掛けて繰り出した。
今までで一番最高と思えるあたしの蹴りは、今までで一番最悪なものに見事命中し、シンは奇声を上げて後ろに倒れた。

「シ… …急所ッ……!!!!!!!!!!!!」←声にならない痛み
「この発情野郎!ふざけんな、全裸で威張るな!」
「うぐ…こ、これがツンデレの威力ッ…」
「ツンデレ違う!!今度は本気でキンタマ潰すぞ!!!?」

ここまでやられて言われたら、流石に反省するはずだ。
しかし、そうはいかないのが変態の変態たる所以である。

「フ…また強烈な…愛情表現だな……グハッ」
「くそっ、勘違いしたまま気絶しやがった…!」

しかも満足そうなのがまた腹立たしい。
至福の表情で気絶したシンにもう一発軽く蹴りを入れると、あたしはこのわいせつ罪の塊をどうしようかと考えた。
果たして、このまま放置しておいて良いものか。
一応は命の恩人である。
しかしながら、それ以前に天敵でありストーカーでもあるのだ。

これ以上この男に関わることが果たして正解なのか。

「…無理だな。ダメだ」

3秒ほど考えたて結論を出し、あたしは頷いた。
関わるまい。
これ以上関与しては、またおかしな誤解を招きかねない事態になりそうだ。
ここはもう、何も見なかったことにして早く道場に帰ろう。
疑いようも無く、それがベストに違いない。
間違いの無い判断だ。
今日の出来事は全て白昼夢。
私は山になんか来なかった。
背中の籠の中の山菜は麓の村で買ってきたことにしよう。
これでいい。

「うん、そうしよう。」

方針が決まったので、あたしは背中の山菜を背負い直して、幸せそうに気絶しているシンをちらりと見た。
全裸でも命の恩人ではある。
それはわかっているので、あたしは一応礼を言った。

「……助けてくれてありがとな」

でもやっぱり服は着た方がいいと思う。

後で心の中で付け加えて、あたしは踵を返して山を降りた。


**


翌日、修練の休憩時間に、友人があたしのところに駆けてきて、開口一番に言った。

、ちょっと今日のシン様見た!?ヒヨコよヒヨコ!!」
「はぁ?」
「生まれたてのヒヨコみたいになってんのよ!歩き方がさぁ!」
「ぶッ!」
「あたしの推測だと、アレは獄屠拳の飛び技失敗して、柱の角に股間ノーガードでぶつけたんだと思うのよね!ねーどう思う?」
「………ああー……うん」

そんな南斗聖拳の使い手は使い手ではない。
…が。

「……やりすぎたか?」
「なにがよ?」
「ん、なんでもない」

やっぱ鳩尾くらいにしとけば良かったと少しだけ可哀相になったことを、あたしはここに追記しておく。

月見里にとってのシン様は服を着ることを放棄しているイメージです(最低)

なんかもうギリギリですみません楽しいな!

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