ラーハルトの恋人となった が城を訪れることは意外と少ない。時々休みの日に城の者達に差し入れを持ってくる程度で、その他はラー ハルトが直接出向いて彼女の家で会うだけとなっている。仕事の関係上、彼女の休みが不規則なのが大きな理由だ。他国や遠方での舞台となれ ば一月近く帰ってこない時もある。そのため今はラーハルトが合鍵を持って、好きな時に好きなだけ彼女の家で過ごしている。 ラーハルトも城に部屋を一つ与えられてはいるものの、基本的に人間の多い場所を好まない彼は、城で休むことをあまり好んではいない。否応 なく人間と関わらねばならないからである。以前はそれでも幼い主の為に城に居たのだが、ダイは成長するにつれ、ポップだけでなくレオナと 過ごす時間を大切にするようになった。無論、だからと言ってラーハルトも主の周囲の警戒は怠ってなどいないが、少年から年頃の青年になり かけているダイに対して、あまり過保護でも成長を妨げると恋人から遠回しに苦言を呈されたというのもあって、最近はなるべく主の時間を大 切にしている。 ダイは既に十五歳を迎えようとしている。背も伸びた。顔立ちも少しずつ幼さがなくなり青年のものに変わってきた。パプニカの女王と彼が結 ばれるのも時間の問題だ。いつまでも隣に居座るのは確かに良い事ではないと考え直し、徐々に見守る方向に進んだ結果、ラーハルトにも彼女 の家で過ごす時間が増えたのだった。 昨日は城に泊まったが今日は彼女の家で休もうかと、彼が真面目な表情で案外普通の彼女持ちの男らしいことを考えながら歩いていると、前か ら来た兵士数名が彼に気付いて姿勢を正した。 「おっ、お疲れさまです!」 気をつけの姿勢を取り挨拶をしてきた兵士を視線だけでやり過ごして立ち去ったラーハルトだったが、ふと足を止めた。兵士ではない玄人の戦 士の気配を感じたからだ。 「返事くらいしてやったらどうだ」 「……お前か」 兵士を置き去りにして歩き去った彼の背後から声をかけたのは、無二の友である銀髪の男だった。軽装にマントを羽織って腰に剣を指した彼 は、出会った頃より三年の時が経ち、年相応の落ち着きと戦士としての貫録を醸し出している。元々体つきは良い方だったが、戦いが終わった 今もなお鍛錬を怠らない彼の体つきは、ラーハルトが出会った当時よりも絞られて、まるで英雄の彫刻のようである。 ヒュンケルは現在カールに身を置いており、魔族と人間の間に起こるトラブルの仲裁の仕事を請けている。かつてはパプニカの為に力を尽くそ うと考えていた彼だが、その希望は叶わなかった。レオナの王位を奪わんとするパプニカ国内の勢力に目をつけられたのである。 現在のパプニカ王政を取り仕切っているのは、前国王より王位を継承したレオナである。しかしながら、権力のある場所には必ずそれを狙う者 がいるのが世の常であり、パプニカも例外ではなかった。かつて国家転覆を狙ったテムジンと言う司教がその一人であり、現在は彼が投獄され た後にパプニカ王国司教の座に就いた男が名の知れた僧侶や古株の賢者を取り込み、テムジンの思想を引き継いで王位を狙っている。 “魔術大国の頂点に君臨すべきは神の加護を受けた神聖なる人間でなければならない”という思想の下、旧テムジン派と呼ばれるその勢力は血 で継承されている王位に不満を抱き、かつてデルムリン島でクーデターを起こした。流石に魔王軍の侵攻で国が壊滅しかけた頃は四の五の言っ ている場合でもなく、指導者だったテムジンが投獄されたために鳴りを潜めていたが、世界が平和になって落ち着き始めた頃から再び動きを活 発化させ始めた。 ヒュンケルは彼らの不穏な動きを察知してレオナの邪魔になるくらいならばとパプニカから出る決意をした。彼が犯した罪を赦したことでレオ ナを糾弾する理由を反対勢力に作らせるわけにはいかないと考えたからだ。およそ一年半前のことである。 以降、ヒュンケルはカールから度々使者としてパプニカを訪れるようになっている。二人が最後に会ったのはおよそ四か月程前だ。 「不要だ。用も無いのに話しかけられてはかなわん」 久方ぶりの再会というのに身も蓋も無いラーハルトの言葉に困ったように微笑むと、ヒュンケルは肩を竦めて返した。ヒュンケルはラーハルト が意外と面倒臭がる性質だと知っている。それこそ、よく彼女を口説き落せたものだと思うくらいに、接する必要性を感じた者としか関係を築 かない。 「彼女が相手ならば用が無くても話しかけるくせにか」 「世間話をしに来たなら帰れ」 「残念ながら所用で来たんでな。とんぼ返りはできん……ところで、お前に聞きたいことがある」 うっかり口を滑らせて友人が不機嫌になりかけたのを目にして、ヒュンケルは話題を変えるために懐に手を入れて、折り畳んだ一枚の紙を取り 出した。ラーハルトが腕を組んで友人の言葉を待っていると、ヒュンケルは取り出した紙を丁寧に開いて不機嫌そうな友人に差し出した。 「なんだこれは」 胡乱な目を向けてきたラーハルトに、ヒュンケルは至極真面目な表情で尋ねた。 「カールで知り合った魔族から入手したものだ。貴重な文献らしいが、詳細は教えて貰えなかった。心当たりはないか」 友人の問いに、ラーハルトは差し出された紙を手に取ると記された内容をじっと見つめた。その眉根が一瞬ぴくりと動いたのをヒュンケルは見 逃さない。 「……知らんな」 帰ってきた言葉を受けて、ヒュンケルは無言でラーハルトの表情を観察した。ヒュンケルの知る、魔族と人間の二つの血を引いた彼は、バラン やダイについては饒舌になることもあるが自身の過去はあまり話したがらない。魔族についての知識を語ることはあっても、自分の素性に繋が ることを積極的に話す事はほとんどない。ラーハルトにとって、バランの部下でありダイの腹心として生きていることが重要なのだ。それこそ が虐げられた過去を持つ彼の唯一の誇りなのである。それはヒュンケルがアンデッドの父に育てられたことを誇りと感じる価値観と似ている。 「そうか……何か思い出したら教えてほしい」 付き合いも長くなり、何となく友人にも何かあることは察したヒュンケルだったが、それ以上追及することはしなかった。ここで追及したとこ ろで、話さない選択をしたラーハルトが容易に口を開くとも考えにくいからだ。代わりに手渡した紙をラーハルトに預けたまま、ヒュンケルは 踵を返して城内へと向かった。 「おい、忘れものだ」 「暫く預ける。取扱には注意してくれ」 「押し付けるつもりか」 舌打ちをしながら文句を垂れる友人に返事代わりの笑みを向け、ヒュンケルは城内に向けて廊下を進んだ。夕焼けが銀髪に透けて金糸の髪に見 える。久方ぶりに顔を合わせた友人の後姿を見送り、ラーハルトは再び城門に向かおうとして、小さく溜息をついて思い直すとヒュンケルの後 を追った。 どうせ今夜も は遅くまで帰ってこない。ならば友人と適当に時間を潰した方が気も紛れる。恋人に会えない事への不満が無意識の内に 少し混じっていることなど気付きもせずに、半魔の槍使いは足を速めた。 * 黒を基調とした艶やかな衣装を身に着け、舞台映えするように濃い目に化粧を施す。むき出しの長い足を彩るのは相棒ではなく衣装に合わせて 作られた黒いミュールである。百合や薔薇で埋め尽くされた楽屋を出ると、劇場の客席からは既に大勢の客が入っていることを物語るようにざ わつきが聞こえてくる。舞台に立つ準備を済ませた は、舞台袖の座長と目を合わせると短く尋ねた。 「タイミングは打ち合わせ通り幕間ね」 「問題ないわ」 帰ってきた返事を聞き、 は緞帳の下りた舞台に足を進めて位置についた。舞台照明に使われているのは電気ではなくレミーラを応用し た造られた魔宝玉で、宝石をちりばめることで赤や青、緑の光を作り出すことが可能となっている。今日の演技は演奏と共に緞帳が上がり、 コーラスが歌い始めて舞台の三分の二が見え始めたら縁起を始める予定だ。バックダンサーが全員位置につき、コーラスと奏者の準備が整った ことを確認して、座長が開始の合図を送る。 大きな銅鑼が一度鳴り響き、演奏が始まれば緞帳が上がる。歓声が響く中、開始のタイミングで が体を大きく揺らすと、一際大きな声 援が上がった。バックダンサー達が一呼吸遅れて演技を始め、緞帳が上がりきって舞台照明が とはじめとする踊り子達を照らす。 太鼓のリズムで体を揺らしてキレのある動きを見せ、 が一つポーズを決めた瞬間である。舞台照明が突然砕け、劇場が暗闇に包まれ た。予定外の演出に演奏が止まり、突然の事態に客はもちろん舞台上の者たちも動きを止める。 「ちょっと……なんなのよこれ……!?」 バックダンサーの一人が当惑した声を上げたその時である。 「……!!」 背後に感じた殺気に、 は反射的に前に飛んだ。その首のあった位置を鈍く光る刃が走る。素早く前転して体勢を立て直し、 は 流麗な眉を顰めた。自慢の髪が数本刃に引きちぎられ、何者かの襲撃を受けたことを理解したのである。 「……おやまあ。いいカンしてるじゃないか」 「!?」 「照明!明かりを、早く!!」 座長の声が響いて、誰かが演出上使用していなかった僅かな照明を灯す。ぼんやりとした明かりで舞台に浮かび上がったのは、狼狽えるダン サー達やコーラス、奏者を背後に、黒衣の人物が花形ダンサーの と向かい合う光景だった。黒服に、目の下までをマスクで覆った人物 はその体の線と声からして女であるが、その場に似つかわしくないナイフを手にしている。 刃を目にした瞬間、 は心の中で相棒の名を呼んでいた。目の前の相手を刺客とみなし、武器が必要だと判断したのである。大魔王との 大戦から早くも三年が経ち、戦いからはすっかり離れてしまった彼女だが、師の教えと恋人の言葉にだけは従うことにしている。それは命の危 機には全力で対応しろ、というものだった。 つまり、殺意を抱いて敵対してくる者に容赦は不要という意味である。 念じてほんの数秒、瞬くほどの内に楽屋から裏方達の頭上をすり抜けて舞台に飛んできた黒いブーツが の前でオレンジの宝玉を光らせ て降り立った。改良され強度を増した高飛車な漆黒の武具は、ミュールを脱ぎ捨てた主の脚を自動的に包み込む。 「鎧化!!」 の口から発せられたキーワードで魔翔脚のボディがシダの葉のように展開され、伸びた金属がしなやかな女の肢体を覆う。短い変形の 後、 はステージから十数センチ上に衣装姿のまま身体を浮かせた。 浮き上がった彼女の靴のヒールは既に刃となり、魔宝石が淡く光って周囲に荒っぽく風を作り出す。舐めるなと言わんばかりの武具の反応で、 は吸い取られる魔法力を制御しながら襲撃を睨み付けた。 パプニカ一の踊り子が瞬く間に臨戦態勢を取ったことに驚いたのか、黒衣の襲撃者は一歩後退すると舌打ちをして客席に飛び込んだ。襲撃が失 敗したために人ごみに紛れて逃走を図ろうとしているのだ。 次の瞬間、劇場内はパニックに陥った。誰かが叫び声をあげ、数人が床にしゃがみこんで腕や足から血を流していた。襲撃者の刃が掠めたらし い。明らかに刃傷沙汰となったために、混乱した客が一気に出口に押し寄せている。 「この……待ちなさい!!」 怪我をした観客に咄嗟にベホマを唱えて応急処置をし、 は襲撃者の後を追うために再び浮遊した。とはいえ、人ごみでは客に怪我をさ せる可能性の方が高い。裏口から回り込んで捕獲する方が早いと判断した彼女は、相棒のブーツを纏ったまま関係者用の通路を飛行して抜け、 裏口のドアから外に飛び出した。 「ッ!?」 外に飛び出したところで、 は一瞬驚いて息を呑んだ。裏口から出た彼女の目の前に、月明かりを背に黒衣の女が再び現れたのである。 人気のない暗闇に目を凝らし、 はこの人物はさっきの女ではない事に気付いた。相手は黒いフードを目深に被り黒い手袋をしている が、先ほどの女は手袋ではなくグローブを嵌めており、顔の上半分は見えている。 「仲間……!?」 しまった、と感じた時には黒衣の女の足が の脇腹に炸裂し、彼女の身体は劇場の壁に背中から叩きつけられていた。着たままの衣装から装飾品が割れて散らばる。息が詰まり咳き込んで、 は自分が不利な状況にあることを理解した。相手の力量を見る前に無防備な状態を晒したのは痛手だったと内省するも戦闘状態では反省などしている場合では ない。次の動きに対応すべく、かつて師に叩き込まれた体勢で敵 に向かい合う。 は、自分の周囲に最近妙な影がちらついているという事を親友のマリンから伝え聞いていた。その正体がおそらく現女王レオナの王位 を狙う者達の一派であることも聞かされてはいた。そしてその事をラーハルトには伝えないように釘も刺した。何故なら、政治に利用されたと 知れば彼女の恋人は烈火のごとく怒り狂うことが容易に予想されたからだ。しかし彼女とて狙われているのに警戒を怠るほど愚かでもなく、マ リンを通して密かにレオナに依頼をし、通常の警護の他に、夜の舞台では劇場の周辺に一般人に変装した警護の兵をつけてもらっていた。 今夜も彼らは一般出口と裏口を固めていたはずだったのだ。それが、道端に目を凝らすと揃いも揃って眠らされている。この時点で が 自分で救援を呼ぶには、目の前の女の他に何人いるかわからない敵を相手にしなければならないことが決定した。恋人の癖がすっかり移った彼 女は、潤いたっぷりの唇を歪ませて舌打ちを一つする。 「サイッアク……!」 目前に迫る黒い手袋をどうにか横に転ぶことで避け、咳き込みながらじりじりと距離を取る。黒衣の女は先程の襲撃者とは違い、殺意を向けて きてはいない。ただ、じっと を見詰めている。おかしい、何かが違う。 の脳裏に妙な違和感がよぎる。 しかし睨み合いの時間は遠くからバタバタと聞こえてきた足音で終わりを告げた。次の瞬間、黒衣の女が一瞬で の目前にまで迫る。予 想外の動きに一瞬硬直した彼女の首を黒衣の女の手が捉えた。 「っ!!?」 脚を振って蹴りで逃れようともがく だったが、片足を脚の間に膝を差し込まれて壁に押し付けられ、抵抗する術を封じられる。女とは 思えない強い力で首を絞められて、 の意識は徐々に薄れてゆく。 「う……っあ……!」 首を掴んだ女の手が薄いブルーの光を放ち始める。女の指を外そうともがく だったが、やがてその手は抵抗をやめ、女の手が離れた頃 には意識を失くしていた。黒衣の女は の意識がなくなったことを確認すると、劇場の壁に凭れて気絶した彼女をしばし見下ろして、近 づいてくる足音を聞いていた。数秒後、一般出口からの曲者捕縛に失敗した数名の兵士達は裏口に到着して、倒れこんだ踊り子と黒衣の女を目 にして声を上げた。 「くそっ、 様……!!」 「き、貴様!何者だっ!!」 狼狽えながら剣を向けた兵士達を嘲笑うかのように、黒衣の女は霧のように闇に溶けて姿を消した。残されたのは意識を失くしてぐったりと体 を壁に預けている花形ダンサーと、成すすべなく彼女の身を守れなかったパプニカ兵のみとなる。 「なんてことだ……!」 月明かりに照らされた夜道で、蒼白になった兵士の呟きを拾う者はいなかった。 * 「――そう。ついに稟議に進んだのね」 劇場で騒ぎが起きる数十分前、パプニア城の一室ではレオナがヒュンケルから届けられた書状を手にして満足そうに頷いていた。彼女の隣に座 るダイはレオナから渡された書状の内容を読むのに四苦八苦して、重要な部分を辛うじて読み解き、ああ、と納得したように傍らに控えていた ラーハルトを見上げている。 「流石は先生とフローラ様だわ。いい知らせを届けてくれて感謝します」 レオナの言葉を聞き、彼女の足元に跪いているヒュンケルは小さく笑みを返した。 魔族との共存に向けた第一歩として、カールでは領国内に隠れ住む魔族を国民として扱うために法改正が進んでいた。1年前は彼らを人間と同 等とみなすことができずに保護という形で共存を進めていたカールだったが、保護区の稟議通過を皮切りにより、アバンとフローラの陣営が双 方の権利を尊重できるように働きかけていた。反発は多かったものの、切れ者夫婦の根気よく確実な反対陣営の取り込みにより、ようやく法案 が稟議に進むところまで至ったのである。 案が稟議に進むというのは、国民からすればまだそんな段階なのかと思われがちだが、カールでは実際ほとんど可決に近い。議会で新たな案が 出るとい うのは、その案が通ることを見越した段階まで至った状態のことを指す。とはいえどんでん返しで否決されることもあるのだが、老獪さすら持 ち合わせたアバンと、一人で国を支え続けたフローラのタッグを相手に、取りこまれた陣営が裏切りを行うのは困難極まりない。法案が稟議に 進んだということは、力の強い議員が賛成票を入れることがほぼ決まっている状態だ。 「貴方も大変だったんじゃない?西へ東へ走り回ったって聞いたわよ」 レオナの言葉に、ヒュンケルは苦笑する。肯定するのもなんだが、言葉の通り走り回ったことは間違いなかったのである。彼の師は、カールに 身を置くことを決めた一番弟子に容赦なく仕事をぶん投げまくったのだ。それこそ、いつぞやのように殺してやろうかと思うほど厄介な仕事ま でも、沢山。 「なんにせよ、これでパプニカも一歩進めるわ」 前勇者を有するカールと、その弟子で勇者でもあるダイを有するパプニカは彼ら一人の力だけでも国力に大いに貢献している為、強国とみなさ れる。故にこの二国は七つの国々の中でも発言力が高い。その二国が揃って魔族を積極的に受け入れるように国政を進めれば、次に続くのはテ ランとなっている。この小国は人口こそ少ないがダイの出生地であり、人間の神ではなく竜信仰の文化を持っている。また、先の大戦の折に山 を一つドワーフに与えたという実績があるため、単独で突き進む力は無くともカールとパプニカの動きに乗じる事が秘密裏に進んでいる状態に ある。 ロモスは地理上の都合でカールとパプニカに動かれると動かざるを得ない。ロモスはカールとパプニカに寄って北と東を抑えられている。万一 戦争になった場合、この二国の圧力に対抗するほどの国力は無い。しかし軍事的な面ではなく、国王自身が前向きに人と魔族の共存に真剣なた め、五年以内にはカールとパプニカの後に続けるという発言を直近のサミットで残しているため国としての反発は少ない。 ベンガーナについては、現在共存推進派と反対派が真っ二つに分かれている。というのも、反対派はリンガイア国王と姻戚関係にある人物が中 心で、リンガイアは先の大戦で魔王軍に完膚なきまでに叩きのめされている。その人物の影響力が大きいために、ベンガーナではただいま共存 に向けての意識改革は膠着状態だ。国王本人は前向きに検討したいと考えているようだが、ワンマンで何もかも決めて独裁政治を取ると反発が 必至なのは彼とて理解しているため、強引に推し進めることが難しい。 リンガイアは魔族そのものを受け入れるのが非常に難しい状態にあるというのが新たな国王の弁である。しかし、だからと言って新たな敵を増 やすようなことはしたくないので、表立って魔族を忌避したり迫害するようなことはしないように努力はしているようだ。この国では魔族の師 の下に弟子入りした息子を持つバウスン将軍がカールを通じて賛成派を増やそうと奔走しているものの、武人の彼はあまり弁が立つタイプでは 無いため、意識改革は困難を極めている。 オーザムも同様の状態だが、この国については元々それほど国力も無く、住環境そのものが厳しいところに魔王軍の侵攻を受けたため、未だに 国政の立て直しが最優先で、共存に構っている状況ではないというのが正しい。加えて僻地のようなこの国には魔族が好んで住むこと自体少な いので、共存については問題自体が一旦棚上げされている。オーザムの事情は各国も理解しているので、淡々と状況を述べた新国王に反論する 者はいなかった。 「ご苦労様。今日は城に泊まるといいわ、部屋も準備してある」 「はい」 レオナが書状を丁寧に折り畳んで自らの懐に仕舞いこんだのを確認すると、要件が無事に済んだことを感じてヒュンケルはラーハルトに視線を 向けた。この後部屋で久しぶりに二人で飲む予定になっているのだ。飲みに付き合えと誘ってきた友人に、恋人は良いのかと聞けば、どうせ今 夜は帰ってきたらそのまま寝るだろうと不貞腐れた様子だったのを思い出すとつい吹き出しそうになる。かつての自分も似たようなものだった 事を棚に上げ、ヒュンケルは偏屈で頑固な友人が一人の女にだけは情けないほど骨抜きになっている様子を想像して一人苦笑した。結局、惚れ た方の負けなのだ。 今夜は愚痴と言う名の惚気を聞かされるのだろう、とヒュンケルが覚悟を決めて立ち上がった直後だった。バタバタとけたたましい足音がした と思いきや、部屋の扉が開かれて飛び込んできた兵士の口から空気を凍らせる言葉が告げられる。 「大変です!! 殿が何者かに襲撃を……!!」 ヒュンケルはその時、無二の友人の顔から血の気が失せる瞬間を目にした。同時に理解する。最早酒など飲んでいる場合ではなくなってしまっ た事を。 |