とリュウガが拳王軍の追っ手を掻い潜りながら行き着いたのはシュウのいるレジスタンスだった。
レジスタンスとはいえ既に敵対していた聖帝軍はサウザーの敗北により瓦解し、今はムラとしてシュウがリーダーを務める集落となっている。
そこで、とリュウガは穏やかに暮らしている。
小さな狭い家に二人で住むのは窮屈ではあるものの、離れていた間の時間を埋めるにはぴったりだ。
役目を終えたリュウガと、寄り添い生きる事を決めたにとって、必要なのは静かに二人で過ごす時間だけだ。
夜半、寝る前にリュウガが口付けた後、ふとが不満げに鼻を鳴らした。
「…どうした?」
「……私も…大人っぽいちゅーできるようになりたいです…」
いじらしく答えた恋人の頭を、リュウガは苦笑して撫でた。
リュウガにとって、口付けに慣れずたどたどしく応えて頑張ってついて来ようとする姿が可愛らしいのであり、大人びて余裕のあるなど求めてはいない。
今のままが十分愛らしいのである。
「慣れずとも、そのままで構わんが」
「でもっ」
「経験豊かなお前など想像もつかんしな。黙って全部俺に貰われていろ」
「ぜ、全部ってぇぇ………!…あ。」
リュウガの台詞に一度は顔を赤くしただが、直後にふと何かを思い出したように真顔になって、今度は顔を青くした。
赤くなったり青くなったり忙しい恋人だ。
「……なんだその間は」
「いいいいえ!なんでもっ、なんでもないでございます!!」
「怪しさしかないわ。答えろ、何を考えた」
「いえ、あの……ホントに何でも…っていひゃいいぃぃーー!」
リュウガが既にパターンと化している頬を抓る刑に処すればは簡単に吐いた。
「すいませんすいませんファーストキスあげられなくてすいません!」
「………」
ベッドの上で情けなくも土下座しているに対して、リュウガはなんだ、と呟いた。
ファーストキス。はじめてのチュウである。
はそれをリュウガにあげられなかった事に気がついて申し訳ないと思ったらしいが、ファーストキスなど意外とふとした事で失ったりするものだ。
子供の頃にませてうっかり仲良くなった男の子としてしまっていることさえある。
よってリュウガにしてみれば、今のが他の男にキスされていなければいいのだ。
ただ、相手が誰なのかは聞いてみたい気もする。
「…まあいい。過去のことには拘らん、怒らぬから相手を言ってみろ」
「ほ、ホントに?」
「ああ」
「怒りません?」
「怒らん」
どうせ近所のマセガキだろう、と思っていたリュウガだったが、次の瞬間耳を疑った。
「サウザーです。」
は?
「どういうことだ!!」
「ひゃっはひほほふひゃはいへふはぁぁ!(やっぱり怒るじゃないですか)」
「まさか…お前やつと…!!」
「違います勝手に取られたんですっ!」
「取られるほど近くまで接近を許したのか!」
「許してませんっ窓からいきなり」
「窓だと!?だから戸締りはしっかりしろとあれほど!!」
「そんな近所のおじさんみたいな、っていひゃいいぃーー!」
曰く、不本意だった上にいきなりで拒絶する間もなかったという。
確かに拳法の達人相手に隙を見せずにやり過ごすことの難しさはリュウガとて重々承知している。
ましてやは少々ナイフが使える程度だ、自分よりも体格の大きい男を相手に互角に立ち回れるわけもない。
この初心な恋人が自分から口付けることなど有り得ないので、あの傲岸不遜が服を着て歩いているような男が一方的に戯れにの唇を汚したのだろう。
それはわかった。わかったのだが。
「く…」
あの日、ソウガではなく自分が付き添って入れば、留め置かせる事などなく連れ帰っていたものを。
過ぎた事は変えようがないがどうしても悔いてしまう。
リュウガが左手で額を覆って後悔の念に駆られていると、がおずおずとリュウガの顔を覗き込んだ。
「……あの、リュウガさん」
「なんだ」
「えと……」
つい八つ当たりのような反応をしてしまったリュウガに対し、は何を思ったのか、広い男の両肩に手をかけて、おもむろに力を入れた。
「ふっ…!!ぬううー!」
「……何をしている。」
「た、倒れてくださいっ…!」
「……」
脈絡のない恋人の不思議な行動には慣れているので、リクエストどおりにリュウガがベッドに横になると、は何を思ったのかリュウガの上に圧し掛かってきた。
甘えたいのだろうかと腕で体を支えてやれば、は頬を染め、リュウガの顔の両側に手を付いて男の顔を正面から見つめた。
「あっ、あの!私あんなの、キスだなんてカウントしてないんです!犬に唇舐められた位だって思うことにしてるんですっ、だから、」
「…なんだ」
「だ、だから!……私の初めては、全部…リュ、リュウガさんの、です……から、」
ですから、の続きは聞けそうにない。
がそこまで言って、顔を真っ赤にして俯いてしまったからだ。
しかしこれだけでリュウガの沈んだ気分を浮上させるには十分すぎた。
「……大人のキスができるようになりたいと言ったな」
俯いたの髪を梳き、顎に両手を添えて強制的に視線を合わせると、年下の恋人の肩が震えた。
片手を腰に滑らせ、空いた手を頬に添えて恋人の細い体を引き寄せる。
は逃げる事もなく、頬を染めて潤んだ瞳でされるがままになっている。
リュウガが恥らうように視線を逸らしたの耳元に顔を寄せて囁いた。
「キスで俺をその気にさせれば……無かった事にしてもいい」
「!」
その気って、と動揺したの目が泳ぐ。
「…あの…既に十分その気が見えるんですけど…」
おろおろと視線を彷徨わせて応えた恋人の唇を親指でなぞり、逃げ場をなくして追い詰める。
唇を通して伝わる恋人の親指の感触で、年若いの背筋を甘い痺れが走った。
「…あ、ぅ…」
返事も待たずにリュウガの唇がのそれを攫い、唇の内側を男の熱い舌がつるりと舐めた。
「…やれるな…?」
有無を言わせない恋人の命令に、は声も出せずに頷くしかなかった。
再び交わした口付けは深く、罠にかかった娘の身体は狼に絡めとられて離れる事も許されない。
食らいつくような男の求めを唇で受けての指がシーツを這った。
火のついた男を押し返せるほどの余裕は既に無い。
最後のキスは貴方だけ
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