毛布に包まって眠っていたは、窓から差す光が顔に当たって眩しさに覚醒した。
「ん…」
小さな窓の淵を白く照らす光は爽やかな朝の太陽のものだ。
背後から彼女を抱き締めたまま夢の中にいる夫が寝言で彼女の名を呼んだ。
「…」
「もう…仕方ないわね」
逞しく太い腕で守るように妻を抱き締めるシュウに、は苦笑した。
シュウがを抱き枕のようにするのは今に始まった事ではない。
と言うか、一つのベッドで眠るようになってからは大抵朝はこうなっている。
拳法家なのだからもっと眠りは浅くなければいけないはずだが、どうもの傍にいると安心しきってしまうのか、シュウはよく眠るのだ。
だからはシュウの寝顔を見るのにはもう慣れている。
「ん…っと」
起こさないようにシュウの腕から抜け出そうとするも、刺激にはすぐに反応するのが拳法家。
ぐ、と腕を引っ張られて、あっという間にシュウの胸に抱きこまれたは、呆れ半分で夫の胸を押し返した。
「もう、シュウ。寝惚けた振りしないで、起きてるんでしょう?」
「ん…ばれていたか」
「当然よ。私だって拳法家なんだから」
「それもそうだな」
微笑みながらシュウはの母によって再び光を取り戻した目を開けた。
仁星の性をそのまま映し出したような優しい瞳の色がを捉える。
「おはよう、」
「おはよう、シュウ」
どちらからともなく軽いキスを交わすと、一日が始まる。
One Wish, One Love
寝巻きから着替えたは、顔を洗って外に出た。
いつもの朝の修練のためである。
朝焼けを浴びながら身体を動かしていると、ケンが起きてとともに修練をはじめ、それから遅れてシュウが子供たちを起こして来る。
「おはよう母さん」
「おはよう、ケン。父さんとシバは?」
「ん…ちょっとナントがぐずっちゃって」
「そう。それじゃ、始めましょうか」
朝靄の中で、二人の影が舞った。
修練が終わると、朝食の準備だ。
一番上のケンは長男ゆえの責任感からか、何も言わなくても進んで朝食を作る手伝いをする。
小さな台所はとシバだけでいっぱいになるので、することのないシバはシュウと一緒に、眠いとぐずる弟達を井戸に連れて行って顔を洗わせる。
シバもまた次男の役目を十分に果たしている。
そして食事の用意が終わり、全員が食卓を囲んで座ると食事が始まるのだ。
各々取り分けられた料理に舌鼓を打っていると、ふとケンを見たシュウが嬉しそうな声を上げた。
「おお、ケン!また背が伸びたな!」
ぐりぐりと頬に頬を押し付けてくる父に、にべもなくケンが返す。
「父さん、ヒゲが刺さってる!やめてよ!」
「、大変だ!!ケンが反抗期に!」
「あらそう、よかったじゃない。成長してる証拠よ」
「そんな!?シバ、お前は父さんの味方だな?」
「あっ兄さん、そこの塩取って」
「ん、はい」
「そんな、お前達ー!」
息子に見事にスルーされたシュウは、構ってもらえて幸せなのに軽くあしらわれてショックを受けた、なんとも器用な表情でナントとホクトに癒しを求めた。
まだ小さい二人の息子は、そんな父の姿に何の疑いも抱かずにニコニコ笑っている。
そのまま拗ねられていても面倒なので、は仕方なく夫の肩を叩いた。
「ほら、拗ねてないでごはんを済ませちゃいましょう。あとで手伝って欲しい事があるの」
「そ、そうか?わかった、では早く片付けねばな!」
「ありがとう。助かるわ」
妻に構ってもらえるだけでシュウはすぐに元気になる。
嬉しそうに破顔した父を、息子たちはやれやれと呆れながら温かく見守っている。
見慣れた朝の風景に、は小さく肩を揺らして笑った。
彷徨い歩いてようやく見つけた場所は、世界のどんな場所よりも暖かく、優しい。
全てを包み込んでくれるような夫と、希望と夢を与えてくれる子供達。
世界は険しく残酷で哀しいけれど、ここにある幸せだけは絶対だ。
子供達が笑いながら洗濯物を外に運んでいく。
賑やかな声が遠ざかって、陽の下でまた弾けた。
住む家は豪華とは言えないけれど、家族がいるだけでどんな宮殿よりも輝いているように思える。
子供達が選択をしている井戸の傍から、軽やかな水音と共に濡れた土の匂いが流れてきた。
人間が生活を営んでいる匂いだ。
一瞬一瞬が愛しくて堪らない。
「、どうかしたのか?」
幸せを描いたような風景を眺めぼんやりとしていたに、シュウが声をかけた。
光を取り戻した夫の瞳は深く暖かい愛に満ちている。
陽だまりの中にいるような気分になる、柔らかくて穏やかな愛情。
無性に嬉しくなって、はシュウの胸に軽く額を当て、寄りかかった。
「…?」
「なんでもない…ただ幸せなの」
シュウがいて、子供達がいて、自分がいる。
たったそれだけだけど、とても大切な事だ。
ずっと捜し求めていた安寧がここには満ちている。
父親のように大きくて温かい人。
その人との間にできた愛情の証。
それは、形を得た幸せといっても過言ではない。
至福の時を噛み締めるように目を閉じたに、シュウは静かに囁いた。
「私も幸せだ。君という最高の妻がいて」
「馬鹿」
笑いあって見詰め合って、唇を重ねて、また笑いあう。
流れる時間がまるで止まっているような、切り取られた空間での甘く優しい瞬間を、は愛している。
シュウもまた同様に、妻との愛を感じあう時間を愛している。
「大変だ母さん!レイが転んで怪我した!」
不意に飛び込んできた子供達の声に、とシュウは揃って慌しく子供のもとに向かった。
「レイ!大丈夫か!?今、父さんが行くからな!」
「母さぁぁん!うえええぇん!」
「だから父さんが…」
「痛いよ母さぁーん!」
「父さ…」
「母さぁーんっ!」
「……くっ!」
息子にガン無視されて再びショックを受けているシュウの肩に、はぽんと手を置いて、
「…諦めるのね。」
「そんなー!」
勝手に落ち込んで勝手に元気になる夫を放置し、わんわん泣くレイを介抱した。
今日も世界は壊れ、傷つき、嘆き続けている。
それでも家族がいる限り、自分が壊れる事はないだろう。
この壊れ果てた世界で、真実の愛を見つけることができたのだから。
変わらずに在り続ける暖かさを心から信じ、は笑った。 |