事の発端は女達の他愛無い会話だった。

「あーあ。あの二人、じれったいわよねえ」
「そう仰らずに、姫様。彼らには彼らのペースがございますし」
「でもさぁ、せめてもーちょっとねー?マァム」
「確かに…ヒュンケルも、もう少し積極的になったらいいなって思うわ…」
「ま…奇跡でも起きない限り無理でしょうけどねえ」

サロンでお茶をしていたレオナが、付き合わされているマァムとマリンにぼやく。
その呟きを、近くを通りがかったゴメちゃんはうっかり聞いてしまった。

「ピィィッ!」

雫型の黄金の身体がキラキラと輝いた。
小さな光は廊下を歩いていたヒュンケルに陽光に混じって降り注ぐ。


同刻、サロンの階下ではダイとポップがたまたま落ちていたボールを拾い、二人でじゃれあっていた。

「へへっ、届かないぞー!」
「ちっくしょ〜〜〜!うらあっ!メダパニ!」

身軽に逃げ回るダイになかなか攻撃(という名のボール)があたらない事に痺れを切らし、やけくそでポップが呪文を放つ。ひょい、と軽々避けられたそれは、二人の与り知らぬ間に渡り廊下に差し掛かったヒュンケルの体にぶち当たる。

「う…!?」

こうして恋に積極的になった上に混乱状態という二重苦を背負った不死身系男子が、人知れず爆誕した。





朝食の後、軽くダンスの練習をして水浴びしてすっきりした私は、パプニカ城にある庭園でのんびりと木陰に座って本を読んでいた。木漏れ日がちょうど良く温かくて心地がいい。ここは静かであまり人が来ないので、ゆっくりしたい時に利用している。

今日も一人でまったりするつもりだったのだが、ふと誰かの気配を感じて顔を上げた。
いつの間に近づいていたのか、ヒュンケルが私を見下ろす形で立っていた。

。何をしているんだ?」
「んー?日向ぼっこしながら読書」
「そうか……何をしても美しいのはお前が空から落ちてきた天使だからだろうな…」
「……はい?」

なんかイタリア人みたいな口説き文句が聞こえたんですけど、気のせいかな。気のせいだよね。
気を取り直して本に集中しようとしたら、ヒュンケルが隣に座って、突然私の顎に手をかけて、くい、と自分の方を向かせてきた。びっくりして固まっていると、サラサラ銀髪のイケメンからとんでもない台詞が飛び出した。

……今夜お前をアバカムしたい」
「………………………」

どうしよう。私の目の前で、今期最大級のベスト・オブ・バカが誕生してしまった。
不幸な事にイケメンだからベスト・オブ・残念なイケメンにも輝いてしまった。
二冠だ。最低なダブル受賞に気付いていただきたい。
なにアバカムって、下ネタ?下ネタなの?
こういうのは酒が入った男同士の下ネタトークで言ってもらいたい。ドン引きなんですけど。

「…ヒュンケル、あんたなに食べたの」
「食べたいのはだけだ」
「やだもう照れちゃう。キアリー」

意味がわからないので、とりあえずさらっと受け流して本を読みながら問答無用で解毒呪文をかけた。
どうせおかしな薬でも盛られたんだろう、惚れ薬的なものとか。見た目で引き寄せられるファンが多いもんね。ヤバイ子にヤバイ差し入れでも貰ったんじゃないの。だから女には気をつけろってあれほど言ったのに、学習しないんだから全く。それにしてもおかしいな、なんか全然効果がない気が…

「綺麗な手だ……」
「ひゃあっ!?」

効いてる感じがしないので首を傾げていたら、ヒュンケルが私の手を取り手首に思いっきりキスしてきた。
何これダイレクトアプローチ過ぎない!?平和すぎてアドレナリン不足で壊れちゃったのか!?それとも頭を打ったのか!

「オ、オーケイ深呼吸しようヒュンケル。何処かで頭をぶつけたのかな?」
「頭?オレの頭の中にはの事しかない」
「じゃあ何処かから落ちたりとかしちゃったかなー?」
「もちろん恋に落ちているんだ。お前にな」
「んーそっかー」

うん、これダメなやつ。重度の錯乱状態だ。アーハン。オーケー冷静になれ私。こいつが私を好きなのは、ぶっちゃけほぼわかってた事だし、思い余って暴走しているに違いない。誰しも恋に落ちたら頭がおかしくなってしまうものだ。特に男ってそう、真夜中に長文の意味不明なポエムとかキモいメール送ってくるとかあるよね。これもそういった不可思議な行動の一種に違いない。ここはひとまずルーラでこの場を離れて、

「ルーむぐっ!?」

と思ったら手で口を塞がれて呪文を止められた。

…お前を離さない…!」
「いやホントどうしたの!?」

慌てて距離を取ろうとしたら、ヒュンケルががっちり腰に腕を回してこちらの動きを封じてきた。よく見ると目が完全にイッてる。ここに来て初めて私は自分が危機的状況にあることを理解した。
ヒュンケルの肩に手を突っ張ってみたものの圧し掛かられて軽々と両手首を掴まれ地面に固定された。

これは、まずい。

「もう我慢できん…夜と言わずこのままここでアバカムさせてくれ」
「だからアバカム言うな!今後その呪文が下ネタにしか思えなくなるでしょーが!!」

って脱ぎだしたし!!

「やだやだ昼間から野外とか無理っていうか私達まだ恋人じゃないよね」
「照れているのか?安心しろ、愛があれば他人の視線など」
「こらー!おすわり!シットダウン!!」
になら飼われてもいい。フ…ご主人様と呼ぼうか…?」

詰んだ。完全に押し倒された。もうダメ、助けを呼ばないと!

「きゃーーー!!!」

無我夢中で思いっきり叫んだら、一陣の風が吹き、ヒュンケルの動きが止まった。
一拍置いて、ヒュンケルの身体がぐらりと傾き、私の隣に倒れる。
彼の後ろに立っていたのは半魔の槍使い。

竜騎衆最強の男。

「白昼堂々何をしている…!?」
「……ラーハルト……!」

普段の不遜な態度も今は神にしか見えない。一瞬惚れかけた。本気でダメかと思った。
ヒュンケルはどうやらラーハルトに昏倒させられたらしいので、今の内にとさっさと腕を振りほどいて、怪訝な顔をしている彼に状況を伝える。

「やばいよどうしよう、ヒュンケルの頭がイカれちゃった!」
「は?」
「いきなり押し倒そうとしてきたの!なんかおかしいって、目がイッてるもん、ほら見……ひゃあんっ!?」

ラーハルトにヒュンケルの様子を伝えようと頑張っていたら左足の太腿の裏側に生暖かいものが触れた。

「……脚も綺麗だ」
「〜〜〜〜〜〜!?」

恐る恐る振り向くと、起き上がったヒュンケルが太腿にキスをしていた。何でこの人こんなに不死身なの。
ヤバイ目してこういうことされると怖すぎるんですけど!

「た、たたたたす助けてえええ!」
「ヒュンケル!一体どうしたというのだ」

流石のラーハルトもヒュンケルの豹変振りに気がついたらしい。さりげなく私をヒュンケルから引き離し、後ろに庇ってくれた。

「オレはどうもせん。ただを愛しているだけだ」
「馬鹿を言え、明らかにどうかしている。お前らしくない」
「ね、おかしいでしょ!?どしたのヒュンケル変なもん食べたの!?」
「オレが今食べたいのはだけだ」
「ひー!?」

無理だこいつ話が通じない。
どうしよう、これアバンさんとかに診せたほうがいいのかな、と対策を考えていたら、突然身体が浮いた。

「!?」
「逃げるぞ」

ラーハルトが私の体を俵よろしく抱え上げて走り出したのだ。確かに足の速さなら仲間内でも最速だけど、これはこれでヤバイんじゃないのか。

「待てラーハルト!は渡さん!!」
「落ち着け阿呆ッ!こうなったのはお前の頭がイカレたからだ!」

ほら追いかけてきてる!が、助けられた身で文句は言えないので振り落とされないようにじっとしていると、ラーハルトが走りながら尋ねた。

!お前心当たりは!?」
「あったら試してる!」
「薬でも盛られたんじゃないか!?」
「そう思ってキアリーかけたけど効果なかったの!」
「……くそっ!ならメダパニかもな」
「なにそれ!?」
「混乱呪文だ」
「どうしたらいいの!?」
「効果が切れるまで逃げ回れ」
「いつまで!?」
「オレに聞くなッ!」

走りながらラーハルトが腰から魔法の筒を取り出して、空に向かって飛竜を出した。飛べない彼は、飛んで移動する必要がある時には飛竜を使っているのだと以前聞いた。
飛竜が私を抱えたままの主を乗せて飛び立ち、眼下でヒュンケルが悔しげにこちらを睨んでいる。大丈夫なのかなーあれ放置で平気かな、と思いはしたが、今は安全な場所に避難するのが一番だと思い直して大人しく飛竜に乗せてもらった。

竜はヒュンケルの姿が見えなくなるまで上昇し、ゆっくりと空を飛んでいる。
ここまで上がればもう心配はいらないだろう。
トベルーラで飛竜の上を移動してラーハルトの前に向き合う形で座った。

「ほんっと、ありがと助かった!ヤられちゃうかと思った〜!」
「とっととルーラで逃げんからだ」
「だってあいつ力強すぎて振りほどけなかったんだもん」

というか普段絶対やらない力ずくの方法で来るほど錯乱してると考えてなかった。
反応が遅れたのは仕方ないと思う。

「……隙がありすぎる」
「んー?」

ラーハルトが何かを呟いたが、上空の風で掻き消されて何も聞こえなかった。首を傾げているとなにやら顔が強張っている。

「なに、何か怒ってる?」
「当然だ。面倒事に巻き込むな」
「うーごめん…今度埋め合わせするから」
「期待しとらん」
「えええ…じゃあどうしたら機嫌直してくれるの?」

どうにか機嫌を取ろうとして大人しくしていたら、ラーハルトはじっとこちらを見つめてきたかと思うと、突然悪っぽく笑んで私の腰に腕を回して引き寄せ、耳元で囁いた。

「だったら…このままオレに口説かれろ」
「…!?」

なんだそりゃ。普段ならドキッとしてしまうだろうけど、生憎私はさっきのヒュンケルで感覚がおかしくなっていた。それにこの男がそんな事言う訳ないから、きっと冗談に違いない。違いない、けれど。

「ま、まさか…もしかしてあんたまでメダパニ!?」

可能性はあるよね!慌てて逃げようとしたらあっさり腕を解かれて、勢い余って転げ落ちそうになったのを踏ん張って体勢を整えた。相手の動きを警戒してぱっと顔を上げれば、ラーハルトは私が落っこちそうになっていることなど何処吹く風とばかりに、いつも通りの落ち着いた表情になっている。

「冗談だ。ロン・ベルクの武器を見せてもらいたい。仲介しろ」
「ってそれだけ!?」
「文句があるのか」
「いや、もうちょっと難しい事かと…」
「無理難題を吹っかけられたいならいくらでも言ってやるが」
「いえいえ滅相もない」

冗談だった事と簡単な見返りで済んだ事両方に安堵して、ほっとしてつい笑っているとラーハルトが眉を顰めた。

「なんだその顔は」
「んー。意外に優しいなーって」
「……ヒュンケルのところに戻るぞ」
「ごめんなさいやめてください」
「だったら黙って乗っていろ」
「はい、すいませんでした。」

その後、今日いっぱいはヒュンケルに会わない方がいいとの事で私はロンさんの所に久しぶりに泊めてもらいに行 った。ロンさんの家ならルーラで行ってもいいけど、なんだかどっと疲れたから送ってもらう事になり、送っても らったついでにその場でロンさんに交渉して、武器庫をラーハルトに見せる約束を取り付けた。ノヴァ君が上手く 取り成してくれたからロンさんも機嫌が悪くなくて良かった。ラーハルトには助けてくれた事にお礼を言って別れ 、彼は再びパプニカ城に帰った。

ところでさっきの悪い顔は結構なインパクトがあった。
今日じゃなかったら冗談でもコロッと落とされたかもしれない。彼も見た目はハンサムだし、傲慢に見えて意外と周囲を見てるところあるから、きっとお城の女の子とかに片思いされたりしてるだろう。でも理想高そうだからなー。こいつに恋しちゃった女の子は苦労するだろうな。


〜後日〜


ヒュンケルはあの後半日ほどで正気に戻ったらしい。私の名前を呟きながら歩いているのをアポロさんが目撃して、異様な様子だったので尾行してみたら途中で突然気を失って倒れたという。そして目覚めたときにはいつも通りの状態になっていたとの事。

「オレを殴ってくれ…頼む!」

で、今は私の前で土下座している。どうやらハジけた行動の記憶は残っているようで、さっきから赤くなったり青くなったりしていて不憫だ。不可思議な行動の原因はわからないけど正気に戻ったんだから追求しない事にした。

「んー。そう言うのめんどいから、いい。」
「だがお前にとんでもない事を…」
「いいよ久しぶりに面白いもん見れたし」
「面白くなどない!」

ヒュンケルは本気で反省していて、私の拳を強くご所望だ。でも確かにシャレにならなかったけど、正直錯乱状態のヒュンケルから飛び出した迷言の数々が思い返せば思い返すほど笑えるので、実はこちらは既にどうでも良くなっている。

「面白いよーなんだっけ、そうそうアバカム?」
「やめてくれ…最悪だ…ッ」
「あっ最悪な自覚はあるんだ」
「本当にすまん……!…オレも何がなんだか…」
「いやー私も何がなんだか…で、アバカム流行らせよっかアバカム」
「もう勘弁してくれ…!!!」

仕方なく殴る代わりに丸一日フルに弄り倒したらヒュンケルは一週間行方不明になってしまい、ポップに「さんやりすぎ」と怒られた。
これは私が悪い(´・ω・`)

"ダイ大長編夢主でヒュンケル兄さんLoves arrowの不死身系男子化、暴走した兄さんに襲われる踊り子さんをラーハルトが救出!"
というリクエストでした。めっちゃ楽しんで書きましたら長くなってしまった笑
ラーハルトも活躍させてくださいとのことで張り切りました!推参!って言い回しがカッコイイと思う。

しいな様、このように仕上がりましたがいかがでしょうか?

ブラウザを閉じてお戻りください。