「いやあ良かった!本ッ当に良かった、なあ兄ちゃん!」

ベンガーナでヒュンケルと再会した後、心変わりの切欠を聞いたところ何とベンガーナで偶然立ち寄った酒場の店主が背中を押してくれたらし い。その話を聞いたのがラーハルトに報告に行って帰ってきた直後で、話を聞いて慌ててお礼を準備した。そういうことはもっと早く言って欲 しい、お礼ってのはすぐにしないとどんどん意味が薄れるんだから。

そんなわけで、私が慌てている理由がいまいちわかっていないヒュンケルを引っ張って「お礼に行くよ!」と案内さ せて店に入ったのがつい さっき。

酒場の店主は目立つ銀髪を見てすぐに思い出したようで、傍らにいる私を見て嬉しそうに表情を綻ばせ、はにかむヒュンケルの背中をバシッと 叩いて喜んだ。

「こーんな別嬪が相手だったなら応援しなきゃあ良かったぜ!ハッハッハ!」

店主の嬉しそうな顔を見て、ヒュンケルも照れながら目的を口にした。

「世話になった礼に来た。食事をしたいのだが、構わないだろうか」
「おおっ、任しときな!さ、お嬢さんも座った座った」

来てくれるなんて応援した甲斐があったと言いながら、店主が私たちに席を用意してくれる。その席につく前にヒュンケルの服の裾を引っ張っ て、準備してきたものが入った紙袋を手渡す。

「ね、ヒュンケル。これ」
「これは……」
「ささやかですがって言って、渡して」
「オレが?」
「うん。お願い」

ここにきて、ヒュンケルも私がやろうとしたことを理解したらしい。無言で頷いて、グラスを用意している店主に近づき声をかけた。私はとい うと、テーブルの近くで席につかずに様子を見守っている。

「ご主人」
「あんっ?」

ヒュンケルは少し緊張した様子で、手にした紙袋を店主に向かって差し出した。

「……ささやかだが、受け取ってほしい」

教えた通りの言葉と共に差し出された紙袋を目にして、店主は目を丸くしながらもそれを受け取った。

「おっ、なんだい嬉しいねえ!どれどれ……」

店主が受け取った紙袋を開けて中身を取り出す様子を、ヒュンケルが緊張した面持ちで見ている。中身は彼も知らない。私が日用品の買い物つ いでに百貨店で見繕ってきたからだ。中身を取り出した店主が驚きの声を上げる。

「なっ、こ、こりゃあ……ロモスの、しかも15年物のワインじゃないか!」
「……?」

ヒュンケルはいまいち良く分かっていない様子だけれど、実はロモスはワインが有名な国なのだ。特に西南部は温暖で、ワインの産地として知 られている。イタリアみたいな感じ、といえばわかりやすいだろうか。それが魔王軍の侵攻で大きなワイナリーがいくつかやられてしまい、流 通量が激減してしまった。そのためロモスのワインは復興が進んでいる今でも値が張る。1年半ほど前にロンさんの酒を買いに行く時に耳に挟 んだ話である。

「こんな良い酒貰っちまっていいのかい!?」

喜色満面の主人に対して、ヒュンケルも微笑みながら頷いた。流石にここで私を見るのは良くないと考えるだけの判断力は彼にもある。でなけ ればわざわざ彼に渡させてはいない。

「……貴方の言葉が無ければオレは一生後悔することになっていた。彼女も是非受け取ってほしいと言っている」

ヒュンケルの素直な言葉を受けて、店主は少しだけ涙ぐんだように見えた。そして私と彼の顔を交互に見ると、もう一度ヒュンケルの肩を叩い て何かを囁いた。

「兄ちゃん……あんた、本ッ当にイイ女、捕まえたなあ」
「…ああ。本当に頭が上がらない」

二人の会話の内容は聞こえなかったけれど、彼の嬉しそうな表情からして褒められたか激励されたんだろう。穏やかに微笑む若い青年を。店主 は何度も満足そうに見て頷いた。ややあって、店主は酒を大事そうに抱え直して、私たちに声をかけた。

「よし!お二人さん、座ってくれ!何でも好きなモンを頼みな!」





ベンガーナの大通りの夜は、そこかしこにある酒場からちらちらと明かりが漏れていて比較的明るい。石畳の道を手を繋いで歩きながら夜風を 受けると、お酒が入って火照った体がひやりと冷えて気持ちがいい。私たちの報告を受けて上機嫌になった店主は、若いカップルの再会祝いだ と言って大いにご馳走してくれた。郷土料理だという鶏肉料理やソーセージ、愛情たっぷりのオムレツにヤギのチーズなど、それはそれは沢 山。

こんなに食べられるかなと思ったけれど、銀髪の恋人はそれらを残さずちゃんと平らげた。流石は身体が資本の戦闘職、前から思っていたけど ヒュンケルは意外な量を食べる。しかも食べ終わった後もケロッとしている。筋肉量が多いからカロリー消費できちゃうんだろうな。羨ましい ことこの上ない。

「んー!お腹いっぱい!」
「また安くされてしまったが、本当にいいのだろうか」
「大丈夫でしょ。喜んで貰えて良かったね」

お礼の意味が無くなるのではと気にかけているので笑いかけると、ヒュンケルが不意に足を止めてこちらをじっと見つめた。

「……すごいな。は」
「んー?」
「オレは、言葉で感謝を伝えるだけだと思っていた。いつもああして何かを贈るのか?」
「あー……」

ヒュンケルがこういった事にあまり気が回らないのは知っていた。ロンさんに武器の修復をお願いする時だって手土産の一つも無かったんだか ら、あの時だって私がロンさんを酒で宥めたんだし。けれどあの時は、私が取った行動の意味を今一つ理解していない感じだった。でも今は違 う。ちゃんと、贈り物をしてお礼をするという行動に対して、その意味を理解しようとしている。

「うん、お世話になった人には。父親が商売してたから、私も覚えちゃったんだ」
「……!そうか、のお父上は料理人だったな」
「ん」

料理人で小さなレストランを切り盛りしていた父は、仕入れ先や常連客を大切にしている人だった。店の手伝いを時々やっていた私は、そんな 父が大切にしたい人に何かして貰った時は、必ずお礼を返していたのを覚えている。

それらは全て、今後も付き合いを続けたいという意思表示であり、何よりその相手を気にかけているという大きなメッセージが込められてい た。その意味を高校の頃に聞かされて、情けは人の為ならずという言葉の意味を知った。相手を気にかけていると伝えることで縁が強くなり、 その縁でいつか相手にしたことが自分にも返ってくるんだ。

「ただお礼を言うよりも記憶に残りやすいじゃない?せっかくこの町で暮らすんだから、できた縁を大事にしたいもの」

人の縁を大事にしなさい。
それは父が私に教えてくれた、社会を生きる上で大切な処世術の一つだ。そして、きっとヒュンケルがこれからを生きる上でも、必ず必要とさ れる人との付き合い方でもある。私は、個人的な我儘だけれど、彼にも少しずつ、出来た縁を大事にできる人になってほしいと思う。もちろん 彼がそうなるには時間がかかるだろうから、それまではしっかり私がサポートするつもりでいる。

ヒュンケルは私の説明を受けて、そうだな、頷いた。

「――さ、次はアバンさんの所だね。あとはメルルちゃんと、あ、マァムにも会いに行かなきゃ!あの子にまだ報告してないし」
「ああ」
「アバンさんの手土産は一緒に選ぼうね」
「……資金は大丈夫なのか?」
「んー?明日鉱石採って売りに行けばどうにかなるでしょ」
「鉱石だけで足りるとは思えないんだが」
「ふふん。私、実は宝石を高確率で掘り当てるんだよ」
「それは……すごい運だな」

苦笑した恋人の顔がどうにも可愛らしく見えて、堪らない気分で腕を絡めて身を寄せた。なんだか無性にこの腕に抱きつきたくなってしまっ た。

「明日はいっぱい石採るから荷物持ちよろしくね。力持ちのダーリン!」

腕に抱きついてきた私を優しく受け止めて、ヒュンケルは満ち足りた様子で微笑むと、愛しのアパートに向かって再び足を進めた。狭い新居が 私達の帰りを待っている。



Gift




処世術の在り方を学ぶ21歳元・戦士。教えればちゃんとやれると思うんだよ兄さんは。

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