肌を重ねる時、リュウガはいつもの脚と腕の傷跡にキスを落とす。慈しむ様に、幾度も幾度も。
最早傷跡が完璧に消えることはないと知っていても、まるでまっさらな肌に戻そうとでもするかのように口付ける。

の傷のそれら全てが自分の所為でついたものだとリュウガは信じていた。
例えが否定しても、これが事実だと。
何故なら、リュウガはが怪我を負うだろうということを知っていながら彼女が傷つくことを止めなかったし、それどころか自分の手で彼女を手にかけようとまでしたからだ。
彼女の傷痕は、リュウガにとっては己の業でしかない。

「リュウガさん…」

掠れた声でが己の名を呼ぶのを聞いて、リュウガは口付けていた腕の傷跡から顔を上げた。
濡れた黒曜石のような双眸で己を見つめる彼女の頬に手を伸ばし、その頬にかかる髪を退けて撫でる。

「……」

身体を前に倒して今度は白い額に口付ける。
髪を撫でながら頬にも目尻にもキスの雨を降らせると、は擽ったそうに身を捩った。
閉じられた唇が笑みの形で弧を描いている。
彼女のその甘い微笑を見るたび、リュウガの胸は酷く締め付けられて苦しくなる。
この笑顔を手に入れるためだけに、どれだけ彼女を傷つけてきたのだろう。
後悔はどれだけしても足りない。変わりに、まるで誓いのように愛を囁く。

、愛している。お前だけを、お前の全てを」

あの日、傷つけることしか出来なかった狼の牙を身一つで全て受け止めた臆病な羊は、今や狼の腕に抱かれて至福の中で笑っている。
消えぬ傷をつけられ頸に手をかけられて尚、血みどろだった狼の罪を、全て赦すと羊は言った。
たった一言、その一言で、彼の心は歓喜と嘆きに打ち震えたのだ。

ああ、お前は俺を赦すと言うのか。こんなに血に汚れた獣を、真綿のような言葉で包んでくれるのか。

唇に深く口付けると、甘い吐息が静かに零れた。
細い首筋と額を撫でながら、しっとりと濡れた甘い唇の柔らかさを角度を変えて味わう。
愛しさばかりが止め処なく込上げて、リュウガは一糸纏わぬの身体を抱きしめた。
僅かに苦しそうな、それでいて嬉しそうな声がの唇から漏れる。
の肢体は傷跡こそあるものの、今や寝台の上で月光に照らされ曝け出されて、燦然と女としての輝きを放っていた。
吸い付くような肌の質感も傷跡があろうとなかろうと以前と変わらない。
それどころか、毎夜男の愛を一身に受け、日に日に張りと艶を増している。
夜毎花咲く月下美人のように。

「綺麗になったな…」
「ほんと?」
「ああ」

細い身体を抱きしめたまま片手で額から頬をなぞるように髪を梳くと、は鈴の音のような声で笑ってリュウガの背に腕を回した。
恋人の首筋から薫る女特有の甘い香りがリュウガの脳髄を狂わせ震わせる。
只幸せで堪らないのだ。
愛しい女が腕の中で笑っている、ただそれだけのことが、どうしようもなく嬉しい。

「…お前が愛しい。狂おしいほどに…」

耳元で愛の言葉を繰り返すと、は頬をばら色に染めて男の首に言葉の代わりに口付けを返す。
啄む様なキスに込められた彼女の想いは己が抱くそれと同じだと、今こそリュウガは信じている。
そしてその想いが裏切られることは終ぞ無いだろうと。
命を賭してまで愛情をぶつけてきた女の信念があるからだ。

「愛している。、お前を誰よりも」

たった一言では足りないほどの想いを、できる限り凝縮して伝える。
は静かに微笑んで、私もです、と囁いた。
夜が更けていく中で、狼は己の魂に誓う。

、もう二度とお前をどこにも行かせはせぬ。お前を傷つけるものはこの手で打ち砕こう。
お前が俺の死という運命を打ち壊してくれたように。


「愛している」


この身が果てたとしても、永遠に、共に。


夜に誓う

ジェヴォーダンの二人の結末。
リュウガ兄のヒロインへの愛情の向け方は熱烈でたまに暴走気味
ヒロインのリュウガ兄への愛情はひたむきで真っ直ぐ。
今までの短編で、おそらく一番しっくりくる雰囲気になりました。