南方に位置するパプニカでは、数年ぶりの日照りで都市部の気温が上昇し、白い漆喰の建物が光を反射してやたらに暑い。何年かに一度はこう いう時期があるのだそうで、パプニカの人々は意外にもみんな元気だが、初めてこの地に来た者にとっては驚きの暑さだ。とはいえ南国の島育 ちのダイもこの程度の暑さは全く応えておらず、暑い暑いと文句を言うポップも日中を涼しい図書館で過ごしているのでそれほど苦にはなって いないらしい。 だがここで、意外にもラーハルトがバテた。 人間は肌の色が濃いほど暑さに強いと言われている。暑いということは紫外線が強いということで、紫外線のダメージに対応するために皮膚が メラニンを生成して皮膚を保護しなければならないからだ。だから日照時間の短い北欧の人間は肌の色が白いし、赤道に近い国の人間は肌の色 が濃い。 が、魔族の肌の色は青や緑、時々赤もいるらしい。魔界には太陽が無いらしいからそのせいで全然違う色になっているのか、はたまた神の悪戯 なのかよくわからない。しかしどうも体温調整が人間とは微妙に異なるようだ。暑さへの耐性が種族的なものなのか、それとも個人的な体質の 問題かは定かではないが、とにかくラーハルトは暑さで完全にバテた。 汗だくな上に元気がない。人前ではかっこつけて平気そうな顔をしているけど、私の家に来ると明らかにぐったりしている。あんまりにも可哀 想だから冷たい水を張った盥に足を浸けてあげたり、庭に水を撒いて外からの風を冷やしてみたりと色々やってみたものの、どうも効果が薄 い。 「これはどう?」 「確かに音色は涼しげだが……暑いのは変わらん」 貝殻で作ったお手製の風鈴もどきで涼しげな空間を演出してみたけれど、気分的に涼しい感じがするだけで効果は無かった。ラーハルトは両足 を水を張った盥に突っ込み、テーブルに頬杖ついてげんなりしている。顔だけはクールぶってるけど間抜けな格好だ。ダーリン、おっさんみた い……。 「んー。こうなったら思い切って暑気払いしかないか」 恋人のカッコいい姿を取り戻す為、私は最早これしかないと最後の試みを実行することにした。 HOT AND COLD 「ポップ、デルムリン島にみんな集めて海水浴と宴会やらない?」 「賛成ッスお姉様!!」 「あら、だったらあたしも行くわ!」 「島で集まるの?いいね!久しぶりだなあ」 イベントごとを持ちかけるならレオナとポップが一番だ。この二人は基本的にフットワークが軽い。実に軽い。「ビーチ行かない?」「行く行 くー!」ってノリで来るのは予想通りだった。二人が行くならダイも行く。そうなるとラーハルトは必然的にビーチに強制連行だ。 「おい ……」 「まあまあ、たまにはいいじゃない。泳ぐと気持ちいいし、久しぶりに海の食材で本気の料理もしたいし」 ちなみに私の本気料理と言うのは手間がかかったり大勢でなければ食べきれないようなものの事で、普段作らない料理のことだ。仕事でちょっ ぴりストレス溜まってたし、みんなとワイワイやってスカッとしたいというのもある。そして何より、私は今までこの世界の海で泳いだことが 一度も無い。ビーチでリゾート気分になりたい。ぶっちゃけ半分以上自分の希望だったりもする。 そんなこんなで、レオナとポップの迅速な人数集めによって仲間たちは再びデルムリン島に集った。メンバーはダイ、ポップ、マァム、メル ル、ノヴァ、そしてラーハルトとヒュンケル。ロンさんも誘ったら酒だけ準備しとけば行ってやると言われた。違うよね、ヒマだから来たいん だよね。準備しましたよ。来ましたよ。飲みたいだけだなあの人……。 あとはデルムリン島のおなじみのメンバーと、アバンさんとフローラ様。カールのお二人はちょうどバケーションしたかったらしい。忙しい 日々を過ごされているんだから、たまには休息も必要だよね。 眩しい日差しの中、海パンに着替えたダイとポップが真っ先にビーチに躍り出た。 「泳ぐぞーーー!」 「おっしゃあー!スイカ割りしようぜスイカ割り!!」 はしゃぐダイとポップに続いて、水着に着替えたレオナとマァム、メルルもビーチに現れた。レオナはフリル付の白ビキニ、マァムは白地に赤 のボーダー柄のホルターネック。メルルは水色のワンピースタイプ。フローラ様は黒のシックなビキニ。続いて私もビーチに入る。水着は三角 ビキニ、ダーリンを悩殺するためちょっぴり布を少なめにしてみた。 「うっひょ〜!眼福眼福!」 「なに鼻の下伸ばしてんのよっ、このスケベ!!」 「ぐへっ!」 私を含めた女性陣の水着姿にわかりやすくスケベが顔になったポップの顎にマァムの蹴りが炸裂して、久しぶりのお決まりのパターンとなった 後、茂みから男連中もぞろぞろと現れた。海パン姿のノヴァと海パンの上にシャツを羽織っている渋いロンさんや落ち着いた感じのアバンさん はともかくとして、ヒュンケルとラーハルトを見てポップが固まった。 「お、おめーら……それ……」 「ああ。 に、海で遊ぶならこの格好が正装と教えられてな」 「ダイ様が準備してくださったものを使わないわけにはいかん」 「あー……おう、そうだな……(絶対 さんに騙されてる……)」 ダーリンの素敵な身体を見たいという個人的の欲望のため、適当な嘘ついて手渡したブーメランパンツ、二人して見事に履いて出てきた。ヒュ ンケルを巻き込んだのは、まあついでってことで。ラーハルト一人だと恥ずかしがっちゃうかもしれないしね。友達だから道連れにしました。 鍛え抜かれた三角筋やら大胸筋やら腹筋が日差しに照らされて素晴らしい。やっぱりダーリンは良い体してるな。それにしても、だまくらかし た自分が言うのもなんだけど、こいつらは私をもう少し疑った方がいいと思う。面白いから黙ってるけど。上手いこと騙されてくれた二人に満 足していたら、恋人殿は私の姿を見つけて足早に近づいてきて手持ちの大きなタオルを被せてきた。 「わっ!?なに?」 「被ってろ」 「こんなの被ってたら泳げないって」 タオルを返して笑いかけたら、ラーハルトは妙に落ち着かない様子で私の手首を掴んでぐいぐい海に引っ張っていく。 「ちょっと、急に入ると体に良くないよ」 「喧しい。みっともないものを晒すな」 みっともないって。ヒュンケルなんか私の格好見た瞬間耳まで赤くなってたんですけど。そりゃあの年であれもどうかとは思うけど、もう ちょっと可愛いとかセクシーだとかいう言葉を……いや無理だな期待するだけ無駄だわ。こればっかりは性格だから、照れ隠しだと解釈しておいてあげようっと。セクシーすぎて 悩殺されちゃうから海に入って隠せって事ねハイハイオーケイ。 「んー!いい感じー!気持ちいいねー!」 水温はそれほど冷たくもなく温いというほどでもない、ちょうどいい温度。これなら彼の身体も涼しくなるだろう。首まで海に浸かって、砂浜 で手持無沙汰に突っ立っているもう一人のブーメランパンツに呼びかける。クロコダインとヒムが食材採りにどこか に行っちゃって、相手がいなくてヒマなんだろう。 「おーい何してんのー!?あんたも来なってー!そこに居たら巻き添え食うよー!」 巻き添えって言うのはビーチバレーを始めたダイ・ポップ・ノヴァ、そしてマァム・レオナ・メルルの6人の事だ。他はともかく、近くでうろ うろしてたらダイの豪速サーブが不幸の塊であるヒュンケルの頭にクリーンヒットしかねない。ヒュンケルはそろそろ自分の運の悪さがブラッ クホール並だってことを自覚した方がいいと思う。私の強運を分けてあげるチャンスは残念ながら無くなったので、友人としてカバーしてあげ るしかない。 大人しく海に入ってきたヒュンケルと、水温の冷たさでちょっといい感じになっているラーハルト。この二人は基本私に油断しきっているとこ ろがあるので、今日は存分に遊ばせて頂こう。泳いで少し離れる振りをし海中に腕を突っ込み、目印に仕込んでいた白い浮の先についた糸を手 繰り寄せて目的のものを引き上げ、海中にそれを隠したまま二人に近づいた。 よっし、準備万端。 「ねえねえ」 「ん?」 「なん……」 「ファイア!!」 声をかけて二人が振り向いた瞬間、どでかい水鉄砲を海中から引き上げて二人めがけて発射した。流石の強者二人もいきなり私に放水されると は予想していなかったのか避ける間もなく頭から水を被る。 「ぶはっ、……!!」 「な……!?」 「あはははは!」 こうも上手くいくとは。つい笑っちゃった。大量の水を一気に放水されて一発でびしょ濡れになり、ヒュンケルとラーハルトは唖然としてい る。二人の様子を目にして、実に愉快な気分で腰に手を当てて、人差し指をチッチッと揺らしてみせる。 「ふっふーん。気ぃ緩んでんじゃないの〜?」 遊ぶならば全力。この日の為に密かに作っておいたトルネード水鉄砲(仮称)が火ならぬ水を噴いた。末端のホースを海に浸けてトリガーを引 くとポンプ式で自動的に水を汲み上げて水を発射する。わざわざバダックさんに作ってもらった代物で、前日の夜に浮を括りつけて海の中に仕 込んでおいたのだ。さながらロケットランチャーのようなそれを肩に構えて挑発すると二人の男の意地的な部分に火が付いたらしい。 「…………いいだろう……!」 「思い知らせてくれる……!」 やばっダーリンまでヒュンケルと組んじゃったよ。戦士2名が二人して全力で海面を叩いて水をばっしゃばっしゃ掛けてきた。凄まじい水飛沫 で一気にこっちも頭からずぶぬれになる。 「ぎゃー!?ちょ、タンマタンマ!本気はナシでしょ!?」 「自業自得だ!」 「そんなもの用意しておいて言えたセリフかっ!」 ガンガン水を掛けてこられて防戦一方の私の肩に、何かぬめっとしたものがピシャッとくっついた。手に取ってみれば美味しそうなイカさんが 2匹くっついていた。 「うっわっ何これイカ!?ちょっと!イカ投げたのどっち!?」 「オレじゃない」 「オレじゃない」 「どっちでもいいわ!うりゃーイカスミ攻撃ーー!!」 「くっ、卑怯な!」 「おいスミは反則だぞ!」 「そんなルールは知らーんっ!」 もうこうなったらやけくそである。トルネード水鉄砲とイカスミで同時攻撃を仕掛け、水鉄砲を捨てて水の中から手に取ったものを構わずぶん 投げまくった。イケメン二人組の顔面がイカスミ塗れになって爆笑する。ヤバイ、こういう大学生みたいなノリ久しぶりで楽しい。 「す、すごいね さん……あの二人にイカ墨かけるなんて……」 「だな。お姉様にしかできねえぜ……!」 「ああっ言ってるそばからワカメがヒュンケルの頭に!」 「ああっラーハルトさんの頭にもワカメが……!」 遠くでビーチバレーをやっていた年下組のメンバーがこっちを見てそんな話をしているなどとは知らず、3人で水かけ合戦をやっていると、海 中から私の横に音も無く近づいてきた影が見えた。潜っている影はどうやら私の味方らしい。影が海中からジェスチャーを出したので、隙を作 るために一芝居。 「待って待って!ビキニが落ちそう、おっぱい出ちゃう」 「な」 「!?」 私の突然の申告で二人の動きが止まった次の瞬間、海中から水飛沫をあげて飛び出してきたヒムが二人の顔面にヒトデをビターン!とそれぞれ 一つずつ炸裂させた。 「ぶっ!」 「うっ!」 見事に作戦が成功してヒムがガッツポーズをとる。 「いよっしゃあーーっ!!」 「あはははは!いいよいいよーヒム、ナイス!やばっツボだこれ、ぶははっ」 ヒトデを顔面にくっつけたまま固まっている二人があんまりにも面白かったのでヒムと二人で指差して大爆笑していると、なんだか空気が重く なってきた。……いかん。これは、マズイ。 「んん……やばいかも。」 「あん?どしたよ姐さん」 「ううん別に?あっ私ご飯の準備しないと。はいコレ武器ね」 「えっ」 「それじゃあ後は任せた!ファイトー!」 「ちょ、姐さ……」 訳が分かってないヒムを放置して一人でさっさと砂浜に上がったところで、後ろからいい年こいた大人2名がブチ切れる声が聞こえた。 「悪乗りが過ぎるぞヒム!」 「殺すッ!!」 「がぼぼばぼべば!!」 二人がかりで伸し掛かられてヒムが海中に撃沈した。海面から時折手だの足だのをばたつかせているのが見える。 あーあ、ありゃしばらく浮かんでこないな。まあ死にゃしないだろうし、いっか。 「ヒム……安らかに。あんたの犠牲は忘れない……!」 「酷い女だな……」 海から上がった私に一部始終を見てたらしいロンさんがなんか言ってたけど、勝負とは非情なものだよね。 海遊びを一抜けして仮説キッチンに立ち、クロコダインやヒム、チウくんたちが準備しておいてくれた新鮮な魚介を捌く作業に入る。タコに牡 蠣に魚に貝にエビに蟹、素晴らしいラインナップだ。途中からメルルとアバンさんが手伝ってくれたので、手際よく調理が進んだ。アバンさん は料理上手だから私の意図を素早く理解してくれて、彼にとっては初めてのレシピでも実に素晴らしいサポートをしてくれた。料理ってやっぱ り基本は同じだからな。 「ふふん。久しぶりに本気を出した私の海鮮フルコース……じっくり味わって召し上がれー!」 浜辺にはクロコダインとチウくんが即席で作ってくれたテーブルを設置してある。そこにお酒や果物、そして一生懸命に作った色とりどりの料 理がずらりと並ぶ。左から、真蛸トマト煮込み、牡蠣の香草焼き、小エビの素揚げ、ムール貝のワイン蒸し、海老のライスコロッケ、ロブス ターのスパゲッティー、そしてトマトと蟹のピッツァ。 ずらりと並んだ料理を目にして、海から上がって着替えた皆が実に気持ちの良い反応をしてくれた。 「すっげー!」 「うっひょーウマそーっ!」 「いつ見てもすごいわね」 「んじゃあまずはオレが味見を……」 「こらっ、つまみ食いしないの!」 山盛りになった小エビに手を伸ばしたポップの手をマァムがスパンと叩いて止める。なんだよ、とぶうたれたポップをダイが笑いながら見て、 その横でレオナがマァムに見つからないように小エビを盗賊さながらの素早さでつまみ食い。女王様、お行儀がお悪うござい ます。 「んん〜!美味し〜っ!」 「あっ!?レオナったら……!」 「いいじゃない。いっぱいあるんだし」 「じゃおれも食べちゃえ」 「オレももーらい!メルルも食えって」 「えっ、あっ、は、はい!」 結局ダイとポップがそれぞれ一つずつつまみ食いして、巻き込まれたメルルも申し訳なさそうに一つ食べ、流石のマァムもこれ以上は止める気 にならないらしく呆れ顔でアバンさんに頼る。最終兵器・先生だ。 「先生も何か言ってやってくださいっ」 「まあまあ、そんな顔をしないでマァム」 アバンさんが飄々とした様子で小エビを二つ摘み上げ、一つをマァムの口にひょいと放り込んだ。 「!」 「ハイ。これでお揃いですね」 「……もう、先生まで……」 いいなあアバンの使徒繋がり。微笑ましいなあと思っていたら、最年長がスルーされていることに気付いて可哀想な気分になった。アバンさん 気付いてあげて。一番弟子だけ絶妙な間の悪さで混ざれてないです。本人がクロコダインと話しているからしょうがないんだけど、やっぱりこ ういうところ、運が悪いよね。騙されてビキニパンツまで履かされた銀髪美形の運の悪さに想いを馳せつつ(騙したの私だけど)大方料理が出 揃ったことを確認していたら、隣からラーハルトが声をかけてきた。 「終わりか」 「ん?」 「準備だ」 「あ、うん。完了」 「ならいつまでもフラフラせずに座れ。邪魔だ」 頷く前に腕を引かれて強引に席に座らされた。この台詞、初対面の人が聞いたら「トロトロしてんじゃねえよ」って意味に取られるだろうけ ど、ラーハルトの場合は違う。正確には「沢山準備して疲れただろ?あとは良いから座ってな」である。最後の邪魔だ、ってのは照れ隠しで 言っちゃっただけだから心配無用だ。と、このように独自の翻訳機能を自分で完成させないと素直じゃないダーリンとは付き合っていられな い。 皆が思い思いに席について、一番ノリの良いポップが木の実でできた器になみなみと注がれた酒を掲げた。宴の始まりだ。 「おーっし!じゃあみんな、カンパーイ!!」 「カンパーイ!!」 ワイワイと騒ぎながら大勢で囲む夕食は楽しくて、時間を忘れてしまいそうだった。 * 潮風が涼しい。太陽が水平線に沈んで辺りはすっかり夕闇に包まれている。宴もたけなわとなり、明かりの代わりの焚火を囲んで皆が盛り上 がっている中、少し離れた場所で一人で流木に腰掛けて夜風に当たっている恋人殿の所に向かった。おおかた酔ったポップあたりに絡まれて私 との事を根掘り葉掘り聞かれるのが面倒なんだろう。彼は笑顔であしらうというスキルを持ち合わせていないから。 「どう?体調は」 「フン。お前とヒムのおかげで悪化した」 昼間のヒトデか。まだ根に持ってるなんて、しようがない人。そんな所も可愛いと思えるくらいに好きなんだけど。海に入ってからは大分顔色 も良くなって、濃い青だったのが薄い青になっているので、口では悪化したなんて言っているものの大分楽になってはいるみたい。あれだけ元 気にヒムを沈めてたんだから、もうバテてはいないな。 「ごめんって。お詫びにどうぞ」 最後の一押しの為に準備しておいた、木の器に盛り付けたデザートを差し出すと、ラーハルトが怪訝な顔をして見せた。夜なので分かりにくい が、パッションイエローのかき氷のようなものを盛り付けて、飾りに小さなハイビスカスを添えてある。 「……なんだこれは」 「オレンジとレモンのグラニータ。かき氷みたいなもの。さっぱりして美味しいよ」 「この暑い中どこから氷など……」 「んー?ヒャドで凍らせたのをバギで砕いただけ」 ちなみに言ったとおりの事をまんま調理台でやると大惨事になるので、ちゃんと道具を使っている。ロンさんの指導のもと、ノヴァ君に魔法を 弾く特性のある金属で大きめのジャーを作ってもらったのだ。密閉・取り外し可能な蓋の部分に魔宝石がついていて、ヒャドとメラとバギの三 種類の蓋を使い分けることでジャーの中身を凍らせたり焼いたり砕いたりできる。魔法を弾く特性の為にジャー自体には損傷が無くて、中身だ けが望み通りの結果になる優れ物。 今回のグラニータも、ジャーの中にミントで香り付けしたオレンジとレモンの果汁に蜂蜜を混ぜたものを入れて一度バギで撹拌、それをヒャド で凍らせた後で再度バギで中身を砕いてシャーベット状にし、仕上げにオレンジの果汁と蜂蜜をかき混ぜて作ったデザートだ。 「いやーホント、魔法って便利だよねー」 「使い方が間違っている気がするんだが……」 「まあまあ」 ラーハルトの隣に座ってデザートを薦めると、素直じゃない恋人は機嫌の悪そうな顔のままで氷をスプーンに一掬いすると無言で口に運んだ。 特にコメントも無くそのまま食べ続けようとしたので、さりげなく注意を。 「一気に食べると頭が痛くなるよー」 「……」 無言で食べるペースを落とすところが何とも可愛い人だ。彼が何も言わないということは大体美味しいと思っているのだと解釈していい。何故 なら、不味かったら絶対にこの人は食べない。食べたいと思わないと食べないのだ。その辺はロンさんと同じで実に正直。 「私も食べようかな」 見ていると自分も食べたくなってきた。残っている分を取りに立ち上がろうとしたら腕を引かれ、腰に腕を回されて横から抱き寄せられた。少 し背の高い彼の顔を見上げると、真っ直ぐに視線が交わる。引き寄せられるようにキスをして、じっくり互いの唇の感触を楽しんだ後、唇を離 してふと思う。 「……初めてじゃないのにレモンの味」 「なんだそれは」 「キスの味の話……もう一回頂戴……?」 密着して少し甘えるように頭を彼の肩に凭れさせる。するとラーハルトは何を思ったのか、器の中身を平らげて上着を脱ぎ、私の頭の後ろから 上着を被せた。てっきり肩にかけてくれるのかと思いきや上着の両端を引かれ、引っ張られて前のめりになったところで唇を奪われる。 「……!」 上着で目隠ししてキスするなんて大胆なんだか照れ屋なんだか。騒ぎ立てられるのは嫌いなくせに騒がれることをしちゃうのが良くも悪くも正 直な彼らしい。唇の熱で、彼が口に含んでいた冷たくて甘酸っぱい氷が解ける。上着で隠れて見えないうちに、甘ったるい口付けを交わして、 唇を離して額をくっつけて。 賑やかな声を遠くに聞きながら、浜辺の夜は涼やかに穏やかに更けていった。 |