バーンとの戦いが終わって1ヵ月が過ぎた。世界中で凱旋を行うことになり、聞いただけでダイがぐったりしていくのに対し、元気になっていくのがレオナ。凱旋はパプニカから始まってロモス、テラン、ベンガーナ、リンガイア、オーザム、最後にカールという順で回るらしい。ざっくり言えば勇者勝利記念ワールドツアーだ。テンションが鰻登りのレオナを止められる人間は当然居らず、全員強制参加は確定した。裏方の私もメンバーに入っていたのでびっくりしていたらレオナが言った。

「カールの凱旋が終わったらパプニカで舞踏会もあるのよ!」

火のついた彼女の勢いを止められる人間はやっぱりいなかった。


ロモスとテランでの凱旋が終わり、メンバーはただいまベンガーナで休息を取っている。魔王軍との戦いで最も被害の少なかったベンガーナでは、全員を城の客室で迎え入れて持て成している。一泊したら明日が凱旋で、明後日がリンガイアへの移動というスケジュールだ。皆のスケジュール管理は私に丸投げされている。マリン曰く、ダイやポップ達はこういったことに慣れていなくて個人で把握しきれないからお願い!だそうだ。三賢者は裏方でバタバタしすぎて話している時間はほとんど無く、準備で手一杯で仲間たちのスケジュール管理なんかやってらんねえよ!というわけだ。しょうがないので皆を集めて、レオナからの舞踏会要綱を伝えたら、ヒュンケルに深い溜息をつかれた。

「舞踏会…」
「そ。皆ちゃんと踊れるように準備してねってレオナが」

ヒュンケルは私の言葉を聞いて物凄く悲壮な顔になった。久しぶりにこんな落ち込んだ顔を見た気がする。

「なんだよ、お前踊れねえの?」
「オレが何処で育ったと思っている…」

確かに魔王軍じゃ舞踏会も何もなさそうだよね。
皆がヒュンケルの一言で全てを把握した後、ダイがおずおずと手を上げた。

「…さん、おれも踊れないんだけど出なきゃダメ…?」
「少しはね。ポップに教えてもらいな」
「うええ…どうしようポップぅ〜」
「諦めて覚えるっきゃねーな」

ポップが意地悪っぽくダイをからかって、ダイはめんどくさいー!と駄々をこねている。うん、正しく可愛い。
それにダイは子供だから多少ぎこちなくても許されるから大丈夫だろう。問題はヒュンケルだ。

「辞退は出来ないのか」
「姫さん相手にかよ?」
「…………」<

ポップに聞き返されてヒュンケルは黙った。無理は承知で言うだけ言ってみたかったんだな。わかるよヒュンケル、気持ちはわかる。ああいうの苦手だもんね。
ヒュンケルの落ち込みようにマァムが苦笑しながらフォローする。

「大丈夫よヒュンケル、貴方も彼女に教えてもらえばいいじゃない。ね、さん」
「そうだよ。ちゃんと教えるから頑張りなって」
「…………わかった」

よし言質は取った、グッジョブマァム!後は褒めて叩いて伸ばしてやる気を出させるしかない。教えることが沢山あるけど、こいつ運動神経はいいし頑張り屋さんだから何とかなるだろう。私も社交ダンスは得意なわけじゃないけど普通レベルには踊れるし、技術が無くても丁寧に堂々と踊れば十分綺麗に見えるもの。問題はリズム感だけど、これは強制的に体に叩き込もう。

ちなみにクロコダインとヒム、ラーハルトは踊らなくてもいいけど参加するように、とのことだった。ラーハルトが微かにほっとしたのを目撃したので、多分ヒュンケルと同じで踊れないんだろう。どうせその内レオナが引っ張り込むんだから踊らされる日が少々伸びただけだろうけど。


凱旋も終わり、パプニカに戻ってきた3日後が舞踏会の当日である。ヒュンケルにはワールドツアー中でも休息時間にステップを叩き込んだ。最初はあんまりにも酷かったので無理かもしれないと思ったけれど、この状態で放り出したらこいつの良い所が顔と強さとタフさしかないという事が社交界で全面的に露呈する。それはまずいので根気良く丁寧に一つずつ教え込んだら、カールの凱旋が終わる頃にはどうにか見られる形にはなった。

私のスパルタ練習を時々覗いていたポップ曰く、ヒュンケルがあんなにダメ出し食らってるのを初めて見たぜ、とのこと。踊りに関してはダメなトコしかなかったんだからダメ出しされて当然だと思うよ。幸い素直に言う事を聞くので教えにくさはなかったけど。

舞踏会前日の昼前には最終チェックもどうにか合格範囲内だったので、あとは当日逃げ出さないようにきっちり言い含め、ヒュンケルの短期集中社交ダンス講座は終了した。私にはこれ以上やれることはない。そして私もいい加減一日くらいゆっくりさせて頂きたい。戦いは終わった後だというのに、スケジュール管理と裏方の連絡と社交ダンス講座って。舞踏会終わったらヒュンケルに肩揉ませようっと。

そして迎えた舞踏会当日。

「いやーん!マァムとメルルちゃん可愛いー!」
「もうさんったら」
「いえ、そんな…」

マァムは赤の大きな花とフレアが可愛いドレス、メルルは水色のすっきりとしたチャイナ風のドレス姿。私はというと今回はオレンジのオリエンタルな装飾のドレスだ。今日は髪型もドレスのイメージに合わせて纏めずに下ろしている。レオナは主催者なので後からダイと二人で来る。

女の子達と集まってパートナーの迎えを待っていると、着替えた男性陣がやってきた。流石に彼らも今日はいつもの服装ではなく、レオナが準備したと思われる燕尾服を着ている。動きにくそうにしているのはポップ、動きにくいのを我慢して隠しているのがヒュンケル、その後ろで慣れた様子のノヴァが来た。今回のパートナーはポップがマァムを、ノヴァがメルルを、そしてヒュンケルが私をそれぞれ務める。

大方想像通りの姿になったヒュンケルの服装をさりげなくチェックして、おかしなところが無いか確認していると、会場に入ってきた別の女性たちの視線が一気にヒュンケルに集中した。仏頂面でも見た目だけならイケてるからな。私はそろそろ見慣れたから何とも思わないけど。

「裾の長さと靴は大丈夫そう?」
「ああ…練習中に履かされた物とあまり変わらない」
「そっか。じゃ、エスコートお願い」
「わかった」

差し出された腕に手を添えてゆったりと会場に入ると、シャンデリアのきらめきが出迎えてくれた。

ホールは人で賑わっている。ほとんどが各国の政治家や富豪で、今回ダイを含む仲間が参加を余儀なくされたのは彼らへの顔つなぎの意味合いが大きい。もちろん甘い汁を吸おうとしている人間とも知り合わなくてはならないけど、縁はあって損はない。不測の事態があった時に頼れる人は多いほうがいいに決まっている。ダンサーとして顔を売るチャンスでもあるので私は割り切って参加しているわけだが、アバンの使徒達や他のメンバーにとっては慣れない場所に引っ張り出されて大変、というのが正直な所だろう。

ポップもマァムも凱旋でフル活用した愛想笑いを頑張って保っているのは褒めてあげたい。何故なら愛想笑いをする気力すら湧いてこなくなっているダメな大人がそこにいるからだ。明らかに彼の顔に引き寄せられた女性達に取り囲まれて、ヒュンケルは既に顔が引き攣っている。

さん、いいのかよ?あいつ囲まれてるぜ」
「んー?面白いからいいんじゃない?」

会場で軽い食事を取って壁に凭れていたら、ポップがヒュンケルを指差した。暗に助けてやったら?と言っているのだ。でも舞踏会中ずっと片時も離れないとか無理だし、私にもベンガーナで知り合った人が来ていたりするんだから挨拶もしたかったし、少しは一人で行動してもらわなければ困る。それにだ。

「見てあの全力で助けを求めてる顔。可愛いよねー!」

燕尾服でイケメン2割増のヒュンケルが女の子の勢いに押されておろおろしている姿は、見ていてとても和む。ポップの目が全力で「助けてやれよ……」と言っているのは無視した。私はイケメンが困る姿を見るのが好きなのだ。ヒュンケルの困り顔を眺めて楽しんでいたら、ふと若い男性が近づいてきて話しかけてきた。ポップはいつの間にか居なくなっている。

「こんばんは、白銀の踊り子殿。お一人ですか?」

この顔は見たことがある。ベンガーナの文官の息子だかなんだかの人物で、政務官見習いをやっている人だった気がする。如何にもいいトコのハンサムなお坊ちゃまだ。とりあえずここは猫を被らねば。

「ええ。パートナーが席を外していまして」
「それはいけない。貴方のような美しい女性を一人にするとは困った男ですな」

男性はいかにも育ちの良さそうな装いで、シャンパングラスを片手に人好きのする笑みを浮かべている。初心な少女ならときめきもするのだろうけど、幸か不幸か私は全然初心ではないのでこれが愛想笑いという事も判ってしまう。世渡りのために磨いた対男性スキルが無駄にあるので、こちらも愛想笑いで返す。

「お上手ですね。申し訳ありませんがお名前を伺っても?」
「ああ、これはとんだ失礼を。ロイズと申します」
「どうも。です」
「存じております。我が国の陛下がいたく気に入っておられましたから」

ロイズなる男性はにっこりと笑みを深くして、照れ笑いを見せた。

「侮辱と捉えて頂きたくはないのですが、貴方は踊り子とは思えないほど美しく聡明だ」
「あら嬉しい。女性を褒めるのが上手いんですね」
「これは世辞ではありません。是非、大戦のお話をお聞かせ願いたい。静かな場所に移動しませんか?」

男性がさりげなく横を通り縋ったサーバーからシャンパングラスを取って差し出してきた。

「まあ嬉しい。でも申し訳ありませんが、そろそろダンスのお時間ですから…」
「でしたら私と踊ってください。私の今夜のパートナーは姉なのですが、恥ずかしながら未来の夫探しに夢中でね。弟の事などすっかり忘れられているんです」

うーん食い下がってきたか。しかも断りづらい理由だ、この人絶対頭良いな。別に踊るの嫌じゃないけど、明らかに下心しかない相手に愛想笑いって疲れるんだよね。ニコニコ笑いながら内心でどう断ろうか考えていたら、後ろから急に誰かに腕を引かれた。

「!」
「――失礼だが彼女のパートナーはオレが務めている」

低めの声は聞き慣れている。振り向くといつの間に女性達を振り切ったのか、ヒュンケルが私を庇うように立っていた。

「お引取り願いたい」

まるで牽制するかのような言葉と目つきに内心焦る。まずい、ケンカ売ったと思われたらどうしよう。相手を見ると、向こうも愛想笑いが消えて挑発するかのような目でヒュンケルに対峙している。すごい根性してるなロイズさん…この男オリハルコンを素手で砕くパワーファイターですよ…?割って入って誤魔化すべきかどうか判断に迷っていたら、ロイズさんが視線を下に外して小さく笑った。

「ふふっ……参りました。大人しく退散しますよ、剣士殿」

グラスを上げて後ろ向きに歩き出し、ロイズさんは爽やかにその場を去っていった。すんなり退いてくれて良かった。安心して小さく息をつくとヒュンケルが、すまない、と呟いた。

「戻るのが遅れて悪かった」
「いいよ。女の子に囲まれて大変だったでしょ」

私も助けに行かなかったので文句はない。
ギリギリ戻ってきたし、面倒なのを追っ払ってくれたからチャラだ。
苦笑していると会場の司会がダンスが始まりを告げる。

ヒュンケルの手がすっとこちらに差し出された。

「……踊って頂けますか?」

誘い方は随分と様になっている。

「喜んで」

差し伸べられた手を取ってダンスホールに優雅に躍り出る。他の皆もそれぞれに出てきている。真ん中で踊るのはレオナとダイだ。レオナは淡いピンクに小さなビーズをちりばめた上品なドレスを着て、幸せそうにダイを見つめている。

楽団がそれまで演奏していた音楽を止めて円舞曲に切り替える。ヒュンケルの右手が私の背中に周り、こちらも左手を彼の肩に添えて、空いた手は互いに軽く握って準備する。穏やかなバイオリンのメロディーが始まると、皆が一斉に踊り始めた。上から見ると色とりどりのドレスが花咲くようで綺麗なんだろう。


ワン、ツー、スリー。お互いの足を踏まないように滑らかに。ステップは徹底的に叩き込んだから問題なさそうだ。互いにぶつからないようにスムーズに踊れたら上々。危ない時は私がリードすればいい。

「見ろ、あの二人…」
「勇者の仲間の戦士殿と踊り子だそうだ」
「まるで騎士と姫君ねぇ…」
「とってもキレイだわ…!」

誰かの声が聞こえてヒュンケルの表情が僅かにブレた。注目された事に気づいて焦っているようだ。

「ヒュンケル」
…」
「大丈夫。ちゃんとできてるよ」

声をかけると、ヒュンケルの表情から少しずつ硬さが取れてきた。練習を思い出して安心したんだろう。口元を綻ばせてこっちをじっと見つめてきている。

視線がぶつかって、一瞬どきりとした。今更言うのもなんだけど、こいつ笑うと本当にレディキラーだ。
いかんいかん、こんな恋愛偏差値ゼロの男にときめくなんて私らしくない。
どうにか平静を保ったまま踊りきったら、達成した安心からかヒュンケルがまたふんわりと微笑んだ。

「…お前のおかげで乗り切れた。ありがとう」
「ま、まあね。私が教えたんだから当然でしょ、うん」

なんとなく気恥ずかしくなって目を逸らして顔を扇ぐフリをした。踊り終わったのにヒュンケルは私の前から動かずにいる。じっと見られるとちょっと恥ずかしいんですけど…飲み物でも取ってくればいいのに。

…言いそびれていたんだが…」
「なに?」

まだ何かあるのかと思って顔を上げたら、衣装のおかげでキラキラ2割増しになったイケメンが私の額にかかった髪をさらりと退けて、甘ったるい目をして言った。

「……とても綺麗だ」
「〜〜〜それは、どうも…」

だからなんでこいつは真顔で恥ずかしい台詞を言えるの!!?





おまけ。

「やっぱりプロに教えさせると違うわねー!それじゃ、次はラーハルトもお願い」
「!?」

離れていても十分聞こえたんだろう。逃げようとしたラーハルトはクロコダインがちゃんと捕まえてくれました。ほーらやっぱり、どうせやるんだから。

「放せ!」
「諦めろ」
「くっ…!」
「レオナ、こいつは授業料取っていい?」
「みっちり教え込んでくれるならOKよ」
「?…。オレは?」
「ああ、あんたは可愛げあったからタダ」
「…どういう基準だ…」

もちろん可愛いイケメンと可愛くないイケメンの差しかない。

"ダイ大長編夢設定で原作終了後、舞踏会で踊る(イメージ的にはワルツ)ヒュンケル兄さんと夢主さん"
というリクエストでした。
夢主が責任持ってダンス指導までいたしましたので、兄さんも頑張ってくれました。
凛音様、このように仕上がりましたがいかがでしょうか?

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