ロモスでの戦いの後、私達はパプニカまでは船の上で数日過ごすことになった。
甲板に出ると潮風が気持ちいい。
空は晴れていて、海と空の青がとても爽やかだ。
のんびり空を眺めていたら、甲板で椅子に腰掛けて日向ぼっこしていたさんが私を呼んだ。
「マァム。ちょっと時間ある?」
「ええ。なあに、さん」
「それじゃあこっち来て」
ぽんぽんと隣の椅子を軽く叩いて私を座らせると、さんはにっこり笑った。
綺麗な肌に、つやつやの髪。船室では寝る前に爪を磨いて、柔軟をやって、温かいタオルで体を拭き、肌と髪に良い匂いのする香油を塗っていた。自分に手をかけることを惜しまないから綺麗なんだろう。
きっと男性にすごくモテるんだと思う。
「手ぇ出して」
「?」
反射的に出した私の手の甲に、さんの長くて細い指が白い軟膏のようなものを塗った。
「これは…」
「指先が荒れてたから」
さんは話しながら温かくて柔らかい指先で軟膏を私の手全体に伸ばしていく。女の人の優しい手だ。指先なんて気にしたことがなかった。言われてみれば確かに、さんの手はいつもスベスベだ。
「ホイミって肌がスベスベになるわけじゃないでしょ?乾燥したらケアしてあげなきゃ」
「あ…すごくいい匂い…!」
リンゴの爽やかな香りと木苺のような甘酸っぱい香りが混ざっていて、嗅ぐだけで元気が出てきそう。
指先なんて乾燥してヒビ割れたらホイミで治すだけだった。こんな風に良い匂いのする軟膏で保護しようなんて考えたこと無かった。ネイル村にはそもそも若い女の人が少ないから、薄荷以外の香りの軟膏を見たのも初めてだ。
「気に入った?じゃあそれあげる」
「えっ!そんなの悪いわ」
「いいの。可愛い女の子には可愛くいて欲しい主義なんだ。私のは違う香りのクリームがあるし」
瓶に詰められた軟膏を見せてウインクして微笑む様子が大人っぽい。
どうしてこの人は、こんなにも女性らしいんだろう。
「あの…さんって、どうしていつもキレイでいようとするの?」
私の問いに、彼女はゆったり微笑んで答えた。
「女なら誰だってキレイでいたいものじゃない?」
それは、そうかもしれない。でもさんみたいに美を磨き続ける事は同じ女の私でも出来ない。
「踊り子さんって皆そうなのかしら」
「んん…どうかなー。ただ自分の体で美を表現する仕事だから、いかにポーズが美しく見えるかって部分はすごく気を遣ってるし、私の知り合いもそんな人が多かったと思う。もちろんただの趣味でやってる人も居たけど」
なるほど。踊り子さんは肌を出して踊ったりもするから、綺麗で居る努力をしていなければいけないんだわ。私が
納得していたら、さんはでも、と言葉を続けた。
「あとは自分が楽しいから。女を楽しめるうちにやらなきゃ損でしょ」
「それは…男の人の目を引くため…?」
「んー。それもあるけど、私の場合は自己満足。キレイでいる努力をしてると何でも出来る気がして、気持ちに余裕が生まれるもの」
「余裕…」
「他の人はどうかわかんないけどね」
さんは悪戯っぽく笑って私の手に軟膏の入った小瓶を握らせてくれた。
「魔王軍やっつけたら買い物に行こうよ。一緒に可愛い服探しに」
「か、可愛い服なんて、私には似合わないわ」
「だーめ。マァムは可愛いんだから可愛いカッコしなきゃ。服選ぶの得意だから任せてよ、ね?」
「もう…」
私にお姉さんがいたらこんな感じだろうか。
お洒落を教えてもらったり、買い物に行ったり。
普通の女の子みたいな事ができるんだろうか。
今は魔王軍との戦いに集中しなければいけないけど、いつかこの戦いが終わったら、もっと色んな話を聞かせてほしい。
女の人にしかできないような、きらきらした話。今まで全然興味が無かったのに、さんの傍にいたらなんだかすごく興味が出て来たから。
「さん」
「んー?」
「お買い物…とても楽しみにしてるわ」
答えを聞いたさんは、柔らかい笑みを浮かべて頷いた。