ジュウザの城の一角に、誰も近づかない部屋がある。
開かずの間だとか、幽霊が出ると言う事ではない。
ただ入るのに少し勇気がいるだけだ。
扉を開けると中は人形だらけで、手や足などの部品が散らばっている。
さながらその様相は人体を解体したかのようで、不気味なのだ。
この部屋に住んでいるのは、一人の人形師なのだ。
「よう、」
「何、ジュウザ。用がないなら出てって」
人形だらけの部屋に足を踏み入れたジュウザは、背を向けたまま返答した女を見て苦笑した。
彼女が向かい合っているのは等身大の娘の人形。
裸だがまるで生きているかのような完成度だ。
は戦前から人形を作り続けている家の娘らしい。
それもからくりを組み込んだ特殊な技術者で、今も一人で作れるだけの人形を作っているのだ。
勿論、仕事として。
ジュリエットは振り向かない
「また随分凝ってるの作ってるじゃねえか。今度のはなんだ?」
「ダッチワイフ。感触も再現してあるわ。胸もお尻も、上と下の口もね」
あけすけな答えに肩を竦めるが、は全くそういう類の話を恥らう女ではない。
低血圧で動じる事のないのそういうところをジュウザは気に入っているわけだが。
「じゃ俺にも作ってくれ」
「いいわよ。上も下も突っ込んだら抜けなくなる機能付きだけど」
「なんだそりゃ…」
「見た事ない?こーゆーの」
問いかけながらは持っていた木の杭を人形の口に突っ込んだ。
瞬間、
べきん!!
杭がへし折れた。
見事に、根元からボッキリと。
「いい趣味でしょ?下は回転刃で鉛筆削りみたいに棒削る仕組み」
「…寒気がしてきた。ってか抜けなくなるってそういう意味かよ…」
顔を引き攣らせて感想を述べたジュウザを、何時になく嬉しそうな表情で見ながら、は語る。
「スケベでド阿呆な男用に作ってんの。意外と好評よ」
「なら俺には関係ねぇな。俺は頭は良い」
「あら、多いにあるわ」
折れた杭を投げ捨てると、は工具を手にして作業を続けた。
工具を持つ手は綺麗ではないけれど、女職人の優しい手だ。
「男は皆、スケベでド阿呆よ。そうじゃないやつは聖人君子か、ただのスケベかただのド阿呆だわ」
「キツイよな、お前」
「真実でしょ」
笑うに近づいて、ジュウザは話す事もなくただ隣に座った。
も無言で手を動かしている。
ジュウザが何もしないで誰かの傍に居たがる時は大抵、過去の事で何かあった時だ。
特に付き合いが長いほうではないけれど、はそれを感づいていた。
彼は、を抱いた事は一度もない。
ただ時折こうして顔を出して傍に座って、後は食事の時に顔を合わせるくらいだ。
それが多分、2人にとっては一番ちょうどいい距離なのだろう。
「なぁ」
「何よ」
「今度2人で外、出ようぜ?」
「…あんただけが楽しい所じゃないならね」
「考えとく」
「ん」
人形の眼に見つめられる部屋で、静かに時間が過ぎていく。
振り向いてくれる事のない人を想いながら、ジュウザはの隣に居続ける。
人形師の彼女はただ人形を見つめて作業を続けている。
工具が人形を削る音だけが耳に入ってくる。
無数の硝子の眼が2人を見つめている。
外界と完全に隔離された非日常的な場所。
それなのに心が落ち着くのは、が何も言わずに隣を開けてくれるから。
ジュウザもまた、気持ちが休まるまで隣を借りていられるのだ。
「」
「何」
「…いや、何も」
ただ居てくれるだけでいい。
それだけで、心が癒えるから。
振り向く事のないジュリエットを追い続ける心が、少しだけ軽くなるから。
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