皆に近況報告を終えて3カ月後、ポップから久しぶり仲間達で集まろうと連絡がきた。場所はデルムリン島。ロモスからパプニカ行きの船に 乗った時に立ち寄った事があるから、ヒュンケルを連れてルーラで移動。 昼過ぎから集まって準備しながらワイワイやろうってことらしい。食材はポップとマァムがダイと一緒に運んでおいてくれるから、あとは海で 獲れたものを適当に使えと。誰が料理するかって、当然、私だ。 参加するのはダイ・ポップ・マァム・レオナ(公務どうした!)・メルルちゃん、ラーハルト、そしてヒュンケルと私、デルムリン島の面々。 アバンさんは忙しくて来られないそうだ。多分フローラ様がしっかり監視しているんだろう。 調理場はダイが昔住んでいた家のものを借りるので、ブラスさんが鍋やらを準備してくれている。デザートも作りたいから、甘い果物をいくつ か採ってくるようにダイに頼んだところ、目を輝かせてポップと一緒にジャングルにすっ飛んで行った。うん、ダイは正しく可愛いな。どっか の剣士や槍使いだのとは違って本当に素直だ。 マァムとメルルちゃんは調理場の片付けの手伝いをしている。あんまり人が多くても動きにくいから、調理できるようになるまではのんびりす ることにした。後で働くからいいよね。 デルムリン島のビーチは広くて、白い砂浜がずっと続いている。こんな綺麗な場所で育ったら、そりゃ純粋な良い子に育つってもんだ。潮風が 気持ちいい。男連中から少し離れて浜辺に座って海を眺めていたら、誰かが近づいてきた。 「一人でフラフラするな」 「……ラーハルト……」 ヒュンケルとの事を報告に行ってからは手紙のやり取りはしていない。彼からも手紙が届くことはなくなった。友人同士に戻るためのけじめと して、暗黙の了解のようにそうなってしまった。縁を切りたいのではなくて、続けたいからだ。海に視線を戻して、無言で隣に立った友人に話 しかける。 「私ね。あんたに話したこと、全部ヒュンケルにも話した」 「……で?」 「それだけ」 「そうか」 言葉は少ないし反応も冷たいけど、彼とはこの感じが心地いい。お互いに踏み出しすぎた足を引いて、もう一度友人の線を引くんだ。彼にそれ が出来なくたって、少なくとも私は、そうしなければいけない。ヒュンケルと生きていくと決めた以上、私と彼の線が交わることは二度とあっ てはならない。だけどだからって親愛の情を消し去るのは違う。 立ち上がって視線を合わせて、友人として言葉を伝える。 「感謝してる。あの時の私は潰れかけてた。助けてくれて、ありがとう」 「助ける目的で尋ねたつもりはない」 「でもいいの」 「……ふん」 ラーハルトは不機嫌そうに鼻を鳴らして見せたもののその瞳は穏やかで、向けられる視線には、友情以上のものが、まだ確かに存在している。 だけど私にはそれを拾い上げる手は残っていない。私は今、たった一人を愛するだけで手一杯だから。肩を竦めて見ない振りをして、再び海に 視線を戻せば、浜辺からヒュンケルが近づいてきた。 「どしたの?ヒュンケル」 「いや……」 ヒュンケルはさりげなく私の方に近づくと、ラーハルトを警戒するような何とも言えない表情で見ている。互いに気持ちが通じ合っているとは いえ、自分の恋人が堂々と恋の鞘当をしてきた男と仲良さそうに話しているのは流石に焦るらしい。それにラーハルトがどこまで接近してきた のか、まだ具体的に話していない。 ワオ、どうしようこの状況、と思いながら切り抜ける方法を模索していると、ラーハルトがとんでもない爆弾を落としてくれた。 「……3回“した”な」 「!!?」 「バッ、バカ何言ってんの!?」 意地悪そうな笑みを浮かべた友人が告げた言葉にヒュンケルの表情が変わる。ヒュンケルが反射的にこちらを見たので、慌てて両手を胸の前で ぶんぶん振った。 「…… 、まさか……!」 「待って待って、“した”ってそういう意味じゃないよ!?関係を持ってはいないから!絶対!!」 「ならば何をっ……!?」 「いや、それはだから、」 「言ってやれ。キスしましたと」 「わーーーー!?」 「なっ!?」 ぶっ放された爆弾発言に、近くにいたヒムとクロコダインもぎょっとしてこちらを見た。 えええ嘘でしょこの人、普通言う?言うかここで。それを言っちゃうか。 「さっされたの!ホントなの、不本意、ホントだってば!」 「最後の一回は合意だ」 「あれで終わりって言ったのそっちでしょ!?私はしたら二度と二人っきりで会わないって言った!」 「据え膳食わん男がいるか」 「振られたくせにっ」 「振られてやったのだ。有難く思うんだな」 ヒートアップする私とラーハルトのやり取りを見て、ヒュンケルが踵を返して海の方に歩いていった。あれは、明らかに機嫌を損ねた。最悪 だ。もうちょっと言うタイミングをさ。気を付けてほしいんですけど、本当に。 「ああーもう、余計なこと言うから……!」 「フン。この程度イイ薬だ」 「別れるとか言い出したらあんたの所為だからね」 「願ってもないな。そうなったら貰ってやる」 「口開けてる男に落ちてやるほど優しくないです」 「ちっ……可愛気のない」 「しおらしくするのは飽きちゃって」 私たちのやり取りを目にしてヒムとクロコダインは顔を見合わせた。おいおいちょっと待て今キスしたって言ったよな?と言わんばかりの顔 だ。ええそうです、実は三角関係だったんですーなんて言うつもり無かったのに! 「え、なに、お前ら、え?」 「ラーハルト……まさかっ……!」 「愚図愚図しているヤツが悪い」 「うわバレた……。クロコダイン、あとで説明するから、あんまり大きな声で言わないでね」 ざわ…!ってなったクロコダインとヒムを置いて、とにかくヒュンケルのフォローに走る。よくよく考えるとフリーだった私がヒュンケルと付 き合う前に誰とキスしようがぶっちゃけ怒られる筋合いはないんだけど、拗ねてる相手にソレを言ったら火に油を注ぐだけだ。謝ろう。嫌な思 いさせたのは事実だし。 「ヒュンケル!待ってよ、ねえ!」 波打ち際を歩いていくヒュンケルを追いかける。砂の上では走りにくいので、飛翔呪文で飛んで追いついて、服の裾を掴んで引っ張った。 「!」 「ごめん!ねえ、ごめんってば、怒らないで」 足を止めたヒュンケルは、あからさまにぶすくれている。 「……怒ってはいない。驚いただけだ」 「うそ。怒ってるよ声が」 「怒ってない」 「……2回は不本意だもん」 「3回目は本意だったのか」 「……最後にするって言われたから。その場の空気で、つい」 「その場の……?」 「っ……私だって、すごく辛くて寂しくて苦しくて、潰れかけてて……そんな時に優しくされたからさ……」 これは本当だ。だって本当に、二度とヒュンケルに会えない覚悟でいて、けれどラーハルトを好きにもなれなくて苦しくて胸が痛かった。あの 時、キスしたら二度と二人きりで会わないと言ったのに、それでも最後のキスを求められて、拒む気力が私には無かった。キスで関係に終止符 を打てるなら構わないと思ってしまった。 だけど当然、恋人に聞かれて嬉しい話じゃない。誤解されるような関係じゃないことはわかっていても、余計な不安を掻き立てるようなことは したくない。 それをラーハルトめ。意趣返しって言えばそうなんだろうけど性質が悪い。 決めた、あいつのデザートだけ激辛にしてやろ。 今日の料理の決定権が私にあることを忘れないでいただきたい。 作る予定のトロピカルフルーツアイス、あいつの分だけタバスコぶち込んでやる。 「ごめん。本当にごめんね」 「……」 「でもね、もう何でもないから。ラーハルトとは絶対に友人以上の関係にはならない。私が一番愛してるのはヒュンケルだけだよ」 「……わかっている」 波打ち際で向き合ってもう一度謝罪の言葉を口にすると、ヒュンケルが手を伸ばして私の髪を撫でた。 「 の恋人になったのは、オレだ」 「うん」 「だから、」 太陽が傾いて、空と海をオレンジに染め上げていく。 波の音を聞きながら恋人の言葉をじっと待つ。 「……お前の隣は、オレが守「 さーーーーん!料理の準備できたってーーー!」……………」 神懸ったタイミングの悪さに絶句していると、更に図ったように波が音を立てた。 「……ぷふっ、ぶっ、……!!」 「…………………………………笑わないでくれ……!」 「だってなんか、ぷっははっ!ま、前もこんな事、あ、だめツボった、ふはっ、はは、」 ダメだ。ロマンチックな雰囲気が吹き飛んだ。果物取りに行ってたのに戻ってきたのか、早いなーあの子。 ベンガーナでもこんなことあったよね。 「 さーーん!!鍋温まってるよーーー!!」 「あーもう、はいはーい!今行くーー!」 答えた直後にポップがダイに空気読めとか何とか言っているのが聞こえたけれど、今から仕切り直しってのもなんだし、ヒュンケルの言いたい ことは伝わった。愛の言葉は後でゆっくり聞かせてもらうことにして、まずは料理をしないとと思い足を向けようとした時、手首を掴まれて。 夕焼けと打ち寄せる波を背にして、唇が深く重なった。 「!……ん……っは、なに、いきなりっ、」 「あと2回、」 「んむ……!?っねえ、皆が見て」 「あと1回」 「……っ、……ちょっと!」 「これでいい」 「なにが!?」 遠くで誰かが驚いたような声が聞こえる。浜辺なんて完全にオープンスペースなんだから皆に見られているのに、ヒュンケルはキスを止めな かった。前触れもなく3回も、それも年下の仲間がいる前で深めのキスをやられて戸惑いながら反論したら、銀髪の 戦士はかつての自信たっぷ りの表情で微笑み、告げた。 「奪われた3回分を取り返した。完全にオレのだ」 オレのって、そんな子供みたいな、独占欲剥き出しな。やだドキドキしちゃう。 突然の胸キュンな台詞についうっかりときめいて固まっていると、私の手を引いてヒュンケルが砂浜を歩き出した。 「行こう。お前の手料理を皆が待っている」 「……天然レディキラーめ」 冷やかされるのを覚悟で、手を繋いで皆の元に歩いていく。赤くなった顔は夕焼けで分からないだろう。 機嫌を直した恋人が大好きなメニューを沢山作って、楽しい宴会にしようじゃないか。 約一名、最後に地獄に落としてやるけど! 〜数時間後〜 「うっ!?」 「んあ?どうしたよラーハルト」 「何か入っていたのか?」 「…… 、お前……!」 「あっれー?ごめーんあんたの分だけフルーツソースと間違えてタバスコ入れちゃったかも〜」 「こ、この女、」 「いやーごめんねー?悪いけど残ったアイスで口直ししといてー」 「覚えていろ……!」 「んー?…ふふ、なんか言った?」 「く…!!」 「ヒュンケル……お前の姐さんすげえな……」 「オレは何も見えん」 Womanizer(Only for you)
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