久方ぶりに炉の前に腰を下ろしたロン・ベルクは、煌々と赤く燃える炭を見つめていた。今日はなんとなく槌を振るいたい気分になったの
である。作るのは武器ではなく装具だが、なにもしないよりは幾分かマシだ。
熱した金属が少しずつ赤く光るのをなんとなしに眺めていたロン・ベルクの背後から、食料の買い出しから帰ってきた
がひょっこりと顔を出した。
「あれ?ロンさん、何か作ってるんですか?」
普段滅多に鍛冶の仕事をしないため、これは珍しいと言わんばかりの声である。
は両腕に抱えた食材をテーブルに下ろして、炉の前に座るロン・ベルクを覗き込んだ。
「金の腕輪だ」
「えっ、じゃあこれ全部金なの!?」
声に疎ましさを含ませて答えたロン・ベルクとは対照的に、
はパッと顔を輝かせた。
彼女の宝飾品に対する価値観は一般的な女性のそれである。金の腕輪、イコールキラキラしたアクセサリー、というイメージを持ってい
る。金、という部分にわかりやすく反応した弟子に、ロン・ベルクは淡々と答えた。
「そう、純金だ。合金にすると黄金色が落ちる」
「へえ……!ねえねえ、どんなデザインにするんですか?」
「特に決めとらん。ちょうどいい量がガラクタの中から出てきたんで作るだけだ」
「えー。せっかく作るなら可愛いのにしたらいいのに」
ロン・ベルクは年頃の娘らしいことを口走った弟子に、面倒なことを言うなと視線を走らせて、ふと彼女の耳元に目を留めた。
「……お前、その耳飾りはどうした」
今朝家を出ていく時までは何もつけていなかった弟子の耳元に、見た事のないオレンジの石のついたピアスが揺れている。派手すぎるわけ
でもないのに不思議と目に留まったために、鍛冶屋の勘が冴えた。
「ああ、これ。実は今日ランカークスにガラクタ屋さんが来てまして。可愛いのにお手頃な値段で出してたから、つい」
耳元を弄りながら、いいでしょ?と得意げな弟子に呆れる素振りだけを返して、ロン・ベルクは再び炉に視線を戻した。
「……変わったもんを引き当てたもんだ」
「え?」
武器を作って数百年以上の鍛冶屋の眼は、弟子の耳元で光るオレンジの石がただの宝石ではないことをすぐに見破った。彼女の耳に揺れる
ピアスを彩るのは、命の石と呼ばれる特殊な材料だ。
万一彼女の身に死の危険が迫った場合には、このピアスが彼女の代わりに砕け散る、謂わば身代わり道具である。ガラクタの中に埋もれて
いたとはいえ、紛れもなく逸品だ。おおかた、碌に価値も知らない人間が貴重な品だと知らずに質に入れたのだろう。
暴かれた事実をすんなり彼女に伝える事はせず、ロン・ベルクは石の正体は胸の内に留めることにした。
理由は一つ、彼女を生かすためである。
死んでも次があると思わせては生き抜けない。
生き返れると高を括っているようでは強くなれない。
普通の人間と同じように、一度死んだら終わりと思ったままならば、酷い無茶はしない。鬼だの慈悲がないだのと弟子は文句を垂れてはい
るが、彼とて親しい人間が死ぬ事について無関心ではないし、況してやそれが曲がりなりにも手をかけてやっている弟子であれば、少なく
とも死なせたいとは思わない。
「ロンさん、今のどういう意味?」
「安物をつかまされたと言ったのさ」
「んなっ」
安物というのは嘘だ。彼女がピアスを気に入っていることを知った上で言った。これで我の強い弟子は意固地になってピアスを使い続ける
だろう。守りにすればいい。
「ハイハイどうせ安物ですー。お気に入りなんだから良いじゃない」
つんと拗ねて厨房に足を向けた
は、自分の行動が師の思う通りになっているとも知らず、背後でしたり顔の彼にも気付かない。
しばらく経って、ピアスの片方は彼女の元を離れて半魔の男の手によって拾い上げられ、彼の死と同時に再び彼女の元に還った。しかし時
を同じくして、能天気に笑っていた弟子は何かを決意したようにより厳しい修行を求めるようになった。自分を追い詰めるかのようにがむ
しゃらに働く弟子の様子だに気づいてはいたが、ロン・ベルクはあえて何も言わなかった。
武器に恥じない強さが欲しい。
戦いを生業としているわけでも、戦う事を運命づけられた訳でもないはずの弟子は、瞳に強い意志の炎を灯していた。
それはロン・ベルクという男が好きな部類の、自身を磨き上げるために前に進もうとする者の眼だった。
三カ月後、衝撃と共に冷たい海の中に投げ出された彼女を救うためにオレンジの石は砕け散った。
持ち主に命の温もりと、歪んだ金の細工のみを残して。
死の大地から一時的に帰還した彼女が残念そうに取り出したピアスを目にして、ロン・ベルクは彼女が生きることを諦めなかったのだと
知った。
「それで、
さんはこの話をご存じなんですか?」
新たな鍛冶の弟子――ノヴァは言いつけられた鉱石の仕分けをしながら、上物の酒が手に入って機嫌が良い師が訥々と語った話を聞き、尋
ね返した。
「ハ。絶対に教えてなどやらん」
「どうして……」
「いいか小僧」
不思議そうに首を傾げたノヴァをじろりと見て、ロン・ベルクは彼の問いかけを鼻で笑い飛ばした。
「俺はあいつが死にかけた事やら気に入った耳飾りが壊れた事なんぞに興味はない」
「はあ」
弟子が死にかけた事までどうでもいいって、それはそれでどうなんだろう、とも思ったが、ノヴァは大人しく話を聞いた。どうせそこを指
摘したとて、捻くれた頑固者の師が弟子を大切にしていることなど認めるわけがないのだ。師は嫌そうに顔を顰めて話を続ける。
「だがな、真相を話せばあいつは間違いなく調子に乗る」
「調子に……」
師の言葉を受けて、ノヴァは脳内で姉弟子(?)である
の言動をシミュレートしてみた。
『さっすが私!意外に目利きだったりしてー?』
うん、こんなカンジだな、あの人。
驚くほど簡単に想像できて、ノヴァは師の言わんとするところがわかった。
「……容易に想像できました」
「だから嫌なのさ。お前も話すなよ」
今は姉弟子としての役割はほとんどなく、元居候としてちょくちょく顔を出しに来るだけの彼女が、勇者の仲間達の中で一番常識人に見え
てなかなか御しがたい厄介なタイプであることをノヴァはよく理解している。
つまるところ図太すぎるのだ、神経が。彼女は常識を有してはいるが、常識を容易に破る神経も十分にある。
でなければ大戦中に爆弾処理なんて成し得ない。
踊り子として忙しい日々を送る姉弟子が次回来た時、次こそはせめて師匠の酒を勝手に使わないように言い含めよう、とささやかな決意を
胸に秘め、ノヴァは残った鉱石の仕分けを再開した。
輝ける石(或いは意志)
「っくしっ!」
「やだ
ったら、風邪?」
「んん……誰か噂してんのかなー」
久しぶりのオフに恋人を放って友人のマリンとガールズトーク中の
は、弟弟子であるノヴァに“神経が図太すぎる女性”認定を受けたことなど露知らず、ハーブティーを優雅に啜るのであった。
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