人と魔族。いつの時代にも創造意欲を擽る組み合わせだ。 そして、反発を得やすい組み合わせでもある。 ダイやラーハルトの両親がそうであったように、異種族との恋愛関係は周囲の環境が十分でないと基本的に反発を受ける。その為、人間の女性 である を愛したラーハルトにも、彼の両親と同じ悲劇が降りかかる可能性は容易に予想される。無論双方それを覚悟の上での恋人関係 なのだが、腹を括っている はともかくとして、ラーハルトは僅かに不安を拭いきれていない。 ダイとレオナはまだ良い。見た目はどちらも人間で王族同士である。竜の騎士の使命の重さ故に忘れられがちだが、ダイは故・アルキード王国 の王女の血を引いているのだから王族だ。つまり各国の者たちは容易にダイの出自を批判できない。何故なら、たとえ滅亡した国であれど、か つて一国を総べた長の血を引いている以上は貴い者として扱われるからである。 けれど は違う世界から来たとはいえ一般人で、ラーハルトもまた魔族の父の手がかりは無く、母親も少なくとも王族などではない。地 上最強レベルの槍術師でパプニカ次期国王の側近である以上、ラーハルトが殺されるようなことは滅多に起こり得ないが、問題は だ。 ラーハルトからすれば、恋人は確かに頭は切れるが所詮踊り子だ。実際に彼女の戦闘力はさほど高い方ではない。 故に、彼は恋人を護るために、大っぴらにはせずとも隠れて色々と気を配った。外で会う時はなるべく人目につかない場所で、家も城からそう 遠くは無い場所にさせたし、胡乱な目を向けてくる者には密かに威嚇した。彼の主であるダイとレオナも将来的に義理の姉となる可能性の高い は気にかけており、毎朝パプニカの兵が一般人に変装して彼女の家の近くを回っている。主のこういった気遣いについて、ラーハルト は最初こそ固辞していたものの、現女王レオナの強行突破で協力を受け入れることになった。 しかし、この踊り子、 という女は周囲の思うようなゆったりセクシーお姉様系美人で終わるタイプではない。ましてやただ守られるだ けの可愛い女でもないことを、魔界の名工と呼ばれる彼女の師は知っている。恋人のラーハルトですらもその片鱗を目にしたのは大戦の折、た だ一度だけであるが、 は目的のためなら手段を問わない。誰かが損をすることさえも厭わない。愛深い反面、なんでも天秤にかけられ る冷静さを持っている。そして彼女が最も大切にしているのは夢と、愛しい男である。夢は叶える算段が出来ているので、目下の優先事項は恋 人との平和な日常だけだ。 そんな彼女が現在最も欲しがっているものは、マイノリティである半魔の恋人との自由なデート権である。自身の存在証明のためにも必要不可 欠だとすら考えている。それを手に入れるため、 は周囲があらぬ噂や文句を言い立てる前に動く事を決意していた。ロモスで初めて二 人で夜を越えた朝、新しく出来た恋人が目を覚ますより先に一度瞼を開いた彼女は心を決めた。 何に代えても、この男と幸せになるのだと。 逢瀬の後、傍らで眠る恋人の髪を撫でながら、桃色のうるうるリップを笑みの形に歪める美しい横顔、しかしその瞳は獲物を狩らんとする肉食 獣のそれに似ていた。地上最強の槍使いが迷いを振り払ってやった という女は、新たな愛を手に入れた事で、次に欲しいものを全力で 掴みに行く事を、その朝、隣で穏やかに眠る男のためだけに、決めたのだ。 焔のように情熱的な意思を、再び瞳に灯して。 * パプニカ城には大きな薔薇園がある。今がちょうど見ごろで、庭師が手塩にかけて育て上げた薔薇の木は多くの蕾をつけ、華麗に花を咲かせて いる。赤や白、桃色の花を咲かせる美しい景色を一望できる部屋こそが女王であるレオナの執務室であり、その一つ下の階がダイとポップの勉 強部屋だ。 ポップは窓から見える百花繚乱をぼんやりと見つめながらあくびをかみ殺した。彼は今、ダイの勉強に付き合っている。正確にはパプニカで自 主的に行っている魔術の研究をしながら、ダイの勉強を見てやっているのだ。 ダイは最近、レオナから渡された問題集をやりつつパプニカの歴史についても少しずつ勉強している。勉強と言ってもまだ読める字はさほど多 くないため、パプニカに関する歴史ものの物語が中心だ。文字の羅列ばかりではなく、挿絵の入っている物語なので、情景が想像しやすくて読 みやすいのである。 勉強が嫌いだったダイが戦いから三年経ってようやくここまでのレベルまで至ったのは、ポップとレオナのサポートだけでなくアバンの助言も あった。 他者を導くことにかけては一流の彼の師は、ダイが机に向かいっきりの勉強では伸びないと結論付けて、剣士や竜など少年が好む要素を含んだ 児童書を文字の習得に多用するようにポップに助言した。師の言葉ともなればポップはもちろんレオナも納得し、こうして読破する児童書の文 字数や物語の内容の濃さを徐々に上げていく方向で、ダイに文字を理解して物語を楽しく読めるように根気よく付き合った。 結果的に、ダイの識字能力は緩やかにだが確実に伸び、つい先月からやっと三年前の彼の年齢が読める本のレベルに達した。時間はかかるが本 人の持続しやすい勉強法であることは間違いないらしく、今後も遊びの要素を取り入れた状態で勉強を続けていくしかない。ポップもレオナも やきもきしてはいるものの、ダイの成長を見守り支えている。 そんなわけで、今日も今日とてダイはポップとラーハルト二人のお目付け役を傍らに読書に勤しんでいる。 「え〜っ!またお仕事なの!?」 不満げに声を上げた年下の主に、ラーハルトは苦笑で返した。二時間ほど読書に集中した後に休憩を求めたダイが、つい先ほど思い立ったよう に「 さんに会いたい」と口にしたので、今日は仕事で家にいない事を伝えた結果がこれだ。 ダイが時々思い立ったように に会いたがるのは今に始まった事ではない。ラーハルトが彼女との関係をダイに明かした時、彼はヒュン ケルと がいい仲になるものだと思っていた為に驚いていたが、ラーハルトを兄とすれば二人が結婚したら が姉になる、という ポップの一言であっさり二人の仲を受け入れた。曰く、「だって家族が増えるんだろ?おれ さんがお姉さんなら嬉しいや!」とのこ と。 まだ夫婦になると決まったわけではない段階での発言だったが、ラーハルト自身も関係が深まっていけば彼女をいずれ娶るつもりでいたため、 ダイの言葉を否定も肯定もせず受け入れた。以来何度かせがまれて、ダイを連れて家で食卓を囲んでいる。ダイは既に を義理の姉とし て接しており懐いていて、 も今やダイを仲間としてではなく弟のように可愛がっている。 今日のダイの台詞もなんとなく義理の姉に甘えに行きたいという気持ちから来ている。ポップやマァムにはできないパターンの甘え方が にならできるからだ。つまり“兄の恋人の年上お姉さんに可愛がってもらう”という、ある意味多くの男が夢見るシチュエーションである。多少 ながら母性を求めているようなところもあり、ラーハルトはダイの素性を知っていることもあって、母親に甘えられなかった分を年上の で補完しようとしているのかと微笑ましく見ているが、彼は知らない。恋人の が、ピュアに甘えてくるダイを見て「この子はあと数 年でオープンなレディキラーになる」と確信していることなど。 「ラーハルト、おれ さんのミートパイが食べたい」 「は。都合のつく日を確認しておきましょう」 「あら、だったら私も行くわ。久しぶりに彼女と話もしたいし」 「……お好きに。」 ついでとばかりに乗ってきたレオナが何故執務室でなくダイの勉強部屋に居るのかというと、エスケープしてきたからに他ならない。毎度のこ とであり、国政には関わらないラーハルトにとってはどうでもいい話だが、毎回気が済むまで憂さを晴らさないと出て行かない彼女には、流石 に傲岸不遜が服着て歩いていると仲間内にまで言われるラーハルトも強気に出られない。将来の主の妻にウインクして、お願いね、と念を押さ れると、逆らうことは不可能となる。 「ところで貴方、彼女のチケットとか〜……」 「何度も言いますが、身内贔屓はしないと本人が言っております。私的な事柄についてはご容赦を」 ダイの将来の妻となるレオナは、 のファンの一人である。基本的に新しいものが好きな性質で、ラーハルトが と恋仲になった ことで身内特権を利用してチケットを入手できないか画策してくるのだが、残念ながらそれらが成功したことは無い。彼は主以外の人間の使い 走りになるつもりはないし、 も身内ではなく一般大衆の為に舞台をやるというポリシーがあるため、ラーハルト経由でチケットを仲間 内に配るような事はないのである。 ふんわり花の香りを纏うゆったりセクシー系美女の踊り子は、二人きりだと甘えたがりの女だが、仕事ではベタベタ とウェットな関係よりもドライな関係を好む。好むというレベルではなく、自分以上に割り切りがいいさえとラーハルトは思っている。 「お城に来てくれたら見られるのになあ」 「しょうがねえよ、いまやパプニカ王都一の売れっ子だからな。あーあ、オレもお姉様のショーってやつ観に行きて〜!」 「ほんとよ!ああでもチケットが全然取れないのよねえ……初回を観た時にはあたし感動しちゃって、これは毎月観よう!って決めたのに、今 じゃ超レアチケットなんだから!!」 ポップが机に腕を伸ばして突っ伏して文句を垂れ、両肩を竦めたレオナが心底残念そうに天を仰ぐ。二人の様子を無言で観察しながら、ラーハ ルトは呆れ顔で溜息をついた。 がパプニカで踊り子の仕事を初めてから今日で二年目になる。 常に最先端の娯楽を提供する事を主とした彼女の舞台は革新的で、これまでのトップダンサーの座を僅か半年で奪い取り、以降はパプニカ随一 の踊り子として名を馳せている。この世界の踊りとかつて生きた世界の踊りをミックスし、独創的なスタイルを確立させた彼女のスタイリッ シュで洗練されたパフォーマンスに、観客は熱狂し酔いしれた。 つい三か月前には過去最高の売上を達成したばかりだと聞いている。が、実際ラーハルトは彼女のショーを観に行った事はない。彼は恋人の仕 事を応援してはいるが、やはり劇場というのは人が集まる場所で、つまり人目に付くのを嫌う彼の好まない場所でもある。それに恋人が大勢の 注目を浴びている姿を見るのは落ち着かないような気もする。その為、パプニカ一の踊り子を恋人にした竜騎衆最強の槍使いは、彼女の今のパ フォーマンスを一度も目にしたことが無いのだ。 「カンケーシャ?には配ることもあるって言ってたよ?」 「そりゃ商売だからな。仕事で取引のある客にはチケットも配るだろうよ。でもオレら、ただの身内だからなー」 「うーん。こうなったら変装してこっそり観に行くしか……!」 「何がこっそりです、陛下。」 強行作戦を画策し始めた女王の言葉を新たな声が遮った。書類を片手にレオナを探しに来たマリンである。片手を腰に当て、呆れ半分で数枚の 書類を手にして溜息をついた彼女は腰に当てていた手を額に当てた。 「まったく……油断も隙もありませんわね」 「んもう、いいじゃない!たまにはスカッと……」 したい、と続けようとしたレオナの目の前に、マリンは素早く数枚の紙切れを突き出して見せた。一瞬何のことか理解できなかったレオナだ が、紙切れに書かれた文字を見て目の色を変える。 「マ、マリン……これって……!」 鼻先でひらひらと揺れる紙切れを目にして、レオナはばっとマリンを見上げた。マリンは主の期待の籠った視線を受け、にんまりと微笑む。 「そう……二週間後に始まる彼女の新しいショーの初回チケットですわ!」 「うそぉ!?手に入れたの!?どうやって!?」 「 に入手しやすい時間帯を教えてもらったんです」 知人に頼んで朝一で並んで貰ってどうにか手に入れることができたんですよ、と得意げに説明したマリンは、再び指に挟んだチケットをひらり と揺らして片手を頬に当て、主をちらりと見ながら続ける。 「運よく三枚手に入ったので陛下に一枚差し上げようと思ったのですが……」 ふうむ、と芝居がかった仕草で、マリンはさも残念そうに首を振り言った。 「こっそり観に行かれるのでしたら、要りませんわよねぇ〜?」 「あーっ待って待って!行くわ!行くから取っておいてっ!」 「では、堪った書類は今日中に片付けていただけますね?」 「あったり前でしょ〜?あたしにあの程度の簡単な書類整理ができないわけないじゃないっ」 はん!と胸を張りマリンの書類を受け取ったレオナは、部下の彼女が部屋を出ていくと拳を突き出して気合い入れた。その様子を目にして、 ラーハルトは今日の勉強が終わったことを察知した。 「よーし、ダイ君!溜まってる書類を今日中に片付けるわよ!ポップ君も手伝いなさい!」 「っておれも!?」 「まじかよーっ!」 パプニカの女王は本日も楽しそうである。 * 茉莉花の匂いが微かに香る午前のことである。縞柄の丸い猫が、とある植木で三方を囲まれた家の庭先に、植木の下から身を屈めて入っていっ た。植木の向こうでは少し日に焼けた長い足を外気に晒した女が一人、胸の下までのタンクトップにハーフパンツという姿で庭から部屋に戻る ところだ。 緩やかに波打つウェーブの黒髪は耳の後ろで片側に纏められており、長い手足は引き締まっている。おっとりとした顔立ちの美女は胸元に垂れ た汗をタオルで丁寧に拭き取ると、家の中を突っ切って浴室に入った。冷たい水でシャワーを浴びて汗を流し、十数分後に髪を乾かしながら出 てきた彼女は、庭先の猫に気が付くとにこりと笑いかけた。 縞柄の猫はこの家でいつもこの時間、餌をねだるのである。彼女はキッチンに置いてあるガラス瓶から乾燥させた小魚を一掴みすると、大人し く座っている猫の前にパラパラと置いて、猫が餌を食べる様子をしゃがみこんで楽しそうに眺めた。 この猫、実は見た目は猫だが、しましまキャットと呼ばれるれっきとした魔物である。しかしどう見てもちょっと面白い顔した普通の猫で、攻 撃も砂けむりしかしないので、ただの猫なのか魔物なのかはいまだに人間達も判別がついていない。そして餌をあげた彼女、 もまた、 しましまキャットをただの猫だと勘違いしている。やたら舌が長くて牙の鋭い猫だけど可愛いなあと思っているだけだ。 「っし、そろそろ行こ。」 彼女の出勤時間は比較的遅い。 単純に出る時間が遅いだけで、午前は自宅で早朝からダンスの練習をしている。今日もまた、太陽が最も高い位置に近づき昼時に差し掛かる 頃、 は外出の準備を始めた。干しリンゴをいくつか食べ終えて歯を磨いて、香油を垂らした温タオルでフェイスパックを十分、そのあ とメイクを二十分で終わらせて纏めた髪を解き、ふわふわゆるゆるの艶髪を器用に作り出す。 本日の服装は黒い紐で編まれた網のようなボレロ、下には白黒ストライプのビキニ、パプニカ製の綿生地。ホットパンツを履いた長い足を護る 黒いブーツが、異素材の黒のストッキングを際立たせている。 黒いブーツは新たに改良された魔翔脚である。ノヴァの腕試し代わりにとロン・ベルクが彼に武器の改良をさせた際、一番弟子の彼女の武器を 実験に使ったのだ。結果的には艶のある漆黒に色を変えて以前より力強い印象になった相棒を、 はハードロックだ、セクシーでいいと 気に入った。 きゅっとくびれた腰から引き締まった脚へのラインが色っぽさを強調しているが体脂肪率は低く、柔らかい肌の下には磨き上げられたしなやか な筋肉がついている。細い見た目より少々重いのを知っているのは恋人だけで、本人を前にして口に出すとシバき倒されることを経験したもの 彼だけだ。 甘めのピンキッシュなメイクをするのは恋人の前でのみ、出勤前の彼女の唇はいつだってセクシーなエンジン全開の鮮やかなレッド。瑞々しく 彩られた唇で、にこりと鏡の自分に笑いかけて、 は練習着を入れた荷物を手に小さな家を出た。 彼女の家から仕事場である劇場への道はそう複雑ではない。百メートルほどの坂を下って斜め右に曲がって進むだけ。 は高いヒールで 石畳の坂道を難なく下ると、曲がり角にある花屋の老婦人に気付いて会釈をし、手を振った。この花屋は劇場用の花を頼むのによく利用してい る店で、老婦人は がパプニカ一の踊り子であることを知っており、時々花をサービスしてくれる。 の会釈に気付いた老婦人は 手を振り返して、彼女に頑張ってねと声をかけた。老婦人の声援を笑顔で受けた彼女は、数十メートル先にある劇場に再び目を向けた。 この劇場は大戦で不死騎団により一度は完全に破壊された建造物の一つだった。しかしその後の復興で、娯楽施設は必要不可欠として再建され たものである。収容人数は八百人、ロモスのコロシアムほどではないにしてもパプニカの城下町にある劇場の中では最大規模だ。 裏口から入って楽屋に向かう。 がトップダンサーの地位をパプニカで築き上げ、一人用の楽屋を与えられたのは一年半前の事だ。楽屋 のドアを開けると遠方のファンからの花束が楽屋を埋め尽くして花の香りで噎せ返りそうになる。荷物を置いてステージに挨拶に行くと、座長 がスタッフと打ち合わせをしていた。 「おはようございまーす」 「ああ、おはよう 。今夜もすごいわよ。チケット完売」 「ワオ。シャノンは文句言ってなかった?」 「後でアップルパイでも差し入れしてあげなさい」 笑いながら肩を叩いた女座長に笑顔で返しながら、客席を抜けて劇場の外に出ると、入り口ではチケット係の中年女性が不機嫌そうに を見た。 「おはようシャノン。今夜もてんやわんやになるけどよろしく」 「はん。そう思うなら半額なんてやめておくれよ」 「ごめーんそれは無理。この価格じゃないと観に来られない人がいるからさ」 「……ったく、お人よしはこれだから」 「明日アップルパイ焼いてくるから、勘弁してよ」 機嫌の悪いチケット係を宥めて、 は再び舞台に戻る。この後にリハーサルがあるからだ。 本日は女性半額デー。損益分岐点の関係上、月に二度しかない破格の金額設定は、先の大戦で今も困窮している多くの女性に向けてのものだ。 少しでも手軽に娯楽を楽しんで欲しいという願いを込めて から提案し、劇場と座長と相談して試行錯誤を何度も行い実現させた企画 で、チケットの倍率はいまや二倍を越える。 女性半額デーの客層は通常時の中流階層とは違い、貧民街の女や娼婦達が多い。実際は彼女達こそ、 が最も情報を発信したいと考えて いる対象だが、コストの関係上月に二回しか観に来てもらえないのが残念なところだ。 ショーを観に来る貧しい女性客には熱狂的なファンが多い。一番の理由は値段だが、二番目の理由は女性半額デーのショーが普段よりも過激で クリエイティブな要素が強いからである。 が男性ではなく女性に向けてパワフルでセクシーなパフォーマンスをする理由としては、彼 女自身が女としての力を前に出していきたいという欲求が強い事もある。しかしそれが貧民街や娼婦の女に好まれるのは、ファンである女性達 もまた、自分たちもパワフルでアグレッシブになりたい、搾取される対象でいたくないという欲求の表れでもある。 魔王軍の侵攻により身寄りを失くした若い女は多い。混乱を極めた国内ではまともな仕事に付けず、かと言って他国に移住するほどの蓄えも無 い。兵士をしていた夫に先に逝かれて途方に暮れる、乳飲み子を抱えた女もいる。結局生活の為に安易に性を売る道を選ばざるをえなかった彼 女達にとって、身一つ、踊りという一芸で大成した はいわば憧れの対象となっていた。女でもタフでありたい。自立した女として生き る道を実現させた彼女のショーに彼女たちは自己投影し、希望を抱いている。 自身もそんな彼女たちの為に何かできないか頭を捻り、劇場に訪れる貧しい女性客の為に、女性支援の組合に寄付をしたり、求人広告 を張る掲示板を劇場に設置してみたり、貧しい女性たちが作る民芸品をアクセサリーとして身に着けて売上に貢献すべくPRしたりと、僅かで はあるが可能な範囲での支援をしている。それでも未だに低い生活水準で生きるしかない女性は多く、この件については現女王のレオナも頭を 悩ませている問題でもあるので、短期的な解決は難しいと思われる。 さて、今夜が四十八回目になる女性半額デー、二年の節目と成るこの日、 は高揚していた。 彼女はファン達に、今日、半魔族の青年と交際している事実を明かすつもりでいる。 仲間内や王宮では既に二人の関係は明らかになっているが、実際人前でデートをしたがらない恋人に合わせて、 はなるべく二人で町中 に外出はせず、屋内での逢瀬を続けている。一緒に外に出るのは行先が城か、人目につかない森や山、デルムリン島の時くらいだ。そのためパ プニカの街では とラーハルトが恋人関係だというのは未だに噂の域を出ない。 パプニカに来て二年も経つのに、もう限界!というのが の正直な気持ちである。 彼女はそもそも隠されるのが好きではない。それでも大切な恋人の心を慮って我慢をしていた。しかしそれも今日で終わりだ。元より、誰かに 遠慮しなければならない仲ではないというのが彼女の意見で、そこについてはラーハルトも同意しているのだから。 再びステージに戻った に座長が声をかけた。 「ああ 、あと十五分でリハよ。準備して頂戴」 「わかってるって。ところでルディナさん、あの事だけど」 「何度も言わせないで。私はゴーサインを出したわ」 「……オーケイ。じゃ、計画通りに発表するから。火消しよろしく」 「任せなさい」 この劇場にスカウトされて仕事が決まった時に、 はこの女座長に、恋人がパプニカ王宮の次期国王の側近で、人間と魔族の混血だと言 う事を伝えた。当初はそれを隠せと言われ、実績の少なかった もその指示に従った。しかし一人用の楽屋を手に入れた日、恋人の件を 公表したいと話した を座長は止めた。そして、どうしてと憤る彼女に座長は告げた。 「スキャンダルを味方にしたいなら打ち出すタイミングを間違えないことよ。少なくとも、あと一年半は待ちなさい。その頃には固定客が出来 ているから、貴女の主張が受け入れられるものかどうか判断できる」 座長の助言を受け止めて、 は待った。トップダンサーとして評価され、その地位を固めて、一定の固定客が味方についてくれると判断 できるまで。 今や白銀の踊り子の名は過去のものとなり、 はパプニカ一の踊り子、“ブラック・ヒール”として名を馳せている。(ちなみにこの二つ名も は気に入っていない。ダサいからだ。黒いハイヒールで踊るからってそんな安易な、というコメントもした。) 楽屋に入ってリハーサル用の練習着に着替え、舞台に向かえば既にバックダンサー達が準備に入っていた。センターはもちろんトップダンサー である だが、バックについたダンサーの中にはロモスの舞踊学院で学んだ経験のある踊り子もいて、皆、実力のある踊り子達だ。 フルートとリュート、そして太鼓の奏者が舞台の後ろに並び、演奏の準備に入っている。軽くストレッチをして身体を解し、立ち位置について 開始を待てば、座長が客席の真ん中から奏者に指示を出す。演奏が始まると共に、 は両腕を高く上げてポーズをとった。三時間後に は、本番が待っている。 にとってこの日は二年の節目となる重要な日だったが、恋人に関するカミングアウト以外には何の変化もない、いつも通りの一日だっ た。それはラーハルトやダイ達にとっても同じだ。少なくともこの時はまだ誰も忍び寄る異変に気づいてはいなかった。 そう、日が沈むまでは、誰も。 |