「ヘイ!、調子はどう?」 近々オーディションがあるから、それまでに完璧に覚えて行かなければならない。鏡を見ながら自分の動きをじっくりと観察して、何度も反復練習を繰り返す。 「ねえ、今日もバイト?今から皆で食べに行こうと思ってたんだけど」 慌しく着替えを済ませてスタジオから飛び出す。スニーカーの先がうっかり小石を蹴った。バイト先のバーまでは徒歩で10分、大丈夫歩いても間に合う。さらさらとした小雨が降り始めて、パーカーのフードを被ると、少し冷えた空気が遮断されて顔周りが暖かくなった。 バイト先のバーに入ると、今日もそこそこ盛況らしい。テレビに映るフットボールの試合を見ながら飲んでるオッサンと、若いお兄さん達と女の子数名。いつもどおりの光景、バックヤードに荷物を置いて店長に挨拶する。 「ハーイ、マイク。時間通りだった?」 いつもどおりの光景、本当に何も変わらなかった。
土曜日、マンハッタンの西側、ウエストストリート沿いのハドソン川埠頭。 「ドク、本当に飛べるの〜?」 ドクは情けないくらい絶叫してビヨンビヨンしていた。その様子が面白くて友人と一緒に爆笑した。オーケイ、次は誰が行く?当然の流れになって、ドクが悔し紛れに私を指名して、負けず嫌いの私も乗っかった。 「上がってきたら抱きとめてやるよ」 ベルトをしっかり装着して、準備完了。 「3、2、1……GO!」 叫びながら空中に身を躍らせたほんの3秒後。 ガキンッ! ゴムを支えていた何かが壊れて。 「Oh My God……!」 誰かが叫んだ。 私の叫びは、出てこない。 「…………………………!!!!!」
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バンジージャンプの金具破損事件から早いもので2ヶ月も経った。目を覚ました私が運ばれていたのは病院ではなかった。最初に目にしたのは誰かの部屋と、耳の尖った青い肌の男。年の頃は中年か少し若いくらい。映画のアバターの続編かと思った私は、助けてくれた礼を言い、楽屋にしては生活観がありすぎな部屋を出て、森の中であることに首を傾げた。一生懸命経緯を説明しようとしたら頭のおかしいヤツだと思われた。結局その日は外に出ることなく、状況把握にパンクしかけた頭を休めるだけで精一杯で、ふらついたフリをしてもう一晩泊まった。 そして翌日、再度整理した状況がこうだ。 第2に、彼はアバターの俳優ではなく、地で肌が青くて耳が尖っている。魔族というらしい。ファンタジーとかに良く出てくるアレだ。つまり肌は地黒ならぬ地青。ショッキングにもほどがあったが、故郷そのものが無い場所に来てしまった以上卒倒しても意味がないので、亜人種的なものとこじつけて理解した。というより、魔族云々は映画なんかで見ているから逆に受け入れやすかった。リアルにいるんだ、って感じ。 第3に、ここには電気がない。というより、この世界のどこも電気をエネルギー源として使用していない。基本的に明かりは松明やランタンなどの火で取る。電気は雷撃しかないらしい。なんじゃそりゃ。 第4に、ここは魔法が使える世界だという。ハリーポッターか?と思ったけど違った。少なくともハリーポッターの世界観にはアメリカも存在している。では何かと思い外に出て、青い雫型の生き物を見て瞬時に理解した。 ドラクエかーーーーーーーーー!!!と。
「ロンさーん。仕分け終わりましたー」 私が手伝いを終えて声をかけた相手は仏頂面の渋いイケメン魔族、名はロン・ベルクと言うらしい。 食料の保存は冷蔵庫が無いので分厚い瓶の中。初めて知ったけど、瓶の中ってひんやりしてて食料の保存に適しているんだとか。冷蔵保存できないのか聞いてみたけど無理だった。ですよね。 「肉少なくなってきてるなー……後で買い出し行こ」 今日のランチは塩漬け肉と玉葱とジャガイモのスープ、ミートパテを乗せたトースト、フルーツ各種。 「はーい出来ましたよー」 憎まれ口を叩く割に、いつもおかわりまでしてきっちり食事を平らげているくせに。少なくともまずくはないのだろうと勝手に解釈しているけど、本当のところどうなのか。イタリアンのシェフをやっている父から扱かれまくって磨かれた私の料理、ちゃんと美味しく作れているのだろうか。自分の舌に自信はあるけれど、こうも憎まれ口ばかりだともしかしたら味がおかしいのかと思ってしまう。ともかく、食べてくれているならあまり気にしなくても良いのだろうけど。 「後で買い出し行きたいんですけど、何かついでに売ってくるものあります?」 ロンさんが外を親指で差したので、私は頷いて食事を済ませると、買出しの準備をはじめる。ランカークスは小さい村で、この場所から森を抜けなければならない。本当に偏屈な所に済んでいるものだとつくづく思うけれど、居候の身分でそれは言えない。 「ダガーは……あ、これか」 “本人曰く居眠りしながら作ったようなもの”らしきダガーが3本、ベンチの上に小さな袋に入って無造作に置かれていた。持っていく物はこれだけかとふとベンチの下を見ると、もう一つ袋が目に入った。 「?何これ」 芋か何かを置きっ放しにしたのかと思い開けてみると、出てきたのは見慣れない物体。 「……ブーツ……?」 無造作に置いてあった袋に入っていたのは金属製のロングブーツだった。ヒール10センチくらいか。シャープなポインテッドトゥのフォルムで繊細な装飾がされていて、こんなもん男のロンさんがどうするのか用途不明だ。作ったのだろうけど、ロンさんが履くには絶対に小さすぎる。 「あ、意外にちょうどいい……」 金属製だから冷たいかと思ったけれど、履き心地はそれほど悪くない。重心もしっかりしてるし、歩きやすい。 「鎧化!なんちゃっ―――」
突然ブーツが変形して身体に張り付き、体が浮いた。なんだこれなんだこのブーツ!?危うく転びそうになって、私はかろうじてバランスを保ち、姿勢を戻した。どうしよう、これどうやって脱いだらいいの!? 「おい、何を騒いでやが……」 ふわふわと地面から10センチ程度の所を浮遊しながら必死でロンさんを頼ったら、彼は目を丸くして尋ね返した。 「――お前……それ、履けたのか?」
「そいつには魔力を利用した飛行能力がつけてある。お前さんには魔法力もあるようだし、鍛えればもっと高く飛ぶことも出来るぜ」 飛べるってすごい!箒要らずだ!ドラゴンボールだ!と思ったのも束の間。 「ま、扱えればの話だがな」 鼻で笑われた。 「扱えるようにって……どうすれば」 ロンさんは面倒臭そうに酒を一口飲んで答えた。 「やめとけ。お前さんは飯炊きでちょうどいい」 カッチーン。もう頭にきたこの酔いどれ鍛冶屋が見てやがれ! |