まぶしいひと
静かな休日。
はのんびりと町をふらついていた。
南斗と北斗の本山は実はそう遠く離れてはいない。
街の中心に聳え立っているのが北斗の道場で、昔は山奥だったのを移動させたようだ。
南の山のほうには南斗の本山といくつかあるうちの道場の一つがあり、の営むガラクタ屋はちょうど二つの道場の間に挟まれる形でひっそりと存在している。
それゆえ、暇な時はどちらかに散歩に行けば必ず何れかの道場に行き着くわけだ。
よって、彼女は実は顔が広かった。
先日シンが落としたと思われる恥ずかしい内容のユリア充てのポエムをニコニコしながら読んで歩いていると、ちょうどよく前から本人が現れた。
何やら探している様子である。
その目的の者がこの詩であることは明白なので、はにやりと笑ってシンに近づいた。
「やあ、シン、何か探してるのかな?」
「!な…なんだお前か。別に、大したものではない」
「そう。私はてっきり彼女宛のこっ恥ずかしいポエムでも探しているのかと思ったよ」
「!!!」
がやたら爽やかな笑顔でそういうと、シンの顔から見る見るうちに血の気が引いていった。
「ま…まさか…」
「ふふ、なかなか情熱的な詩だね。シェイクスピアでももうちょっと控えめな詩を書くだろうに」
「か、返せ!!殺すぞ貴様!!」
「私は別に君の作った詩だとは言っていないんだけど?」
「う…!!」
哀れシン、墓穴を掘ったとはこのことである。
返す言葉も無く怒りに震えるシンに、は冗談だよ、と言って懐から小さな冊子を取り出してシンの胸に押し付けた。
「返してあげるよ。可哀想だから」
「こ、これは別に俺が書いたわけでは…!」
「そう?じゃあ書いた人に返しておいてくれるかな。私はもう暗記したからね、全部」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!?」
言葉にならない悲鳴を上げたシンに、は更に畳み掛けるように口を開く。
「22ページの3行目は、"薔薇のように美しきヴィーナスの光臨を前にし…"」
「うああああああああああああああ!!!やめろ!!黙れええええっ!!!」
顔を真っ赤にして涙目になって抗議するシンに、は噴出した。
全く、反応が一々面白い男だ。
「あははは!面白いなぁ、シンは。君って一途で可愛いね」
「なッ!?」
「今度はゲーテみたいな詩にしてくれ。私は彼のほうが好みなんだ」
「誰が書くか!!!」
「それじゃ、私は次の作品を心待ちにしているから」
「人の話を聞け!」
「ああ、そうそう」
去り際に振り返って、はにっこりと素敵な笑顔を浮かべ、言った。
「君のそういうフェミニストなところ、私は悪くないと思う。もう少し愛情表現が控えめだったら、ユリアももしくは…、ね」
「…!」
「じゃあね、シン。良い午後を!」
ひらひらと手を振って一方的に別れると、はシンの真っ赤になった顔を思い出してくすくすと笑った。
そして肩にかけていたバッグを開け、おもむろにスクラップ帳を取り出した。
「…なーんてね」
ぱらりと開いたそれには、見事に先ほど渡した冊子のコピーが一枚のミスもなく貼り付けられている。
「ちゃんとコピーは取ってあるに決まってるじゃないか。素直な子だなぁ、ホントに」
もう一度それを読み返して、今度はどうやってからかってやろうかと考えていると、背後からスクラップ帳が取り
上げられた。
「あ」
視界から消えたそれを追って振り向くと、そこには険しい顔でスクラップ帳を破いているラオウが立っていた。
「や、ラオウ。いい日だね。ご機嫌いかが?」
「ふん。こんなもので男を意のままに操るなど…馬鹿馬鹿しいとは思わんのか?」
細切れになった紙を何の感慨もなくみて肩を竦めると、は苦笑した。
(まあ、まだ家にもう一冊あるから良いけど)
ちょっとした悪戯さえ、この男には通じない。
「…本当に曲がったことが嫌いだね」
「下らん真似をするなと言っているだけだ」
ぶっきらぼうに言い捨てたラオウに、は目をぱちぱちと瞬かせた。
「見てたの?」
「見えただけだ」
「ふうん…?」
シンと話していたのはちょうど大きな岩があり、二人の会話は覗き込まなければ見えない。
見えた、だなんて、なんて可愛らしい言い訳だろうと、はにやけそうになる自分の顔を押さえ込んで、少し顔を傾けてラオウの顔を覗き込んだ。
「…もしかして、妬いてるのかい?」
「馬鹿を言うな。誰が貴様など」
「そう」
予想通りの答えに、少しだけがっかりして、は少し強気に出てみようかと口を開いた。
「私はちょっと期待してたんだけどな。君が妬いてくれるのを」
「…!」
「難攻不落だよ、本当に」
「…何の話だ」
「恋の話だけど?」
「……ッ、ふざけるのもいい加減にせぬと殺すぞ!」
「ふざけてなんかいないよ」
「!」
身長差でかなり上にあるラオウの目をじっと見据えてが言い返すと、ラオウはうっと口ごもった。
そのまま暫くラオウの目を見つめて、はゆっくりと目を逸らした。
「…ごめん。困らせるつもりはないんだ。怒らせるつもりも」
「…」
「今日はこれくらいにしようかな。何を言っても、これ以上は君に嫌われてしまいそうだ」
が寂しそうに微笑んでラオウに背を向けて去ろうとすると、ラオウがその手をぐっと掴んで引き止めた。
「!…どうしたの?」
驚いて振り向くと、ラオウはほんの少し眉を顰めて、無言でを睨んだ。
瞳に敵意が無いのを察して、はラオウが言葉を探しているのだと気づき、黙って男の言葉を待った。
「…嘘ではないのだな」
「え?」
「その言葉、嘘は無いのかと聞いている」
「…!」
全く想定外の台詞に、は目を驚きに見開いて、それからはっきりと答えた。
「無いよ。どんな嘘偽りも、君にだけは持たない」
「まことだろうな」
「なんなら嘘発見の秘孔でも突いてみるかい?あはは、そんなの無いかな」
「…突くまでも無い」
「あ、そう…」
(あるんだ…そんなの…;)
「なんだ」
「いや、別に。便利な拳法だなと…」
探られて悪いようなことは隠していないが、突かれない事に越したことは無い。
すぐに笑顔に戻ると、はまだ何を言えばいいのかわからない様子のラオウに尋ねた。
「で?私が本気だと知ったところで、どうするのかな、君は」
「…来い」
「何処に」
「ついて来い、俺に」
「…」
ついてこい、おれに。
わずか8文字(句読点入れて10文字)では、彼の心の真意を測りかねて、は苦笑し再び尋ねた。
「…今の、プロポーズ?」
「違う。誰が貴様のようなわけのわからん女を嫁にするか」
「…それってちょっと酷いよね…」
「やかましい。俺は天を握る男だ。貴様がそうしたいのなら、俺が天を握る際に傍で仕えてもよいと言っている」
「上司と部下の関係なの?」
「気に入らんのなら去れ」
あんまりにもあんまりな言い方に、は少しだけ頬をひくつかせた。
この男、何処までも鈍感で女心ってものをわかりゃしない。
そんなのに惚れた自分も自分だけれど。
暫く思案して、は少し嫌味を言ってやろうと口を開いた。
「…究極の二択だね。どっちにしても君の特別にはしてもらえないわけだ」
「……」
「ずるいな、君は。…そんなこと言われたら、どっちが良いなんて言えない」
「では来ぬのだな」
「まさか」
ラオウの言葉に、はくっと唇の端を引き上げて挑発的に笑うと答えた。
こんなチャンスは二度とない。
「ついていくよ。君の心が私でいっぱいになるまで」
「…好きにしろ」
「それって、受けて立つって言う意味?」
「さあな」
顔を背けて立ち去ろうとしたラオウの横顔が、どことなく照れているような苦虫を噛んだ様な複雑な表情になっている。
それを見て、は心の中で噴出すと、呆れたように肩を竦めてラオウの後を追った。
「ついてくるな」
「何言ってるんだ。君が言ったんだろう、ついて来いって」
「…」
「私も今から行くところの方向一緒だし」
「…好きにしろ」
「うん、好きにするよ」
まぶしい君を捕まえるためにね。
「あーあ、こんなに思いっきり食い下がるつもりは無かったのになあ」
「…」
「君が聞き出すからだよ。ん?つまり聞かれなきゃ私は君を諦めていたわけか。聞いてくれてありがとう、ラオウ」
「…黙れ…」
「あ、間違えた。主従関係なら、ご主人様、のほうが良いかな?」
「……〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」
ラオウの堪忍袋の緒がぷっちんと切れるまで、あと3歩。
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