「ああ〜もう!なんでこんなに書類の不備が多いんだろ、ここの軍団長は!!」

今日も今日とて魔王軍の事務室は忙しい。養父のような恩人がここで軍団長をやっているから、何か力になりたいと思って私もこの魔王軍 で事務のアルバイトをやっているのだが、出勤一日目で既に働くとこ間違えたと確信した。何故なら、私が所属することになった経理部門 の上司、ミストバーン様は一切言葉を喋らない。寡黙とかいうレベルじゃなくて喋らない。ガチで、無言なのだ。つまり何が言いたいかっ ていうと、意思疎通が非常に難しい、端的に言うと風通しは悪すぎる職場だった。

それでいて書類の不備はしっかり赤ペンで丸つけて突き返されるから、緊張感が半端ない。おかげで働き始めて3か月で食欲が落ちて3キ ロ痩せた。おかげで幼馴染に心配されたのだが、辞めるのはなんだか尻尾巻いて逃げるようで気に入らない。そんなわけで、私はこの魔王 軍の事務室で必死こいてバイトをやって、もうじき半年になる。

「ったく、ザボエラ様も日付書いてないし……」

あの爺さんは毎回領収書を忘れる。ここ魔王軍では、人間に化けて街で買い物をしてきた場合には必ず買い物をした日付と場所、買ったも のの名称を書いて提出してもらっているのだが、妖魔士団長の妖怪ジジイは毎回内容を適当に書いて書類を置いていくから面倒臭い。今回 もほら、薬草1点で3000Gとか書いてある。

「薬草1点が3000Gもするわけないじゃん!物が多いなら実験用品○点でまとめていいって言ってんだから、手ぇ抜かないでよね。ミ ストバーン様にチェック付けて返されるのは私なんだから……はあ、また修正してもらわなきゃ……」

ミストバーン様の無言の圧力はちびりそうなくらい怖い。無言で赤ペンで印をつけられた書類をバサッと目の前に置かれた時の怖さが半端 ないから、わざわざ決裁を貰う前に自分でもダブルチェックしているんだけど、これのおかげで私の仕事はいつも邪魔される。必要な事と はいえ、あまりにもみんな書類の書き方が杜撰なのだ。

「ほんと、バラン様を見習ってほしいもんだわ」

実は私の養父のような恩人と言うのは超竜軍団長のバラン様だ。私は魔族と人間のハーフの母と、人間の父の間に生まれた魔族のクォー ターで、肌の色は人間なんだけど耳は明らかに魔族特有の尖ったもの。それに普通の人間より運動能力も高い。そんなんだったから、ちょ うどハドラー様が地上侵攻した頃に幼少期が重なり、色々と苦労して最終的にバラン様に拾われた。

バラン様はなんと伝説の竜の騎士で、ものすんごく強くてカッコよくて落ち着いてて、とにかく尊敬に値する人物だ。それでいて、軍団長 の中で一番書類をちゃんと書いてくれる。流石だ。やっぱりバラン様は格が違うな!

ちなみに一番書類の不備が多いのはヒュンケルで、あの人間のキザヤローは日付も内容も書いてなくて金額しか無いような書類でも平気で 出してくる。お前ホントに書類の意味わかってんの?って小一時間問い詰めたくなるんだけど、一応軍団長だから、今のところ私の方が頭 下げて書類を修正してもらいに出向いている。

「クロコダイン様もなあ、頑張って書いてくれてるんだけど字がなあ……」

クロコダイン様は巨体のリザードマンで、見た目は怖そうなんだけど実はとてもいい人だ。バラン様とも話が通じてるみたい。ただ手が大 きすぎてペンを持つのが上手くないから字が読みにくい。こればっかりはどうしようもないから、いつも申し訳ない気持ちで修正をお願い している。何しろ書くとこはちゃんと書けているのに、字が読みにくいだけなんだ。


今日の修正個所はザボエラ様とクロコダイン様か。クロコダイン様は良いけど、あの妖怪ジジイは事あるごとに魔族のクォーターの私から 血液を採取したがったりするし、運が悪いとジジイの息子のザムザ様がすごくどうでもいいことを聞いてきたり無駄に近かったりしてキモ イ。この前なんか突然ディナーに誘われた。別にそういうの期待してないんですけど。

流石に引いて、先月幼馴染に相談したら彼からバラン様に話が行ったらしく、しばらくは近づいてこなかった。でも最近はまた調子に乗り 始めていて、つい先日薔薇の花束をもらった。お前それイケメンにしか許されないアプローチって知ってる?と言いたくなったのは気合で 飲み込んだ。流石にそこまでは言えない。

けど、別に薔薇に罪は無いけど、贈ってもらうにしたって貰いたい相手ってのはいると思うんだよね。そんなわけで、貰った薔薇は豪快に 花びらを風呂に浮かべて薔薇風呂にして一晩で消費した。自分ではこんなに花買わないからちょうど良かった。


今日の修正書類はクロコダイン様とザボエラ様の分だけ。あとは、一枚も書類を出して来ない不死騎団長に催促に行くだけだ。書類を持っ てクロコダイン様を探していると、鬼岩城のバルコニーでまったり日向ぼっこをなさっているピンクの後姿を見つけた。今日は招集がか かって午後から会議だってバラン様が言っていたからクロコダイン様も早めに来てたんだろう。すぐに見つかって助かった。

「クロコダイン様ー!」
「ん?おお、

声をかけながら駆け寄っていくと、大きな体のクロコダイン様はわざわざこちらに振り返ってくれた。クロコダイン様の良い所はちゃんと 向き合って話を聞いてくれるところだと思う。下っ端の魔物にも比較的優しいから、他の軍団に居る部下達からも慕われている。

「すみません、また書類でわからないところがあって……」
「なに、毎度すまんな。オレはどうも書類仕事には向かんらしい」
「いえいえ!書くとこ書いて貰えているんで悪いわけじゃないんです!ただちょーっと、はみ出してたりするだけで」

差し出した書類には、備考欄から文字がはみ出してところどころ単語が切れていたりする。それでもクロコダイン様の場合はわからないと ころさえ確認すれば書類を作り直す必要はないからずっとましだし、何より人柄(ワニ柄?)がいいからそれほど苦じゃない。

「だが毎回こうして確認に来てもらうのも申し訳ないからなあ……ム。そうだ 、手を出してくれ」

クロコダイン様は頭をポリポリ掻きながら、腰元から何かを取り出して私に手渡した。コロンと掌に乗ったそれは、可愛らしいブルーのあ め玉だった。

「飴?」
「今度から書類と一緒に持ってくる。これで間違いがあったら代わりに訂正してはもらえんだろうか」

お菓子まで渡されて、オレも気をつけるようにするから、と言われてしまうと流石にこっちも譲歩せざるを得ない。無駄に効率を悪くする のも良くないし、いっか。それにクロコダイン様は優しいお方だし、部下を怒鳴りつけたり、ところ構わず凍らせたり熱で溶かしたりしな い。人徳(ワニ徳?)のレベルが高いから、頼まれても嫌と言う気にはなれないんだ。

「……しょうがないですね。クロコダイン様なら特別にオッケーです」

了承した私の頭をクロコダイン様の大きな手がワシワシと撫でた。髪がぐちゃぐちゃになるけど嫌な気分にならないのはこの方の 人望(ワニ望?)の厚さのためだ。

「ところで、この飴はどうなさったんですか?」
「んん?以前世話をしてやったエルフの娘が毎年送ってくるのだ。お前が食べてくれるとオレもありがたい」

グハハと笑うクロコダイン様は、見た目は怖いけどやっぱり優しい、素敵なリザードマンだった。



魔王軍の事務員さん



(でっ、でも、バラン様には敵わないけどね!)



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