ミッ●ョン・イン●ッシブルばりに突っ込んだら、見知らぬ男の人が服を着替えていた。



ぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴ、

「う、うるさい…」

耳元で響く騒音を無理やり聞かなかったことにして、布団を身体に巻きつけて目覚ましを無視していると、母が下の階から彼女を呼んだ。
いつものけたたましい朝の始まりだ。

!!目覚まし鳴ってるよ!早く降りてこないとお弁当ナシにするからね!」
「んー」
「遅刻するわよ!」
「んー…」

そう言われても今は春だから眠い。
春眠暁を覚えず。
布団の魔力には勝てないのである。
というわけで、これは私の所為じゃありません、と自分にだけ都合のいい結論を出してもう一眠りした娘――という――は次に目を覚まして手に取った目覚ましを見て、気分的に目玉がびょーんと飛び出した感じになった。

8時15分。
…HRが8時半からだから、えーっと…

「ぎゃあああああああああ!!!ちっ、遅刻するぅぅ!!!」

ベッドから飛び起きて着地し損ねて小指を捻り、アウチ!ともんどりうって、1分で制服に着替えると2分で顔を洗って歯を磨き、髪の毛を適当に整えた。
鳥の巣のような寝癖があるが今はそんなことはどうでもいい。
今度遅刻したら1年の生徒用トイレ掃除一週間プレゼントだ☆と担任に宣告されたばかりなのだ。
色々あって通う必要はあまり無い高校だが、トイレ掃除は嫌である。
クサイし汚いし、何よりかっこ悪い。
寝癖もかっこわるいのだが、それはそれ、これはこれ。

家を飛び出してマイチャリ・湘南ミラクル号に跨って、競輪選手になれるんじゃないかなと思えるほどの猛スピードでチャリを漕ぎまくると、
スカートが一秒間15パンチラくらいの勢いでバッサバサと風に靡いた。
年頃の女子高生にあるまじき状態になっているのは彼女とて理解しているが、そんなことに構っている暇はない。
一週間トイレ女になるよりも、この数分間だけのパンチラ女のほうがずっとマシだ。
見ちゃった人は気の毒だけれど。

学校に着いたら5分で教室まで走れば何とか間に合うはず、といつも通っている急カーブを勢い良く曲がったそのときだった。

クラクションの音がして、ははっと顔を上げた。
目の前には、速度を落としていないトラックが真っ直ぐ自分の方に向かって走ってきていて、



「あ、」




スピードの出た自転車を止めるヒマもなく、そのままトラックを避けきれずに、







―――ああ、事故に遭うんだなぁ。


と頭のどこかで冷静にそんなことを考えて―――、










ガッシャ―――ン!!!!


「ぎゃふん!」



ガラスが割れる音がして、は自転車から放り出されて負け犬みたいな声を出した。
同時に前のめりになってそのまま額をがん、と地面にぶつけて、はしばらくぴくぴくと痛みに震えると、強かに打ちつけたおでこを押さえて身体を起こした。

随分と強く突っ込んだのだが、どうやら怪我は酷くないらしい。

「痛ぁ…あ、良かったでも生きてる…!」

体中見渡して、何処も大きな怪我が無いのを自分で確認して、は自転車を起こそうと顔を上げて文字通り思考回路がショートした。

「………………………へ?」

気の抜けた情けない表情で固まる彼女の目の前では、顔を引き攣らせてシャツを脱ぐ一歩手前で固まっている超美形の銀髪の男がこちらをじっと見つめていたのである。












「……!!!っっ、ぎ」
「!待て」

一瞬の沈黙のあと、先に我に返ったのは美男子の方だった。
ぎゃー!と叫びそうになったの口を、いち早く我に返った美男子が手のひらで塞いだ。

「んむ――――――!!!?」
「叫ぶな!」
「………!!?」

突然の出会いに加えて会うなり怒鳴られて、は激しく混乱した。
しかし、とにかく言うとおりにしておかなければ命が危ないかもしれないということを彼女の敏感なチキンレーダーは感じ取り、とりあえずここは黙っておいた方がいいと理解して、はこくこくと首を盾に振った。
こんなわけのわからない展開でここまで判断できただけ拍手ものだとは思った。
が落ち着いたのを確認すると、男はもう一度声を立てるなと言い含めて、ゆっくりと手を離した。

「…あの」
「質問はオレがする」

口を開こうとした矢先に尚も自分を睨みつける男に遮られて、はひっ、と身を竦ませた。

「は、はい」
「貴様、何者だ?」

何者って。

「女、女子高生です。普通の、その辺にいるような」
「…馬鹿にしているのか、小娘」

涼やかな目に射竦められて、は首をぶんぶん振って、自分の傍に投げ出されっぱなしになっている鞄を拾い上げた。

「い、いやあの、本当です!ほ、ほら、学生鞄もあるしっ」
「オレが見る。お前は動くな。おかしな真似をしたら次の瞬間首が胴から離れると思え」
「っ、」

鞄の中身を出そうとした腕をぐっと捕まれて、あまりの力の強さには眉を顰めた。
しかし男はそんなことはお構いなしにから鞄をひったくると、その中身を床にぶちまけた。
生徒手帳や弁当箱、教科書、ノートに筆記用具やちょっとしたメイク道具が無残に散らばる。
あまりにも堂々と女子高生の鞄の中身を暴かれて、が手を伸ばそうとすると、男がギロッとを睨んだ。

「動くなと言ったはずだ。いい加減にせんと次こそ殺すぞ。お前はオレの質問にだけ答えればいい」
「…!」
「わかったら返事をしろ」
「…は、い」

が黙り込むと、男は鞄の中身を調べて、特におかしなものが無いことを確認したようだった。
言われたとおりに黙って動かずにいるに向き直ると、男は暫し思案して口を開いた。

「おい」
「は、はい!」
「どうやってここに来た」
「え…ど、どうやってって…」

自転車である。

「自転車ですけど」
「……このオレを馬鹿にしているのか?」
「し、してないです!!」
「ならばその自転車はどこにある」
「どこって、一緒に突っ込んでき、」

来たじゃないですか、と言おうとして、は固まった。
自転車が消えているのだ。
さっきまでこれに乗って突っこんできたばかりなのに。

「な、なんで…」
「おまえは一人でオレの部屋の窓に突入してきた。そんなものはどこにも無い」
「そ、そんな、だって、」

部屋のどこを見回しても、自転車は無い。
あるのは散らばったの持ち物と、割れたガラスの破片だけだ。

「…うそだ」
「何を訳のわからぬことを言っている。頭でも打ったか?」

男の冷たい声がの脳裏に響く。

訳のわからないこと。

それはこちらが聞きたい。

なんで、どうして、一体何がどうなっているのだろう。


「…ここ、…」
「おい、勝手に口を開くなと、」

男が嫌そうな顔で鋭く言ったのにも構わず、は呆然として言った。


「…ここ…どこなんですか」


その質問に、銀髪の男は蔑むような目を向けて答えた。

「オレの部屋に決まっているだろう」
「そうじゃなくて!なんていう街ですか、何県のどこ?それとも、日本じゃないんですか!?」
「…頭がおかしいのか?日本は核で破壊されて最早国とは呼べぬただの島になった。それも数年前からずっとそうだ」
「…か、く?非核三原則は、だって、」
「滅んだのだから今となってはどうでもいいことだ。貴様、本当に知らんのか?オレの部屋に突っ込むまでに荒れ果てた野を見ただろう」
「!?」

急いで自分が割り砕いた窓の外を見て、は文字通り絶句した。

「―――!!?」

そこに広がっていたのは、まっさらで何も無い、焼けた山々と岩と砂の野。

「……うそだ」
「嘘なものか。199×年、この地は確かに完膚なきまでに破壊されたのだ」
「…千、九百…」

、18歳、女子高生。
2006年の日本から、199×年の"別の日本"に、タイムスリップならぬワールドトリップ。