切るような音を立てて北風が木の葉を運んでいく。
空はうっすらと曇り、太陽は雲の切れ目から時折顔を覗かせてはすぐにひっこんでしまう。
今年もまた、冬が訪れた。
「寒い…」
「そうだな」
「寒すぎます…!!」
「冬だからな」
冷たいアスファルトを流行のロングブーツで踏みしめながら、は白い息を吐いた。
空気が澄み渡って身体の奥から凍ってしまいそうだ。
隣を歩く男はコートを着ているものの、胸元が少し開いたニットがいかにも寒そうに見える。
「リュウガさんは何でそんなカッコで寒くないんですか…!」
「お前と違って鍛えてあるのでな」
「ぬぅー!」
しれっとした顔で平然と歩く恋人に、は自分もジムにでも行って身体を鍛えた方が良いのだろうかと考えたが、寒さというものは体感温度の違いで感じるものなので慣れるしかないだろうと諦めた。
それよりも、今は自分が持っているビニール袋の中身だ。
食材の買い出しで手に入れた戦利品が詰まっている。
「ほんとに良かったです。八百屋さんが大根をタダでサービスしてくれて」
「お前が粘りすぎたのだ。たかが大根1本を7円まで値切られては、ただでくれてやるくらいの気持ちにもなる」
「えへへー私ってば買い物上手ですねぇ」
「幸せそうで何よりだ」
呆れた顔で呟いたリュウガは、の暢気に溜息をついた。
は見た目気弱そうだが、これで意外と図太い神経をしている。
今日も八百屋で8円まで値切り、これ以上まけられん!と音を上げた八百屋の主人に、じゃあ7円で貰っていきますと言い放った。
結果や親の主人に持ってけドロボー!と押し付けられた大根を手にし、勝利のガッツポーズを取ったの図々しさはいっそ潔く、リュウガはしなくてもいい感動を覚えてしまったくらいだ。
これくらい神経が太くなければ、自分とは付き合っていけないわけだが。
戦利品〜!などと歌いながら食材が入ったビニール袋を揺らしているから、リュウガは素早く袋を取り上げた。
「貸せ」
「あー!そんな勢いよく取らないでくださいよぅ、卵が入ってるんですから」
「以前そんなことを言って見事に塀にぶつけて卵1パックを全滅させたのは誰だ」
「う…あ、あれはその、ちょっぴり気が抜けて」
「次はトラックの前に落として卵どころか袋の中身を全滅させかねん。俺が持つ」
「ひどいです!私そんなに間抜けじゃないですよぅ!」
「ふむ、よく聞こえなかったが、今なんと?」
「くぅ…!」
口を尖らせながら、は寒そうに手を擦り合わせた。
手袋を忘れて来たせいで、白い手は更に白くなっている。
自分よりも細く小さな手はすぐに冷えて霜焼けになってしまいそうだ。
「うー寒い…」
が息を吐きかけながら温めている手の片方を、リュウガはひょいと握って自分のコートのポケットに入れた。
「はへ?」
恋人の手とポケットの中の暖かい温度に、は少し驚いた様子でリュウガを見上げる。
「…手持ち無沙汰だろう?」
ベタな事だが意外と気恥ずかしくて、リュウガは目を逸らす。
しかしはリュウガのつれない態度も気にせず少し頬を染めて嬉しそうに笑った。
直に感じる男の掌は柔らかくはなかったが、大人の男性の優しさが詰まっている気がしたのだ。
「うへへー」
「気持ち悪い笑い方をするな。置いていかれたいか?」
「あっやだやだ!ちゃんと笑いますっ」
「お前は…」
ちゃんと笑うと言うのはどう笑うことを言うのか、の言う事はいまいちよくわからないが、彼女が楽しそうなのでリュウガは気にしないことにした。
それにこの何の変哲もない遣り取りは、思いの外心地良い。
「そうだ!お鍋のスープはお味噌にしましょうね!」
「却下だ」
「えー!?なんでですかぁ」
「俺はスタンダードな鍋が好きなのでな」
「えぇ〜?」
「俺の部屋で食べるのだから文句は言わせん」
「同棲してるのに?」
「同棲していてもだ」
「明日のゴミ出しは私がやりますから!」
「掃除は?」
「それもやります!」
「…では味噌鍋で」
「よっしゃー!リュウガさん大好き!」
太陽は沈み、空は濃い紫と青に染まってきた。
蛍光灯が灯されて、光の下を枯葉が舞う。
今夜はいっそう寒くなりそうだ。
「」
「はい?」
「…そろそろ火燵も出すか?」
「でもリュウガさんはまだあんまり寒くないんじゃ…」
「お前に風邪を引かせるわけにはいかんだろう」
「…!(優しい…!)」
今年もあと僅か、寒さの厳しいこんな日は、ゆっくり2人で温まりましょう。
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