朝焼けに甘い願いを
大切な人が自分を置いて逝ってしまうというのは、どんな気持ちなんだろう。
苦しいのか、哀しいのか、やるせないのか。
それとも、苦しさを超えて怒りや憎しみを覚えるのか。
幸いそんな不躾な質問をするほどの礼儀知らずでもないから、この質問をすることは無い。
聞いたところでわかるはずが無いのだ。
愛した人が自分を置いていく哀しみなど、知りたくもない。
だけど、その哀しみを癒すこともせずに孤独でいるのは、寂しいことではないのだろうか。
「…どうして一人で居続けるの?」
聞いた直後に馬鹿な質問をしたと思った。
それでも彼は罵るわけでもなく、ただ哀しみを閉じ込めた静かな瞳でこちらを見つめて、ほんの少しだけ微笑んだ。
肯定でも、否定でもない微笑み。
それはひどく空虚で切ない答えだ。
「一緒になってあげようか?私」
おどけた口調で本音を言えば、彼は苦笑して答えた。
「…やめたほうがいい。俺は死神だ」
「死神は恋もできなくなってしまうの?」
「そうかも知れんな」
呟く声は穏やかで、寂しそうで、けれどどこにも隙間なんて無い。
その言葉だけで、私が入る隙なんてどこにも無いのだと思い知らされる。
それでもまだ、こうしてほんの束の間でも側に居られるだけで構わないと思うのは愚かだろうか。
仮宿にしてくれと、いつでも来てくれていいと言ったあの日から、時折彼が尋ねてくれるこの事実を、都合のいいように取ってしまってもいいのだろうか。
どこか寂しそうで力強い背中を見送ることが、自分だけの特権なのだと思っても。
「…」
「ん?」
「…今度は少し長くなりそうだが…またここに世話になる。構わないか」
「うん」
つかず離れず、まるで同じ極を向き合わせた磁石のように一定の距離を保ったままで、きっとこの関係は壊れない。
どちらかが踏み出さない限りは。
けれどこの関係が崩れることはない。
その一歩は、きっとどちらも踏み出せないから。
唯一踏み出すとすれば、壊すとすれば、それはきっと私のほうからだろう。
夕食を振舞い、宿を貸す。
男と女が同じ屋根の下で二人きりのこんな状況でも、何も起きないのは彼が境界線を引いているからだ。
そしてその線を、私も超えることが出来ないから。
闇が深くなり、空気が冷えて、それでもどこか緊張して寝付けない私を知っているのだろうか。
夜が明ける。
頭を出し始めた太陽が、空を淡い紫に染めてやがて暖かい色に変えてゆく。
彼を留めるといつも見る、この朝焼けに祈ろう。
願わくばこの哀しい瞳をした男が、いつか再び自分だけの幸せを手にすることができますようにと。
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