私の恋人、ヒュンケルはイケメンだがあんまりモテない。
服装が基本ダサめだから、顔が良いのに残念ということで意外とまとわりつく女が少なく、また寡黙なので一層女の子が寄ってこなかった
らしい。
けれど口数が少なくても心がとても優しい人だという事は友達になってからすぐにわかって、話す度にこっちが好きになっていった。
そして積極的に関わっていった結果、どうにか恋人になることができた。
ヒュンケルの口数が少ないのは私が喋ればいいし、私は喋るのが苦にならない。向こうは話さない分聞き上手なのでコミュニケーションは
問題ない。
食べ物の好みもまあまあ合うし、性格も合うようで、順調に付き合えていると思う。
だが一つ、どうしても気になることがある。
それは、デートの日に着てくる服が絶望的にダサいことだ。
彼氏の
服がダサすぎる件について。
デートの時の彼の服装はいつものちょいダサめどころじゃない。ダサいにもほどがある。
正直言ってダサさだけならレベルがカンストしている。
発覚したのは初めてのデートの日だった。ヒュンケルは赤と黒のチェックのシャツをジーンズにインして、ボロいリュックでやって来た。
しかも中に着ていたTシャツは蛍光イエローの生地で、胸の位置にはこれまた古臭い90年代風のプリントでデカデカと“軽井沢”の文
字。
我が目を疑ったのは許していただきたい。だって、いくら顔が良くたって、流石にダサい。ダサ過ぎる。
普段以上にダサいってどういうこと。どこで買ったんだそのTシャツ。いえ軽井沢ですよねわかります。
その後も数回デートしたものの、冗談抜きでファッションセンスがない。必ず不思議なコーディネートでやって
くる。大体Tシャツが毎回変。傷つけないように気を遣いながら、そのTシャツ面白いね、どこで買ったの?と聞いてみたところ、近所の
服屋で適当に、という返答だった。これはもう買う店を変える以外にない。が、それを直接ダイレクトに言うとナイーブな彼が傷つきそう
で中々言い出しにくい。
私が真剣に悩んでいる間も彼の不思議コーディネートは続いた。このままでは来月に迫った私の誕生日デートですら酷い格好で会うことに
なりそうだ。
堪りかねて共通の友人であるラーハルトに相談したところ、非常に面倒臭そうにアドバイスをくれた。あれが嫌ならお前が服を選んでや
れ、とのこと。そうですね。それしかないですよね。
そんなわけで、今日も今日とてデートなのに昭和風のやたらファンシーなクマがプリントされたピンクのTシャツをジーンズにインしてき
た彼を(だからなんで裾をジーンズにインするんだよ!どうして買ったのそのTシャツ!なにが良かったの!?)私の買い物という名目で
アパレルショップに連れて行った。
「ごめんね〜つき合わせちゃって」
「いいんだ。
が楽しいなら構わない」
楽しいというよりむしろ使命感に燃えているんだけどね。
今日こそイケメンらしくイケてるコーディネートを選ばせてやる。
入店するなり自分の服を選ぶふりをして早速男性の店員さんに近づき、真顔で「彼氏の服をなんとかしたいんです」と告げたところ、店員
さんはヒュンケルの服装をチラリと見て、残念極まりない表情をし、すぐさま力強く頷いてくれた。
この瞬間、私と店員さんの間で強い連帯感が生まれた。
作戦開始だ。
ヒュンケルは見た目が整っているし背も高いから、大概の服は着られる。
だから失敗しない方法は無難に、まずはマネキンが着ている服を試してみること。
「ねえねえ、見てこれー!」
カジュアルなストライプのシャツを指差して、暇そうにしているヒュンケルを呼びつける。ヒュンケルは特に何かを疑う様子もなく近寄っ
てきた。
「これさ、なんかあんたに似合いそうじゃない?」
「オレに……?」
「せっかく来たんだからさ、ちょっと着てみてよ。試着はタダなんだし」
そう、着るだけはタダ。その後はどうにでもなる。まずは試させなくては興味も生まれまい。私が動いた後すぐさま店員さんが会話に入っ
てきた。
「おっ!お姉さんセンスいいっすね!そのシャツ売れてるんですよ〜」
「ええ〜ホントですかぁ〜?」
「彼氏さんもイケメンだし、きっと似合いますよ!試着してみません?お兄さん背高いしタッパあるからサイズはLっすよね〜」
「はあ……」
店員さんはプロらしく、話している間に既にマネキンの着ているシャツをラックから素早く手に取っている。すごいな。まだ試着するって
言ってないのに。
「いや、オレは……」
「そうだ!せっかく試着すんならこっちのパンツも一緒に合わせると全体がこなれた感じになるんすけど、どうです?」
答えさせない勢いで店員さんは今度は向かいのラックから黒のパンツを選んでいる。チョイスも悪くない、流石は本職だ。勢いで押し切る
つもりらしい。
「え、あ、」
「ベルトはこれがいいかな〜、帽子とかされます?あ、あと靴のサイズ何センチですか?」
「27……いや、そうじゃなくて」
「27ね〜、なら合わせるならこれっすね!アウターは〜うん、これでいきましょうか。試着室ご案内しまーす!」
ヒュンケルはあれよと言う間に上から下までコーディネートされて、店員さんに試着室に連行されて行った。流石はプロ、有無を言わせず
ここまでガッツリ選ぶとは。 これだけされたら試着しませんとは言えない。ここまでは順調だ。
「どう?サイズ合ってるー?」
「多分……」
数分後、カーテンを開けて出てきたのはスタイリッシュなコーディネートに身を包んだものすごいイケメンだった。
「うわーうわー!すごい!かっこいいー!」
「おっ!!いいじゃないっすか〜!羨ましいな〜、お兄さん足めっちゃ長いっすね!オレこんなに着こなせないですよ〜!靴はどうです?
ズレてません?」
「ズレてはいないと……」
「そうっすか〜いやほんと、着る人が着ると違いますね〜!オレ足短いんで、お兄さんみたいにかっこよく着こなせないんですよ〜」
店員さんがグイグイ褒めて畳み掛けてくる。やっぱり強いなプロは。
「すごく似合うよ、いつも以上にかっこいいと思う」
駄目押しに力いっぱい頷いてみせたら、さしもの謎センスの持ち主も購入意欲が湧いてきたらしい。しかしここで新たな問題がでてきた。
「褒めてもらえるのは嬉しいんだが、その、今日は持ち合わせが……」
しかし案ずる事はない、予想の範囲内だ。そのために私が朝から十分にバイトで貯めたお金をおろして来たのだから。
逃がさん。
「大丈夫だよ〜今回は私がプレゼントするから!」
「それは申し訳ないだろう」
「やだなあ良いんだって。私が着て欲しいんだし……イヤ?」
この機を逃したら彼は二度と一緒に店に入ってくれないかもしれない……与えられたチャンスを掴まない手はない!
それに私だってお洒落な格好をしている恋人を見たいのだ。願わくばその格好で隣を歩いてほしい。毎回フルコーデでなくてもいいから、
せめて普通の格好になってほしい。
「……わかった。お前がそう言うなら……」
恋人にここまでされて嫌かどうかと聞かれたらヒュンケルは嫌だなんて言えない。わかっていて意地悪をした自覚はあるけど、私だって大
事な恋人のかっこいい姿をどうしても傍で見たいのだ。
彼が頷いたことを確認して、店員さんに試着した分を全てレジでキープしてもらう。とはいえ、ここでさっさとヒュンケルの分だけ買うと
最初から仕組んだ事がバレバレなので、 当たり障りのないストールを一枚、自分用に買って誤魔化した。
「お買い上げありがとうございましたー!」
こうして彼氏の服をフルコーディネートするという私の計画は実を結んだ。
今日買った服で大学に来てね、と言ったら、彼は苦笑しながらも照れくさそうに頷いた。
が、翌日、私は自分の考えが甘かったことを否応なく理解させられた。
「やっだーヒュンケル君ちょうかっこい〜!どこで買ったの〜その服〜!」
「ちょういいじゃーん!ねえねえ今度合コンしなーい?」
これまでは残念なイケメンだったのが、ちゃんとオシャレなイケメンになったからだろう。今迄は近づいてこなかった肉食女子達がやたら
にアピールし始めたのである。
厄介だ、厄介すぎる。っていうかお前ら私の彼氏にベタベタくっつくんじゃねーよ殺すぞ!と遠くから威嚇するも、肉食女子の中でも肉食度が強い女はなかなか散らない。
なんてタフな連中なんだ。
ヒュンケルはヒュンケルでいきなり女が寄って来たので困っているし、私も女達を散らすのに無駄に体力を使うようになってしまった。こ
れは良くない。 カッコイイ服じゃなくて、普通の格好をさせるだけに留めておけばよかった。
お昼休み、二人でキャンパスにあるベンチに腰掛けてお昼ご飯を食べながら、私は彼にお願いをした。
「あのね」
「?」
「えっと……自分でお願いしたのに酷いと思うんだけど、やっぱり明日から前みたいな楽な服に変えて欲しいかなって……」
サンドイッチを食べていた彼は私の申し出に少し驚いてはいたが、すぐにふっと微笑んで頭を撫でてくれた。こんな優しい人に無理をさせ
てしまった事に申し訳なさを感じる。
いくら彼を好きでも、私はやり方が間違っていたんだな。反省しないと。
「なんかごめんね、折角頑張ってきて来てくれたのに……」
「いいんだ、謝らなくていい。オレも自分の格好に無頓着すぎた……はただオレがよく見えるように頑張ってくれたんだろう」
恋人の低めの落ち着いた声は耳触りがいい。今度からはあのお洒落な服は時々、それもお家デートの時だけ着てもらおう。外で歩いたら
もっと面倒なことになりそうで嫌だ。
「かっこいいのは私の前でだけでいいや」
「……そうか」
横から抱きついて柔軟剤の香りがするシャツに顔を押し付けて呟いたら、ヒュンケルは小さく笑って頭をポンポンしてくれた。恋人の対応
がイケメン過ぎるので、 彼の服装なんか最早どうでも良くなったのは言うまでもな……いや、どうでも良くは……無いか。
「……でも、シャツの裾をインするのだけはやめた方がいいと思う」
「わかった。気を付ける……」
翌日。
構内で待ち合わせた彼のTシャツには再び“軽井沢”の文字があったけれど、ヒュンケルはもうジーンズに裾をインしていなかった。
しかしやはりダサいことには変わりなく、肉食女子達の姿はまた少しずつ散り始め、平和な日常が戻ってきた。
最後の最後まで肉食女が一人粘って強引にヒュンケルを合コンに誘い続けていたが、たまたま臨時で入ってきたメガネのイケメン講師にあっさり乗り換えたので、ほどなくして危
機は去った。
教訓:
服装のダサいイケメンを彼氏にしたら、デートの時だけオシャレすぎない格好をさせるだけで十分。
やり過ぎると余計な虫が寄ってくるので注意!