事件は凱旋中のロモスで起こった。
その日、勇者一行は男と女のメンバーにそれぞれ別れていた。というのも、女性陣が揃って城下に買い物に出かけたからである。言いだ
しっぺはレオナで、ノリの良い
が後に続き、マァムとメルルを巻き込んで彼女たちは街に繰り出した。粒ぞろいの美少女と美人が姦しく喋りながら城下に歩き去るのを、ダイ、クロコダイ
ン、ヒュンケル、ラーハルト、ヒムの男連中と集まってぼんやり見つめて いたポップは、何を思ったか突然話し始めた。
「……オレさあ。
さんはやっぱケツだと思うんだよ」
ポップの何の脈絡もない主張に、その場にいた男達はいきなり何を言ってんだお前は、という視線を送った。しかしポップは彼らの視線な
ど全く気にせず、自分の主張を真面目な顔で淡々と述べる。
「そりゃあマァムのケツもイイとは思ってるぜ?けど
さんの踊り子ヒップっての?あのキュッ、プリッ!と引き締まった感じはさ
あ、やっぱマァムには無いと思うワケよ。いやまあ、マァムにはマァムであのムチムチした感じが堪んないっていうか別の魅力があるんだ
けど。それとは別にさ、お姉様のスレンダーなナイスバディもオレとしては外せないワケ。そういう意味ではオレ的にはおっぱいはマァム
でケツは
さんなんだよな。別に
さんのおっぱいに不満があるわけじゃねえよ?ただサイズ的には、おっぱいはマァムの方
がいいよなってだけの話で、おっぱいそのものはオレ、サイズ問わず好きだから。つまり何が言いたいかっていうと、みんな違ってみんなイイって事だよ」
悟りの境地に至ったとばかりに良い言葉で締めたポップだが、中身は完全にただのエロトークである。そんなこと誰も聞いてない。お前の
尻と乳への執着なんぞ知るかとしか言いようがない。至極真面目な顔してとてつもなくくだらない主張を終えた弟弟子にヒュンケルが呆れ
ながら拳骨を落とそうかと拳を握りしめた時、ポップの隣から思わぬ言葉が飛び出してきた。
「ポップってほんと、女の人のおっぱいが好きだよなあ。そりゃあ確かに柔らかいし良い匂いするけど、そんな所ばっかり見てるとまた
マァムにぶっ飛ばされるよ?」
全くです、と同意しかけたラーハルトは違和感に気付いて言葉を飲み込んだ。ちょっと待て。なにか問題発言が混ざっていなかったか。ダ
イの言葉に、ポップは一瞬硬直した後弟弟子の肩に手を置いて問いかけた。
「……お前、今なんつった?」
「だから、おっぱいばっかり見てたらぶっ飛ばされるよって」
「そこじゃねえよ!お前、いいいい今、柔らかいし良い匂いするって……!」
「うん?だってよく顔に当たるし」
どこまでも澄んだ目をしてとんでもない発言をぶちかました勇者に、男たちは言葉を失くした。ポップの手が震え、表情が戦慄する。
「なん……だと……!?」
おっぱいが顔に当たる。要するにぱふぱふである。
ぱふぱふ:英名Puff-puff
ぱふぱふとは、男性が女性のたわわな胸に顔を埋めて文字通りパフ、パフと女性の胸の柔らかさを顔面で楽しむ行為のことである。女性
が男性向けに行ってくれるセクシャルサービスであり、金銭のやり取りが発生することが多い。金銭が発生した場合には、ぱふぱふを受け
る側が女性に無断で胸に手で触れたり、それ以上の行為を要求すると料金が加算される。
そのため、ぱふぱふを無償で受けたい場合、ぱふぱふが可能な程度のバストサイズを有する女性を恋人または妻にするか、相手の女性が
好意を抱いてくれている状況を作り出す、或いはその状況を容易に得られる程度の美形でなくてはならない。また、倒れた振りをして女性
に抱き起してもらい、どさくさに紛れて胸元に顔を埋めるのも裏技として存在するが、バレた時のリスクを考えると大人しく金銭を支払い
サービスを受けた方が賢明である。
〜テラン国立大図書館所蔵・おっぱいの楽しみ方二十選(著・マトリフ)より引用〜
「ほら、おれ、チビだからさ。自分より背が高い女の人に抱きつかれると顔におっぱいが当たるんだ」
一番年下の少年のぱふぱふされてますカミングアウトにポップは膝からズシャアッと崩れ落ちたが、ダイはそんな親友のことなど気にも留
めず、ニコニコしながらぼさぼさ頭を掻いてぱふぱふの理由を説明した。しかし理由を聞かされて納得はするものの、反応に困る。どのよ
うなコメントをすべきか戸惑う男達の中で最も空気を読むのが上手いクロコダインは、表情を引き攣らせながら辛うじて口を開いた。
「ウ、ム、それは……困ったものだな」
「そうなんだ。まあ、レオナはふわふわしてるけど小さ目だから当たってもそんなに苦しくないし、
さんもスベスベでしっとりしててちょうどいいくらいだけどさ、マァムだと柔らかくて大きいから息が止まっちゃうんだよね」
「………」
知らず知らずのうちに各女性の胸の感想を詳細に述べていることにダイは気付かない。そして、感想を聞かされた方がどんな顔をしていい
のかわからずに押し黙るしかないことにも気づいていない。最早愛想笑いすら憚られる。
「早く背が伸びたらいいのになあ。ラーハルト、何かいい方法知らない?」
爆弾発言をバカスカ投下したまま放置して話題を変えたダイは、笑顔で部下に質問を投げかけた。小さな主の無邪気なぱふぱふ発言に呆気
にとられていた彼は、はっと気を取り直して質問の意味を咀嚼する。
「ええ……そう、ですね……」
が、ショックが消えないのかしどろもどろになり、隣で自分と同様に固まっていたヒュンケルの肩を小突いて友人を再起動させて話を振っ
た。
「ヒュンケル。背を伸ばすにはやはり運動だな?」
「あ、ああ。身体を動かしていれば自然と伸びる」
「それだけ?他にはないの?」
「いえ。食事と睡眠も十分に摂られた方がよろしいかと」
「そうだ。身体を作るには大切だとアバンも言っていた」
「ふーん。じゃあ今とあんまり変わらなくていいんだね」
「ええご安心ください。直に背丈が急激に伸びる時期が参ります」
「えっ!急に伸びるの?」
「一気にポップを抜くかもしれんな」
「お父上のバラン様は背の高い方でしたので、ダイ様も私やヒュンケル以上になるやもしれません」
「ほんと!?」
「そうだな。他には……ああ、肉は脂の少ない部分を食べるといいと聞く」
「鶏の卵も滋養が付きますのでお勧めします」
普段無口な二人だが、今はとにかくぱふぱふ云々の話に戻さないように、ここぞとばかりに連携して身長や成長に関する有利な情報を頭の
中から引っ張り出して、話題を背を伸ばす方法に集中させた。最早彼らは通常の三倍喋っている。お子様は女性の胸の何たるかなんてポン
ポン口にしてはいけない。ましてや誰の胸が一番ちょうどいいとか大きいとかそんな感想を述べてはならない。
パプニカ王女の胸がふわふわで小さいとか、
の胸がスベスベしっとりだとか、マァムの胸が柔らかいだとかそんな情報、ダイは忘
れるべきなのだ。しかし悲しいことにこれらの情報は既に漏洩し、他者の脳に記憶されてしまった。
話題を逸らそうと必死こいている若い戦士2名も、残念ながら意中の踊り子の胸に関する情報を完全に記憶した。ままならないことに、勝
手に脳が記録した上に保護までかけている。忘れようと思えば思うほど深く刻み込まれていくパターンだ。塗り替えるには直接触るしかな
いが、恋人でもない男にそんな事ができようはずもない。聞かなかったことにして顔に出さないのが彼らに最大限できる大人の男の振る舞
いである。
「よしっ!それじゃおれ、ちょっと森で遊んでくるよ!」
「ああ、気をつけて行って来い」
「日が暮れるまでにはお戻りを」
「うん!」
無邪気な少年の意識をどうにか身長を伸ばす方向に集中させて、二人は深い溜息をついた。後ろで必死過ぎる二人の様子を見たクロコダイ
ンが俯いて笑いを堪えていることにも気づけないほど、彼らには余裕がなかった。ダイがポップを引きずって森に駆けていくのを見届け
て、ヒュンケルは徐にラーハルトに言葉をかけた。
「……ラーハルト。オレ達も、暇潰しに手合せでもしないか」
「いいだろう」
ニヒルに笑いあって揃って開けた場所に歩いていく彼らだが、かっこつけていても気を紛らわせておっぱいの話を忘れたいだけなのは明白
である。二人の姿が完全に見えなくなったのを確認して、クロコダインはついに噴出した。
「グハハハ!ああ、これは流石に言えんぞ!」
「うおっ!?なんだよいきなり」
「おうヒムよ、今のは二人の秘密にしてくれ。頼むぞ!」
「はあ?まあいいけどよ……」
笑いながらヒムの背中をバンバンと叩き、クロコダインは空を見上げた。快晴の空は青く澄んでおり、鳥が数羽飛んでいる。日差しは温か
く、素晴らしい陽気だ。実に世界は平和である。
翌日。
「ねえクロコダイン。なんかヒュンケルが昨日の買い物の後から全然目ぇ合わせてくれないんだけど、私なんかした?ラーハルトに聞いて
みても、あいつまで挙動不審ではっきりしなくてさー」
「ブフッ……!!そ、そっとしておいてやってくれ……!」
「?」
何故か腹を抱えて笑いだした獣王に、
はただ首を傾げるばかりであった。
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