太鼓と笛の音に合わせてリズムを取り、腰を揺らしてターン。野外に設置された舞台で音楽に合わせて踊る。両手の甲についた鈴がシャンと鳴って最後にポーズを決めると、手袋に繋がっている薄布がはためいた。
「いいぞー姉ちゃーん!!」
「うおーちゃん愛してるぜー!」
「結婚してくれー!」
踊りを終えると地面に敷かれた茣蓙から溢れんばかりの歓声が湧いた。観客のほとんどは男性客だが、女性や子供まで楽しめるように、この舞台ではセクシーさではなく華麗さを魅せる演技が求められている。
私は今、ロモスのとある町で踊っている。
バーンとの戦いが終わってから、改めてこの世界でのダンサーとして勉強したいと思い、旅の資金稼ぎと実績作りも兼ねて一時的に旅の一座にお世話になっている。
運良く踊り子の席が空いたのは、それまで踊り子をやっていた女性が旅の途中で知り合った男性と駆け落ちしていなくなってしまったからだ。花形がいなくなった一座の座長が焦って看板を持って急遽踊り子の募集をかけている所にたまたま遭遇し、即日採用してもらえたのは幸運だった。
勇者の仲間の踊り子というネームバリューが功を奏して、舞台は連日大盛況だ。本当は無名で成り上がりたかったんだけど、この際使えるものは使ったほうがいい。一応プロでやっていたんだから実力にはそれなりの自負もある。欲を言えば踊り子じゃなくてダンサーと呼んでほしいんだけど、最近そこもどうでも良くなってきた。私は踊りで誰かを笑顔にできていれば、究極的にはそれで満足なのだ。
舞台が終わり、観客席に降りて自分の隣に空の木箱を置くと、男性客が立ち上がって順番に並んで木箱に小さな箱を入れていく。小さな箱をくれた人とは感謝の意を込めて握手をする。もちろん、煌びやかな踊り子の衣装のままで。
「こんな美人の踊り子ちゃんは久しぶりだなあ!」
「どうもありがとうございます。また来てくださーい!」
「ファンですっ!これチョコレートです、握手してください!」
「はい、ありがとうございまーす!」
箱の中身はチョコレートである。実はこの世界にもバレンタインそっくりな行事があって、今が正にその時期らしい。そして今日はそのバレンタインもどきの最終日だ。贈り物のメインがチョコレートっていうのは日本風なのに、贈るのは男性から女性で欧米風で不思議な感じ。
そんなわけで4日前からファンの人がチョコを渡してくるようになり、せっかくなのでファンサービスしようと座長が勝手に決めたので、一つずつ受け取っては某地下アイドル風に握手をしている。中には二の腕や腰にタッチしてくる困ったオッサンもいて、そういう時は「こらこら」とさりげなーく手を外して営業スマイルで対応だ。ダンサーとキャバ嬢をごっちゃにしているのは腹が立つけど、まともに反応したら面倒だし、この業界はいつでも笑顔でいなければ。
長い行列が終わり、最終日分のチョコを回収し終えて一息ついていると、座長さんが近寄ってきて声をかけてきた。
「いやあ今日も良かったよ!」
「本当ですか?やったー!」
座長さんは大柄で人の良い中年男性だ。いつもパイプを加えていて、なんだか話しているだけでまったりしてしまう。二人でほのぼのしていたら、座長さんが不意に視線を外して尋ねてきた。
「ところでちゃん」
「はい?」
「アレ……どうすんだい…?」
「あー……アレですよね…」
アレと呼ばれているのは、舞台から少し離れた建物の影からこちらを伺っている銀髪の同い年の剣士。
チートな身体構造と突き抜けた不幸指数で常に仲間を圧倒させてくれる彼である。
昨日からアレ、つまりヒュンケルがチラチラとこっちを伺っては隠れるという非常に挙動不審な動きをしているのだ。舞台で踊ってれば余裕で見える位置だからすぐに気がついた。何やってんのあいつ。怪しすぎる。怪しすぎて昨日の夕方に座長さんが警戒し始めたので、慌てて知人ですと説明したら男前なのに変な人だねえと言われた。否定できない。手にリボンらしきものがついた箱持ってるし、あれ多分チョコだよね。
こっち見てるんだから私に渡そうとしているんだろうけど、一向に声をかけてこない。本当に何がしたいのかな。チョコくれるんじゃないの?コミュ力育成と自発的な行動を促すために、心を鬼にして放置して様子を見守っていたんだけど、段々めんどくさくなってきた。怖くないよーさん優しいからこっちおいでー。と念じてみたものの来ないので、もうこっちから行こう。だめだありゃ。
ヒュンケルが一度物陰に隠れた隙を狙って一気に距離を詰め、顔を出したところを捕まえた。
「何してんの?」
「!?」
突然私が現れたのでヒュンケルは面白いくらいに吃驚し、パニくったのか走り出そうとするので腕を掴んで引き止めた。
「こら!」
「い、いや…」
引き止められたヒュンケルは何やらもごもご言いつつ落ち着きなくしている。ほんとにめんどくさいなー。なに焦ってんの?めっちゃ目が泳いでるんだけど。私そんなにヒマじゃないぞ?
「私に用事があるんでしょ。いいよ、言ってみ?」
「……う…」
「んー?」
さっさとチョコ渡せ!って言うのは流石に可哀想なので、手にしているチョコについてツッコみたい気持ちをぐっと堪えて用件を聞いてあげる姿勢で待っていると、ヒュンケルの頬がみるみる真っ赤になっていく。
「…実は…その…」
おや。おやおやおや、どうした何を照れてるんだお前は。まさか告白ですか?私いつでもOKだよ?踊り中心で生きていくけど恋人は大事にするよ?なんてのは冗談だけど、で、なんだって?
「…き…今日は女性に、菓子を贈る日だと…聞いた。それで…」
しどろもどろになりながらも頑張って話そうとしている仕草が可愛いので、ほっこりしながら観察していたら、ヒュンケルが顔を赤くして困ったような表情で、手にしていた箱を私の方にぐいっと突き出した。
「めっ迷惑でないなら…お前に…これを…!」
「…私に?」
「あ、ああ」
ヒュンケルは耳まで真っ赤にしながら落ち着きなく頷いた。心なしか箱を持っている手が震えている。
え、それだけ?
こいつ、本気でチョコを渡すためだけに二日もキョドってまごついてたの!?
くっそ可愛いんですけど!!?乙女か!オトメンだったか!!
「うっ…受け取ってくれるか…?」
また不安げな目しちゃって……なにこのキュートなイケメン。私こんな可愛い仕草は素面じゃ出来ないわ。
レディキラーなツラしといて、女にチョコ渡すだけで真っ赤になるって、母性本能通り越して肉食スイッチ入っちゃうんですけど。太い眉が下がってて頼りないワンコみたいでかっわいーーーい!!!
うっかり萌えていたらヒュンケルが差し出したチョコを気にし始めたので、興奮を隠してスマートに受け取った。いかんいかん、不安にさせたら可哀想だ。こいつピュアなんだから、受け取らなかったら泣いちゃうよね。
「ありがと、ヒュンケル。すごく嬉しい」
「!いや……良かった…」
ヤダ、ほっとして嬉しそうな顔もめっちゃキュートじゃない、もう…チョコよりあんたを食べちゃいたい…ッ!!このまま宿に連れ込んで押し倒してハントしちゃうか?今なら確実に仕留める自信が…いやいや、こんな純情な子がいきなり女に食われたらトラウマになり兼ねないよね。落ち着け私クールダウン。
可愛いからって食べちゃだめ!こいつの対女性レベルと恋愛偏差値はゼロなんだから!
でも頑張って持ってきたんだし、勇気を出したところは褒めてあげよう。仲間枠で特別大サービスだよ。
「で、では…用件は以上だ。手間を取らせてすまない」
「待って」
立ち去ろうとしたマントの首元を強く握って引き寄せると、驚いてこちらを振り向いた男の頬に唇で触れた。
軽いリップ音を立てて離れて、呆然としているヒュンケルの頬を人差し指でつんと弾く。
「――来てくれたお礼に、ね」
「………っ、………!?」
安心したところにやられたので刺激が強かったのか、ヒュンケルは今度は頬を押さえて首まで赤くなった。
うむ、いい反応だ。実に可愛くてよろしい。
「それじゃ、2週間後にはパプニカにも寄るからー!」
純情なイケメンをもっと弄っていたいけど、残念ながら流石にそろそろ戻らないと座長に呼び出されるから、この辺にしておこう。頑張ったヒュンケルのチョコは箱に一纏めに入れないで、今日中に食べようっと。
それにしてもどんな顔して選んだんだろう。想像するだけでも肉食スイッチ入りそう。久しぶりにイケメン成分充電できたなー!
翌日。
「おい!!」
「さんッ!!」
「あれ、ポップにラーハルトじゃん。あんた達も来てくれたの?」
「いいから答えろ。お前ヒュンケルに何をした」
「?何って…」
「昨日だよ!さんなんかしただろ!?」
「ああ昨日?んー……チョコくれたからほっぺにちゅってしたけど」
「うわああそれだーー!!」
「部屋に引き篭もって出てこなくなったぞ…!!」
「……ええええ」
おいおいほっぺにキスくらいで悶々とするって、恋愛偏差値ゼロにもほどがあるんじゃないの。
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