何の季節感もない荒野だが、自転や地理が大幅にどうこうなったわけはないので四季はある。
つい二月ほど前までは強い日光で焼かれていたのに、徐々になりを潜めて弱まった暑さから、秋の訪れが見えてきた。
ただでさえ温度の低い夜は更に冷え、シーツを重ねて眠らなければならなくなった頃。
太陽暦で言えば既に10月下旬を過ぎた頃だろうか。

一昨日に野盗の討伐から帰ったリュウガは、報告と軍議を終えて一日の休みを貰うことができた。
はいつもどおりの仕事があるので昼間はあまり話せなかったが、どうせ後で来るだろうと思い部屋で寛いでいると、夕刻過ぎにドアがノックされた。
おそらくだろう。

「入れ」

ドアの向こうに声を掛けると、リュウガの予想通りドアが開いてが顔を覗かせた。
しかしなかなか部屋に入ってこようとしない。
何をしているのだと、仕方なくドアの前に近寄ると、は能天気な顔で笑ってリュウガに言った。

「リュウガさん!Trick or Treat?」
「…は?」

完璧な発音の英語なのだが、聞き慣れていない上に何のことかわからず、リュウガは眉を顰めて尋ね返した。
しかしそれに気づかずに、は同じ言葉を繰り返した。

「Trick or Treat??あれ、聞いてますー?」
「…なんだそれは」
「何って、ハロウィンの決まり文句じゃないですか」
「ハロウィン?」
「そーですよぅ。もしかして知らないんですか?」

目をぱちぱちと瞬かせて尋ねたに、リュウガはむすっとした顔で答えた。

「残念ながら、俺も一応拳法家なのでな。そういう行事は詳しくない」
「んー…そうですか…」

リュウガの答えを聞くと、は見るからにしょんぼりと肩を落とした。
何かを期待していたらしいが、それが得られずつまらない、と言った様子である。
そんな恋人の姿に、リュウガは何か悪いことをしたような気分になる。

「…なんと言う意味だ?」
「はい?」
「今の…よくわからん決まり文句は」

リュウガが決まりが悪そうに聞くと、はああ、と表情を戻して答えた。

「Trick or Treat。お菓子をくれなきゃイタズラしちゃいますよー、って言ったんです」

その答えを聞いて、リュウガはふと面白そうなことを思いついた。
先ほどの罪悪感は何処へやら、恋人のいじめっ子の血が騒ぎ始めたのに気づかずにのほほんとしているに、リュウガは言った。

「なるほど。と言うことは、俺は悪戯されるのだな」
「いえ、あの何かもらえればイタズラは」
「なにもやる物などない」
「えええぇぇ、」

なんですかそれー、とぶうたれたを部屋に引っ張り込むと、リュウガはドアを閉めて鍵をかけた。
拗ねているは特に抵抗せずに、何ですか、ちゃんとお菓子探してくれるんですか、などと危機感の無いことを言っている。
その後姿を狼のような飢えた瞳で見つめると、リュウガは口を尖らせて拗ねている恋人を後ろから抱きしめて囁いた。

「ひゃ、」
「…Trick or Treat?」
「え、」

抱きしめられたことで少し頬を染めたが、驚いた様子で振り向くと、リュウガは低い声で続けた。

「何をくれる?」
「いえ、あの、それは私が貰うのであってですね、」
「何も貰えなければ悪戯するが…?」
「は、や、ちょっ、リュウガさ」

真っ赤になってうろたえるの髪を除けて、白く覗いた首筋に甘く噛み付くと、小さな身体がびくっと跳ねた。

「!あ…あの…っ、」
「ではお前を貰おうか」
「……!?」

ばっと振り向いた恋人の顔が真っ赤になったり青くなったりして声にならない抗議をする様子を暫く堪能すると、リュウガはじたばたと暴れる身体を抱き上げてベッドにおろした。

「は、反則ですぅぅ!」
「暴れるな。それとも悪戯して欲しいのか?」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?!?」

暴れなくても悪戯されるし暴れても悪戯される。

(どっちにしたってリュウガさんが得するだけー!!?)

唇を奪われながら、結局は抵抗を諦めることになったのだった。


翌日。


「おい、リュウガ…ぶっ!?」

部隊の編成のことで話をしようとリュウガに後ろから近づいたソウガは、目にしたものに噴出した。

「?なんだ」
「お前、それ…頭、どうしたんだ…!?」
「は?俺の頭がどうかし…………………っ!!!?」

数十本もの細い三つ編みが作られた後頭部に気づいたリュウガは、ばっと近くと歩いていたを振り返った。

「まさか…!!」
「んげっ」

するともそれに気づいてたっと走り出した。
やはり犯人はだったのである。

「待たんか阿呆!」
「なんにもくれないリュウガさんが悪いんじゃないですかぁぁ!!」
「解け!!」
「知りません!自分でやってくださーい!」

天狼の恋人は、散々悪戯された仕返しをちゃんとしていたのであった。

気づかれないようにするために三つ編みに3時間かけたらしいです。ハッピーハロウィン!