大人になったら


大きくなったら


貰ってやるよ


お嫁さんになってあげる






雲が飛ぶように過ぎていく。
そんな空を見上げて、俺は少し過去の思い出に浸っていた。

ユリアが昔そうであったように、幼馴染の女がもう一人いたのを覚えている。
もっとも、あいつは――はというと、物心つく頃に遠くに引っ越してしまったのだが。

同い年で、悪戯好きで、悪知恵が働いて、よく二人でラオウをからかったりしていた。
くるくるといつも違う表情を見せる幼い顔が、とても印象的だった。
体が弱くてあまり激しい運動はできなかったけれど、いいやつだった。
そんなことを今更思い出したところで、どうにもならない。


「ジュウザ様。準備はよろしいか?」
「ああ」


戦地に赴くための服装に着替え、防具をつける。
愛しい女のためであればいくらだってこの命を賭けてやる。
こんな風に思える日が再び来るとは思わなかった。
そしてこんな時に、なぜか昔の幼馴染を思い出す自分がいることも予想外だ。

最後に会ったのは、いつだったか。





あの日、俺はが引っ越してしまうと聞いて、大急ぎであいつのところに走った。
、と声を上げて駆け寄った俺が見たのは、真っ白な顔で微笑むあいつの笑顔だった。
その細い腕には点滴が打たれていて、点滴を打たれているがいたのは移動用のベッドの上だった。


――引っ越すって、何でだよ。大丈夫なのか


幼く、物の判らなかった当時の俺は、今なら容易に想像がつくことすら理解できずに、そんな馬鹿げた質問をした。


――ちょっと具合が安定しないから、大きな病院にいくんだよ


はそう答えて笑った。
悪戯を思いついたときの、いつもの笑顔とは違うことにすら、あの日の俺は気がつけなかった。
だからが大丈夫だというのなら、大丈夫なのだと信じ込んだ。
いや、頭のどこかでは理解していたのかもしれないが――それを受け止めるには、あの日の俺は子供過ぎた。


――すぐ帰ってくるから、今度は爆竹やろう。八百屋のオジサンひっくり返しちゃおうよ


――ああ、わかったよ。じゃあ俺、お前が戻ってきたらデカイのかませるように、爆竹集めとくからな!


そんな他愛のない会話が最後になるなんて、あの時の馬鹿で頭の悪いガキの俺は知る由もなかった。






砂煙を巻き上げて、俺を乗せたサイドカー付のバイクが走る。
この先をしばらくいけば、あの堅物のラオウに懐かしの再会、ということだ。

「もうじきラオウの軍と鉢合わせますぞ」
「覚悟はできてるかってか?誰に聞いてるんだ、そりゃ」

そんなもん、端からできてるさ。
どうせ死んでいたような俺だ、今更あの世行きの扉を開けたところでなんら変わらねえ。

久しぶりに会ったラオウは、俺が動くとは思っていなかったらしく、ずいぶんと驚いていた。
俺だって自分が今この場にいることが不思議なくらいだ。

もっとも、動いたとはいえ今この場で相打ちなんて狙うつもりはない。
まだケンシロウがユリアのもとに着いていない。
それまでラオウを足止めすることが第一の目的だ。
決着をつけるのはそれからでいい。

連中の足とラオウの馬を奪って一旦撤退し、機を見て再び合いまみえる。
防いだと思った攻撃は思ったよりも深く、俺に命を賭けることを改めて自覚させた。

自分がもうじき死ぬということを、あの日のはどんな気持ちで受け止めていたのだろうか。







"引越し"てから一週間後、は俺の知らない場所で、知らないうちに逝ってしまった。
心臓の病だったらしい。
俺がそのことを知ったのは、情けないことにが死んでから一月も経ってからだった。
山のように用意した爆竹は意味を無くして、次はこれをやろう、あれをやろうと考えていた悪戯は、無しでは全て
成功しなかった。

まだ子供のユリアを連れて三人でよく行った裏山に一人で上ると、お気に入りの場所から見える夕焼けだけが変わっていなかった。


――なあ、。何で言わなかったんだよ。ばかやろう。


行き場のない怒りと悲しみが子供の俺を攻撃して、それをどう発散すればいいのか知らなかった俺は拳を振り上げて何の罪もない木々たちや岩に当り散らすしかなかった。

けれどがよく登っていた木だけは、どうしても殴れなかった。
がいつも腰掛けていた岩だけは、砕くことができなかった。

壊してしまえば、二度とあいつが戻ってこない気がして怖かった。
残しておいたところで、帰ってくることなどないのだと、本当はわかっていたのに。

腰をかけるのにちょうどいい岩肌をするりと撫でる。
が引っ越す少し前に、ここで二人で新しい悪戯の作戦を練りながら他愛ない話をしたのだった。
どんな話だったか。

ああ、そうだ。
早く大人になりたい、王子様が迎えにくるんだなんて事をが言い出して、俺はそれをからかって。


――お前みてえなじゃじゃ馬、誰も迎えに来ないって


――あんたこそ、そんな粗野で馬鹿じゃ女の子が逃げてくよ


ふざけあって、それから。


――どうしても貰い手がつかなかったら、俺が大人になったら貰ってやるよ


――ほんとに万が一にも貰い手がなかったら、大きくなったらお嫁さんになってあげる


冗談みたいな口約束をしたんだ。
その後で飯でも食えば忘れてしまうような、子供の口約束をした。
あいつは覚えていただろうか。
なあ、、お前は。






「命を捨てに戻ったか!」
「ただでは捨てぬ、俺は寂しがり屋でな…きさまを道連れにしていく!!」

二日後に再びラオウの前に戻った俺は、この日こそがおそらく自分の命日になるのだろうと知っていた。
不思議なほどに落ち着いて、すっきりとした気持ちだった。
あの日のも、そう感じていたのだろうか。

恐怖など感じない。
ただ、この戦いで己の全てを出し切って、それがユリアのためになればいい。
それだけだ。

一撃を食らわした代償に、両手が崩れる。
これで拳は使えない。
そんなことを嘆いている暇はない。
今はただ少しでも、ラオウの力を削ることだけを考える他、術はない。

やつを誘い、攻撃の後の一瞬の隙をついて腕の関節を極める。
この命が尽きる前に、腕の一本だけでも持っていかなければフェアじゃないだろう。
無駄にでかくなりやがって、この野郎。
腕一本で俺の命一つ分とは、ラオウのやつも随分と偉くなったもんだ。
畜生め。

ラオウの拳が俺の秘孔を突く。
体中を電気が走り抜けたような衝撃が走る。

ゲーム・セットか。
ラオウてめえ卑怯だぞ、秘孔で聞き出すってのは無しだろ。
悔しいから死んでも教えてやらねえ。

…ああ、どうせ、死ぬのか。

なんだ、思ったより苦しいもんだな、もっと紳士的なやり方にしやがれってんだ。
言いたいことは山ほどあるのに、口が勝手に大事な女の名を言おうとする。

駄目だ、その先は言うな、あいつだけは守りてえんだ。

何のためにこんな色気もへったくれもねえ所で野郎とランデブーなんてしてると思ってる。
何のために戦ってると思ってる。

最後に一等大事な女を守るためだろうが!!!

「そうだいってしまえジュウザ!!」
「……」
「ん〜〜〜」
「け…拳王の…ク・ソ・バ・カ・ヤ・ロ・ウ…」

俺の言葉を聞いたラオウは逆上して俺を離した。
ざまあみろ、ボケ。
最後の最後で俺の根性ナメてるからだ!

仰向けに倒れた俺の眼に空が映る。
ああ、雲が流れていく。


「おれは雲!おれはおれの意志で動く!!ざまあみたかラオウ!!」


――なあ、、お前は


「おれは最期の最期まで雲のジュウザ!!」


――もう、忘れちまったかな。


雲が流れていく。
空がぼやけて霞んで見える。


――大人になったら貰ってやるって言ったろ。

――今だから言うけどな、俺はお前が初恋の相手だったんだぜ。

――なんで大人になる前に逝っちまったんだ、馬鹿なやつ。

――おかげで俺はユリアに惚れて、最期はラオウの野郎とくんずほずれつ、色気のねえ終わりかたしちまったよ。


霞んで見える空の中で、気がつけばが笑っていた。


――おつかれさま

――なんてカッコしてんの、ばーかばーか


はあの日のまま、無邪気に笑う。


――うるせえ。俺の大健闘を褒めろよ。

――それよりも、いい空だな。

――前に話してた爆竹、決行するか。

――60個も集めてやったんだぜ、感謝しろ、ばかやろう。


空が、暗くなっていく。
終わりなんだと理解する。
幕切れはあっけないものだ。


――なあ、。結局、貰い手つかなかったんだろ。

――だったら俺が貰ってやるしかねえな。しかたねえから。


崩れていく記憶の中で、は嬉しそうに頷いた。


くもが、そ ら が、 き   え     て




――お嫁さんになってあげるよ。しかたないから。





やみにおちる おれのてを ひいたのは、あたたかい えがお。




あんまりにもユリアユリアじゃ雲兄が報われない!と思い、雲夢を書いたら悲恋になりました
げ、撃沈…。

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