空が紫色に染まり、雲を侵食していく。
雷鳴が轟いた夜を越え、運命の日がやってくる。
ユリアを抱き上げて部屋を出てきたラオウを、は水底のように静かな瞳で見つめた。

「…か」
「彼女に延命処置をしたんだね」
「……だったらなんだと言うのだ」
「いいや、何も」

日が昇る。
外はまだ激しい雨だ。
ユリアを連れて行くにも、この雨では共が居るだろう。

「リハクの使いが君を迎え撃とうとしてる。でも城の連中はもう戦意喪失状態だ。だから、今日は私も行くよ」
「いらぬ。余計な世話だ」
「おや、恋する乙女の気持ちを無碍にするほど覇王は器が小さいのかな?」

は意地悪な笑みを浮かべてラオウを見上げた。
彼女のそれはただラオウの力を温存させておきたいが為の申し出だった。
しかし、は知らない。
彼女の申し出は、彼にとって守るものが増えるだけのことであることを。

「…貴様に何が出来る。戦えぬ女が」

言葉を発する度に、ラオウはを傷つけている己を止められないでいた。
ラオウはまだ、に己の想いを口にしてはいない。
第一、今更過ぎる。
何度も何度も想いを与え続けてきた彼女を、何度も何度も振り払って踏み躙っておいて、今更愛しているなどと言え
ようか。
彼の性格はそういった気持ちを上手く切り替えることには適していないのだ。
ラオウの一本気すぎる頑固さが、彼に素直になることを邪魔している。
それでもは微笑み、言った。

「見たことが無いから戦えないと思っているんだろうね。でもそれは間違いだ」
「なに?」
「まあ見てのお楽しみさ」

はそれだけ言い残すと、ラオウの後について城を降りた。











城の前には既に、二頭の馬が用意されていた。
雄雄しい青毛の黒王号とは違い、が選んだのは栗毛の駿馬である。

「邪魔になるようであれば置いてゆく」
「好きにすればいいさ。ついていく自信はあるけど」

拳王と恐れられるラオウの眼光をものともせずに涼しげに応えた彼女の手には、初めて眼にする奇妙な剣があった。
刃が蛇のように波上に曲がっている細身の片手剣。
ラオウが眉を顰めてじっと剣を見つめていると、が口を開いた。

「フランベルジェだよ。綺麗だろう?」
「…武器など軟弱者が使うものだ」
「そりゃそうさ。私は君よりは軟弱だからね」
「…」

ああ言えばこう言う。
あの夜から、全く態度の変わらないにどこか安心を覚える自分を律して、ラオウは黒王号の腹を蹴り駆け出し
た。
続いて腰に剣を挿したがその後を追う。

しばらく走ると、小さな隊がラオウと目掛けて駆けて来た。
リハクの追っ手だ。
無意味なことをする、とラオウが舌打ちした。

「どうする?」
「蹴散らせばよかろう」
「同感だね」

向かう先はラオウだけが知っていればいい、とは心の中で笑った。
もうどうだっていいのだ。
ラオウの特別でなくても構わない。
ユリアはの友人だ。
だから、は友が幸せになるのを願っていればいいのだ。
それを邪魔をするものは全て――

「排除しよう」

とん、と馬の腹を蹴り、ラオウより前に出ると、は剣を抜いて馬の背から高く飛んだ。

「むっ!」

舞うように天高く雨の中を跳躍し、驚いて怯んだ一人の男の馬に飛び移って一瞬で首を跳ねる。
乗り手を失った馬からまた次の馬に飛び移り、はラオウの行く手を阻もうとする者から順に、鮮やかに切り伏
せてゆく。

!貴様その力…!」
「君には関係の無いことだ!知りたきゃ私に愛のキッスの一つくらい進呈してくれ!」
「なっ…!?」
「もう諦めてるけどね!」

まるで踊るように鮮やかに敵を倒してゆく姿は、美しく凛と輝いている。
例えその身に返り血が降り注ごうと、の腕は完璧な軌道で動き、斬り、その脚はしなやかに伸びて足場を渡り
、その剣の切っ先から流れる血飛沫すら飾り紐のように宙に舞い散る。
ラオウが思わず演舞のようなの動きに見惚れていると、が叫んだ。

「頃合いだよ、“ご主人様”!道は拓いた、早く行くんだ!」
「!誰が主人だ馬鹿者!!」
「君だよ馬鹿!!君は私の主だろう!?」
「やかましい!」

次から次へと飛び掛ってくる敵を切り伏せて、はラオウを見た。
黒王号を駆り、の拓いた道を真っ直ぐに突破する男は、と擦れ違う瞬間に叫んだ。

「貴様は俺の妻だ!!」
「……………………………………は?」

思わず呆然としたは、すぐに我に返って残りの敵全てを切り倒した。
振り返ればラオウの姿は彼方に消えている。
耳に聞こえた彼の台詞を反芻して、は思わず笑いがこみ上げてきた。
何もこんな時に、このタイミングで?
ラオウの駆け抜けた方向を見つめて、は眼をぱちぱちと瞬かせ、それから呟いた。

「…言い逃げって」

の乗っていた馬が彼女の元に寄って来た。
剣についた血液と脂を払い拭き取ると、は馬に跨ってラオウの後を追った。

「答え聞け馬鹿ー!!」

血塗れで頬を僅かに朱に染めて、笑いながら、は馬を駆った。
おかしくておかしくて、なんだかとても、

(なんだこれ!?)

「ああ、もう!!」

嬉しくて。

この後一人で勝手に天に帰ろうとしてる野郎をさんが飛び蹴りで止めて大団円です(うわぁ)
後日談はまた…書く、かも?

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