クリスマスが過ぎて、新年も明けた。
拳王軍に来て、既に半年は経っている。
冬は更に寒さを増して、最近ではデスクワークばかりで外に出る仕事などクリスマス前よりも更に減った。
時折討伐に出て行くリュウガに同情の目を向けたりしているうちに、気がついたら暦は2月。

「そういえば、バレンタインって皆さん何かしら計画を立てていらっしゃるんですか?」

自室で食事を取りながら、は中年の女官の一人に尋ねた。
尋ねられた女官はというと、さぁ、と首を傾げている。

「私は特に何も…若い子達はなんだかんだで上手くチョコレートを手に入れようとしてるみたいですけれど。あまり状況は芳しくないらしいですわよ」
「…まぁ、チョコなんて嗜好品、手に入る方が珍しいですもんねぇ」

今の世のことを考えると、バレンタインにチョコなんてものを手に入れられる人間は極僅かだ。
相当恵まれている者か、運の良い者達だけが手に入れられる。
そして恵まれた者はバレンタインだなんだといってそれを使い、運が良かっただけの者は貴重だからと言って大切に
するだろう。
どちらにせよバレンタインを祝う余裕など、クリスマス以上に無いのが現実である。

様はリュウガ様にはお渡しされないのですか?」

含み笑いをした女官がに尋ねた。
その問いに、は少し焦った様子でもごもごと答えた。

「え、いやその、というか手に入らないでしょうから…」
「それはそうかもしれませんわねぇ…」
「というか、こっちのバレンタインも男性から女性に贈り物をするんですね」
「あら、様がいらっしゃったところでは違うんですか?」
「ええ、まぁ…」

へろりと笑って、は改めてこの世界とあちらの世界の日本の常識を再確認した。
忘れられがちだが、彼女は元々欧米での暮らしの方が長いのである。
日本語も日本人と同じように話せるし、高校も日本に通った。
しかし、生まれて一番長く日本に留まったのが高校一年からこちらに来るまでの間というほど、の母親は彼女を様
々なところで教育したのだ。
おかげでバレンタインは男から女に、という西洋様式の方が、にはしっくり来る。

「何かあげたほうが良いのかなぁ…」
「余裕があったら、でよろしいでしょう。リュウガ様もきっとお分かりになってくださいますよ」
「そうですね。ありがとうございます」

洗濯籠を抱えて部屋を出て行った女官を見送ると、はベッドに転がった。
チョコレート。
まず無理だ。
というか、貴重な食料を娯楽でそう簡単に消費できるはずが無い。

「んー…それ以前にリュウガさん甘いのムリそうだし…」

おまけにリュウガは心身ともに大人だ。
あまり子供っぽいものだと喜ばれないかもしれない。

「うーん」

ワインはどうだろうか。
兵の緊急用の食料に回されるチョコレートよりは、まだ城の倉庫あたりにあるかもしれない。
ワインならリュウガの好みはある程度知っているし、好きな銘柄があればある程度探すことも出来る。

「むむむ…」

(でもちょっと芸が無いかも…)

「…お酒系…お酒でいいのないかなぁ…」

酒ならば日常生活での必需品というわけではないから、まだ手に入るかもしれない。
カロリーが多く食料に出来るチョコレートよりも、実用性が無い嗜好品だ。
良いものがあるかもしれない。
ベッドをごろごろと転がりながら、ぶつぶつ一人で呟いている姿は見ようによっては面白いがなかなか怪しい。
何度目かの怪しい行動のあと、はあ、と声を上げた。

「そーだ!…や、でも、無いかなぁ…無いよねぇ…うん…」

何かを思いつき元気よく飛び起きて、再びベッドに逆戻りしたは、それからしばらくうんうん唸ってからもう一度起き上がった。
ここで考えているよりは実際に自分で確認した方が早い。
そう考えて、はとりあえず上着を数枚重ね着してからてくてくと部屋を出て行った。





「…なんだその頭は」
「あ、あは、あははー…おかえりなさいリュウガさん…」

討伐に出ていたリュウガが帰還後報告を済ませて自室で一番最初に見たものは、頭を蜘蛛の巣だらけにして埃っぽくなった若き恋人であった。

「出迎えくらいはもう少しましな格好でしろ。全く…」
「うぅ、すいません…」

の眉が申し訳なさそうに八の字になったのを見て、リュウガは苦笑するとの肩を軽く叩いた。

「…まあいい。とりあえず部屋でシャワーを浴びて来い。俺も埃を落とす」
「はいっ」

すぐに笑顔になったは、あっという間に自室に向かった。
そして数十分後、頭についた蜘蛛の巣を綺麗に洗い流して埃を落としたは、自分を蜘蛛の巣まみれにした原因を抱
えてリュウガの部屋に戻った。
リュウガの部屋に入ると、同様シャワーを終えたリュウガが髪に残った水気をタオルで拭いているところだった。

「リュウガさんっ!改めておかえりなさいです!」
「ああ」

妙に機嫌の良いの様子に、リュウガは何かいいことでもあったのかと適当に当たりをつけて流すと、に近づくとしっとりと濡れた彼女の髪をじろじろと見た。

「蜘蛛の巣はちゃんと取れているのだろうな」
「とっ取れてますよぅ!ちゃんと洗ったんですからぁぁ!」

ぷんすかと頬を膨らましたの反応を楽しみ、リュウガは口を尖らせたの頭をぽんぽんと撫で、微笑んで囁いた。

「冗談だ。綺麗になったな」
「えっ…」
「衛生的な意味でだが」
「むきー!!」

そっちかー!と怒るをいつものことと軽くあしらい、リュウガはふとの両手が後ろに回っているのに気づいた。

「…
「大体一日二日で美人になるわけ…ってハイ?」
「背中のものは何だ」
「あ、」

リュウガに指摘されたは、ああそうそう、とあっという間に先ほどまで怒っていた顔を笑顔に戻した。
単純である。
滅多なことが無ければすぐに怒りを忘れるところは、むしろ脳ミソ筋肉のゴツイ兵とそう変わらない気がしないでも
ない。
あまり嬉しくない恋人(頭脳派のはず)とゴツイ野郎共(脳ミソ筋肉)の共通点に気づいてしまい微々たる頭痛を
感じたリュウガだが、それは次のの行動ですぐに消えた。

「はい!はっぴーばれんたいーん!」

背中からずいっとリュウガに差し出されたのは、小さな酒のボトルである。

「…?何だこれは」
「だから、バレンタインのプレゼントです!」

はい、と手渡されたボトルを受け取り、リュウガはバレンタイン、という言葉を繰り返した。

「ああ…そういえば妹が昔、菓子を作って配っていたな」

リュウガがバレンタインを思い出し終えると、が尋ねた。

「リュウガさん、甘いのの方が好きでした?」
「いや、むしろ苦手な方だが…これは何の酒だ?」
「ブラックチョコレートのリキュールです。甘くないのが見つかって安心しました。倉庫になんか
無いかなって思ってたから…」

ほっと胸を撫で下ろした恋人を見て、リュウガは理解した。
そう、が蜘蛛の巣だらけになったのはこれを倉庫で探していたからなのだ。

モーツァルトのチョコレートリキュール――それもビターを探して、は暇な時間を見つけては、リュウガが帰ってくるまで城の倉庫の酒蔵で一生懸命酒を漁っていた。
海外に居た頃に一度ドイツ人の友人の父親に飲まされたきりだったが、あれならリュウガでも飲めるのではないかと思いついたのだ。
カカオのリキュールは特殊なので見つからないかとも思ったが、リュウガが帰還した丁度その頃、ようやくそのミニ
ボトルを見つけたのである。
蜘蛛の巣まみれになってしまったものの、出迎えくらいは待たせずに行きたいと思って、慌てて自室にボトルだけを
置いてリュウガの部屋に向かったので、結果、蜘蛛の巣まみれの悲惨な姿でリュウガを迎えることのなったのだ。

「なるほど、それで蜘蛛の巣がついていたのか…」
「シャワーを浴びてる時間が無くて。見苦しい格好で出迎えちゃってごめんなさい」
「いや…」

照れ笑いするに先ほどとは違った笑みを浮かべて、リュウガは手の中のボトルを見た。
こんな小さなボトルをあの暗い酒蔵で探し続けてくれたのかと思うと、堪らない気持ちになった。
はリュウガをそわそわと見つめている。
喜んでもらえたかどうか心配のようだ。

「あの、開けてみたりは…」
「そうだな。頂こう」

そろりそろりと試してみるよう促したの言葉に頷き、リュウガはボトルを開けた。
開けた瞬間、少し渋めのカカオの香りがふんわりと漂う。

「ストレートでいいのか?」
「あ、はい、多分」
「ほう…」

グラスに注いで一口飲むと、一般のチョコレートより少し苦味のある味が口内に広がった。
甘ったるいチョコレートとは違った、ブラックチョコレート風味のリキュールだ。
リュウガも飲める程度の甘さで、なかなか良いチョイスだといえる。

「どう…ですか?」

心配そうに顔を覗き込んだに、リュウガはグラスを差し出した。

「悪くない。飲んでみろ」
「え、でも私あの、まだ未成年ですしっ、お酒は弱くてっ」
「ほう?それは良い事を聞いたな」
「げ!」

つい自分で弱点を晒してしまって慌てたが口を塞ごうとしたところをリュウガは素早く阻んだ。
そしてグラスの中身を口に含み、抱き込んだに口付けて直接飲ませる。
口の中に流し込まれたアルコールに、は当然くぐもった声を出して抵抗した。
しかし、鍛えた男とひょろひょろの女では力の差がありすぎる。
抵抗も空しくの喉がごくりと鳴り、ついでにとばかりに口内を弄られて、は涙目で真っ赤になってリュウガを睨
んだ。

「なっ、何するんですかイキナリ、」
「悪くないだろう。口当たりも香りも甘すぎず」
「そういうことじゃなくて…ううぅぅー!」

にとっては十分に度数の高いリキュールは、すぐに酒に慣れていない彼女の身体を火照らせ始めた。
それを満足そうに見つめたリュウガに抱きしめられると、降参したらしいは力を抜いた。

徐々に身体が熱くなってきている。
この熱がどちらのものかわからなくなるのは近い。

「…えっち」

抱きしめた身体をそのまま抱き上げると、リュウガは顔を隠すように肩口に顔を埋めたに囁いた。
こういうシチュエーションでの、とっておきの声で。



「…酔わせてやる。お前の奥から隅々までを…」






バレンタインだからギザ甘くしちまえ!!と気合い入れたら甘さを軽く通り越してエロスになりました
何コレ!?何お前月見里ババババッカじゃねえの、ヤヴァイ、ヤヴァイよ月見里このミミズ野郎ー!!
ハァ、ハァ…超楽しかった興奮した(←人として終わってる)

チョコレートリキュールはゴディバとモーツァルトしか知りませんが、(しかも飲んだことは無い)
他にも出してるとこあるのかね…一度飲んでみたいお酒です。
あっでも未成年の方はお酒はダメですよ!ヒロインは飲まされたけど!

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