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王宮奪取の為にアポロが立てた計画は、街の者たちを兵士に見立てて敵を威嚇するものである。 作戦はすぐに知らされ、街は一気に慌しくなった。星子も元自衛官の経歴を存分に発揮して、段取り良く作戦準備に取り掛かった。ナビ というストッパーが居ないので、彼女のお姫様らしくなさには拍車がかかる一方だ。執事のシロモフには残念だが、アポロまでもそれを良 しとしているので星子は最早自重する気も無い。 それはさておき、アポロが翌朝の決行を前にしてあらかたの準備が終わり、民家の一室で短い休憩を取っていた時のことである。 夕焼けの差し込む彼の部屋に、星子がひょっこり顔を出した。 「アポロ、話せますか?」 「なんだ」 「明日の作戦に花火を使えないか相談したくて」 「花火だと?」 一瞬、こんな時に何を言いだすのだと言いかけて、アポロは彼女の目的に思い当たりはっとした。 「!……なるほど、音か」 「はい。目眩ましみたいなものでも、奇襲なら効果的だと思うんです」 深窓の令嬢ならば絶対に出てこない発想に、とんだ女に惚れたものだとアポロは自嘲した。 呆れたような嬉しいような不思議な感情が湧いてきて、彼は短く溜息をつく。 否、不思議な感情ではない。純粋に嬉しかったのだ。 無理矢理婚約者にしたはずの星子が、自分の想いに応えようと全力で協力していることを嬉しく思った。多少、頑張り過ぎている感は否 めないが。 そんな心中色々複雑そうなアポロの表情を目にして、星子は何故か不安に駆られて焦り出す。 「も、もしかして怒ってますか?作戦に口出しなんてしたから……」 オロオロとし始めた彼女の頭をぽんと撫でて安心させてやり、アポロは静かに口を開いた。 「強い男の隣には強い女が立つものだ」 「アポロ……」 「……俺の側を離れるな」 アポロの真摯な言葉に、トロイメアの姫君は深呼吸を一つして、彼の紅い瞳を真っ直ぐに見つめ、力強く頷いた。 日は遂に落ち、やがて朝を迎え、決戦の幕が上がる。 猛る声を上げて、兵士に扮した民衆が王宮に突撃していく。 最前線には焔を猛然と振るうアポロと、彼の隣にしっかりとついていく星子の姿があった。 彼女は敵の一人が落とした槍を拾い上げ、躊躇いなく槍の穂先をへし折って扱いやすい長さに調整した。槍術の心得は無いが、合気杖の 心得はある。 「また暴れるつもりか」 「違っ……サポートですっ!」 「……好きにしろ」 アポロの手から放たれた業火が竜のようにうねり、手向かう者たちを焼き尽くしていく。その傍で、トロイメアの姫君は杖を躊躇いなく 振るう。某白いモフモフが見たら卒倒するであろう光景である。 けれど星子は高揚していた。 お姫様らしくなんて完璧にはできやしない。そんな自分を受け入れてくれた、たったひとりの男の為に、彼女は腹を括っていた。 これまで姫らしく振る舞おうとしていた彼女は、今や完全に開き直って華麗なる武術を披露している。決然とした勇ましい姿は、前進す るアポロに言いようのない幸福感を与えた。 彼は、もう孤独ではない。 共に立って進んでくれる強い女がいる。 愛しい存在が彼を胸の痛みにも耐えられる気にさせた。 アポロが炎で活路を開き、取りこぼして向かってきた者たちを、彼の剣と共に星子もまた杖で打ち払う。隙をついてアポロの背後に迫っ た敵を、すかさず彼女の杖が薙ぎ倒した。 「アポロ、怪我は!?」 「ない。余計なことをするな」 「またそんな事を言って……」 背中合わせになって、周囲を囲む敵を互いに睨みつける。 アポロは背後で杖を構えた星子の腰に手を伸ばし瞬時に引き寄せて、敵に向かって炎を食らわせた。 「行くぞ」 「はい!」 玉座は、近い。 ** 焼け落ちる父と兄の屍を愛しい女に見せまいと、アポロは星子の目を掌で覆い隠した。それは最期の最期まで醜い生き様を晒した実の父 と兄に対する彼なりの礼儀でもある。身内の恥を記憶する人間は自分一人でいいと思ったのだ。 掌の熱からアポロの心遣いを感じ取り、星子は静かに黙って炎が治まるのを待った。 彼女は守られてあげられないし、大人しくできないし、淑やかでもない。 姫として間違いなく不合格だった。 けれどアポロはそんな星子を好いていると言った。 東屋で感じた手の甲の甘い痺れを、彼女は今なら受け入れられる。 崩れ落ちるように倒れ、胸の痛みに苦しみながらも満足気な笑みを浮かべて気を失ったアポロに、星子は泣き笑いながら寄り添ってい た。 その日の夜半、奪取した王宮の一室で意識を取り戻したアポロは、傍らで看病の途中に眠り込んでいる星子を見つけた。 彼女はアポロの汗を拭いていたらしい布を手にした状態ですやすやと寝息を立てている。その髪を優しく撫でて、アポロはほんの一瞬、 誰にも見せた事の無い優しい笑みを浮かべた。 「……星子」 「……?」 アポロが声をかけると、星子は瞼を擦りながら身を起こし、しばらくぼーっとしてからハッとして慌て始めた。 「ごめんなさい!私ったらこんなところで……重くなかったですか!?」 「いい」 「そうだ、喉は渇いていませんか?お腹は?お昼から何も食べてないから……」 「いい……座れ」 アポロの声が静かな部屋に響いた。 星子はそれ以上何も聞かず、彼の体調を気遣うようにしながら恐る恐るベッドの端に座る。落ち着かない様子の姫君を、アポロは身を起 こして背後からぎゅっと抱きしめて、ベッドの中に引っ張りこんだ。 「!?」 「……これでいい」 「なにが、」 「静かにしろ。何もせん……」 ただでさえ抱きしめられるのにも慣れてはいないのに、首筋に息がかかってこそばゆいのが更に気恥ずかしくなり、星子はそろそろと首 を動かしてアポロを振り返った。 彼は星子を抱きしめたまま、穏やかな表情で眠っていた。 初めて見る彼の安らかな寝顔を目にして、星子の緊張も解れていく。再び眠気が襲ってきて、星子もまた瞼を閉じた。 側にいたいと思えるひとが安らげるようになれたことを素直に嬉しく思い、彼女は満ち足りた気持ちで眠りに落ちた。 空を覆う星々の優しい輝きが、幸せそうに眠るふたりをいつまでも照らしていた。 |