「むっかつく、また振られた!」

は仲間の中でも群を抜いた美貌の持ち主だ。踊り子をしていて、ロン・ベルクの弟子でもある。しかし性格に難があるのか、男運というものが無いのか、とに かく恋人ができてもすぐに逃げられる。クロコダイン曰く、騙されやすいのだろうと。それを裏付けるように、今回は1万ゴールド貸した らそのまま逃げられたという。その前は二股をかけられていたらしい。更に前の相手など、彼女の脚だけに 興味がある変質者だったと言うので、こういった事についてとことん運が無いタイプなのだろう。

「どういうこと!?こんないい女を振るとか、何あいつ!有り得ない!っていうかラーハルト来てないし、もー友達甲斐ないんだから!」

彼女が振られる度に呼び出されて酒に付き合わされるのはオレかラーハルトだ。前はポップも入っていたが、3回連続で吐くまで飲まされ てからは逃げるようになり、こっちが呼び出される回数が増えた。最近ではラーハルトも面倒になったらしく、途中で帰るのでオレが最後 まで愚痴を聞かされる。ちなみに今夜は最初からいない。

「もう少し淑やかにすればい……」
「淑やかァ!?」

ダン、と既に2杯目のグラスをテーブルに置き(中身はウイスキーのロック、これを5杯は飲む上に酔わないので性質が悪い)、 は形の良い眉を吊り上げてこちらをきっと睨み付けた。

「顔もスタイルも頭も要領もいい私みたいなイイ女から、お金だけ引き出してバイバイ、なんて話ある!?おかしいと思うんだけど!!」

は自分が美人だと自覚している。確かに美人で、スタイルも頭も要領もいい。それ自体は問題ないが、それを自分で言ってしまうから良くないと思う。逃げら れる要因だ。ラーハルト曰く、沈黙を習得しろ、との事だった。

「ムカつく!本ッ当、なんなの!!」

これまでは彼女がこんな風に感情を吐き出して、オレが宥めてやるのが常だった。
しかしこちらも限界というものがある。

「……言葉遣いが乱暴すぎる」
「!」
「それにすぐ怒る」
「んなっ」
「大股で歩くのもよくない。綺麗な足が台無しだ」
「なんであんたにそんなこと――」
「と、思うのが普通だと思うが、生憎オレは普通じゃない」



お前は知らないだろう、気付いてもいないだろう。
お前が振られる度にオレが小さな喜びを感じていることなど。
まるで花から花へと飛び移る蝶のようなお前が、飛び移る先を失う度にオレの元に甘えてくるのを、満更ではないと思っていることなど。

他の仲間が逃げるほどの面倒な愚痴に、なぜ付き合ってやるのか。
無論仲間だからではない。
仲間でも、嫌な事に付き合うわけじゃないんだ。
現に、ポップもラーハルトも逃げているだろう。
オレだけがどうして文句も言わずに付き合ってやるのか、いい加減、真剣に考えるべきだ。

手を伸ばして、テーブルの上に置かれた手に自分の手を重ねる。

「あちこち飛び回るのはそろそろやめにしないか」

は驚いた様子でこちらを見つめている。
視線が交わり、しっとりと柔らかそうな唇がいぶかしげに言葉を紡ぐ。

「……それ……口説いてるつもり……?」
「ようやくチャンスが来たからな」

ラーハルトが来ていないのは、オレがやつに来なくていいと言ったからだ。今日は一人で相手をするからゆっくりしていろと、気遣う振り をして遠ざけた。知られたら正気を疑われかねない。それほど厄介な女だと理解していても、どうにもならない感情だ。

それにオレは知っている。 は、彼女は不器用なのだ。愛情の求め方をよくわかっていない。オレと同じ、自分の感情の表現が下手なだけだ。気まぐれでも愛を与えられれば、それを永遠 だと信じたくなる。

「……っ、ば、ばかじゃないの」
「顔が赤いようだが?」
「うう、うるさい!酒のせいでしょ!」

ウイスキーをロックで5杯、顔色一つ変えずに飲む女性が酔ったというのは説得力に欠けるが、初めて照れた表情を見せてくれたので由と するべきか。


「こ、今度は何、」
「いや……」

隣に座る彼女に顔を近づけると、 は片手をカウンターにつき、上半身を横に傾けて距離を取ろうとした。その頬が真っ赤でなければ嫌われているのかと不安にもなるが、真っ赤な顔で熱っぽい 瞳を向けられては悪い気はしない。
指で髪を一房掬い、艶やかなそれに口付けて、赤くなった耳元に囁いてみる。

「――綺麗な髪だ」

照れ隠しにグラスを煽って空にして真っ赤な顔で出ようと言った彼女の肩を抱き、そのまま城の自室に引っ張り込んだ。

他の男の所になど逃がしてなどやれない。

最初から逃がすつもりは無かった。


「ヒュンケル、ちょっ……!」

明かりの消えた部屋で壁に追い詰めて、唇を重ねて塞いで、しおらしくなったじゃじゃ馬はされるがままに寝台の上に追い立てられて、観 念したらしい。伸し掛かって服を剥ぎ取り、露わになった肩口に軽く歯を立てて噛み痕を残す。


「……覚悟してくれ。オレは簡単に手放してはやれん」


、お前は知らないだろう。

お前が他の男の所に行く度に、オレの中の獣がお前を捕まえようと爪を研ぎ続けていたことなど。

お前は知らないだろう。

いつかこの腕にお前を捕まえたら、何があろうと離すまいと誓った事も。



たまには攻っ気たっぷりな長兄を。黒兄とか大好きなんだけどな。えろくて。

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