ラーハルトと恋人関係になってから4ヶ月。ロモスの学院を無事に卒業し、舞踊大会でコンマ2ポイントの差で優勝した私は(僅差過ぎて笑え なかった)、パプニカの劇場からスカウトを受けて、ダンサーとしてのキャリアを始めた。他にも多くのサロンから話が来たけれど、今働いて いるこの劇場が一番自由度の高い舞台をやらせてくれるという好条件だったのだ。

大会で優勝した翌日、ルーラで飛んで結果報告に訪れたパプニカで、人目も憚らずに彼に抱きついた私を目にして、レオナが「なにそ れーーーー!!!?」と叫んだのは記憶に新しい。その後、マリンとエイミちゃんとレオナの3人に囲まれて洗いざらい吐かされた。ヒュンケ ルに振られたこと、失恋してがむしゃらに進もうとして辛かった時に彼が尋ねてきてくれたこと、それが切欠でこうなったこと。掻い摘んで話 し終えた後のエイミちゃんの一言で戦慄した。

さん。私、今ならあの人のキレイな顔に拳を叩き込む自信があります」
「んー、やめたげて。それやったらあいつのハート粉砕されちゃうから……」

当のキレイな顔した本人は先月ようやくパプニカに戻ってきたので、けじめとして話をした。とはいえ、私がラーハルトの隣に居る所を見て既 に状況を察したようで、話し終わった後も寂しそうではあったものの納得した様子だった。彼を待てなかったことは残念だったけれど、あのま までは自分が潰れていたかもしれない。ヒュンケルもまた、自分の決断に後悔は無いようでお互いに謝罪はなかった。

これはこれで、良かったのだ。

彼との話を終えた日の夜、ぶっきらぼうな恋人がいつもより強めに抱いてきたのでびっくりした。
もうヒュンケルに気持ちは無いんだから不安になることなんかないのに、ちょっぴりジェラシーだったのかな。可愛いところのある彼には翌 朝、少しだけ手間をかけた朝ごはんを作ってあげた。

以上の経緯で、今は劇場の近くに小さな戸建ての家を借りて一人で住んでいる。ラーハルトは週に2、3度、夜に家にきて食事をして寝て(い ちゃついたりもする)、朝にはお城にご出勤される。半同居ってカンジ。お互いに仕事があるんだしこのペースで良い。

踊りの仕事が増えて日常は忙しいけれど、恋人同士の時間は絶対に蔑ろにしたくなくて、月に二度はゆっくり過ごせる時間を作るようにしてい る。彼もこれ位のペースの方が気楽だとのこと。私もこれまでの経験からベッタリした恋愛はしたくなかったし、何より仕事の方に集中したい からほっとした。

家には彼の物が少しだけ増えて、ベッドも少し大きめのものにした。細く見えて体格の良い彼と二人で寝るにはシングルベッドは小さすぎる。 とはいえ広すぎてもあんまりくっつけないから、ベッドは普通のダブルにさせたのは私である。もっと広くしろと言わんばかりの顔で呆れられ たので「だってくっつきたいんだもん」とごねたらあっさり通った。ツンデレ彼氏最高。




「で、素敵な恋人との生活はいかがなわけ?」
「すっごいラブラブ。ノロケていい?」
「ハッキリ言われると聞きたくなくなるわね」

マリンが呆れた顔で紅茶のケーキをフォークで切って口にする。復興が進み真新しい白い壁が瀟洒なカフェにて、親友と呼べる間柄の彼女と デート中だ。今日は双方仕事がオフ、新しく出来たカフェのケーキを食べに行こうと言い出したのはストレスでちょっぴり肌荒れ気味のマリン の方。ただでさえ忙しい所に見合い話が来ていて鬱陶しくて仕方がないらしい。ついさっきまで、その愚痴で1時間費やした。

「そういえば
「んー?」
「ほら、貴女のお師匠のロン・ベルク。彼にも話したの?」
「ん。こないだ会ってきた」

着いた途端に酒瓶が飛んできたので危うく顔面を負傷するところだった。ちなみに瓶が当たる前に難なく掴んで止めてくれたのは恋人様だ。さ すがダーリン最速の男、イケメンすぎて惚れ直した。

「顔見るなり“なんだ乗り換えたか”とか言うからさ、もー最悪!ノヴァ君が顔真っ赤にして混乱しちゃって、大変だったんだから」
「いいじゃないの楽しそうで。カレ緊張してた?」
「んー?そうでもなかったけど、思い返すとちょっと口数少なかったかも。まあ元々そんなに話す人じゃないし」

というか挨拶終わった直後に久しぶりに扱いてやると言われて、足技だけでへばるまで修行をつけられた。あの人剣使えないはずなのに強すぎ る。もう腕再生しなくても何とかなるんじゃないの。武器作れない以外は問題ないでしょ。ちなみにラーハルトも私がへばった後で交代で扱か れたけど全然余裕で、久しぶりに良い汗かいたと言わんばかりだった。戦士ってほんと体力仕事だな。

「で、特に話題もないし、早めに切り上げて家で二人でまったりしちゃった」
「ああっ、ここでノロケを入れてきたか」
「ソファでねーコーヒー飲んでたらーいきなりー」
「いやーっ聞こえないっ聞こえないわ!他人のノロケ話なんて!」
「是非羨んでくれたまえ」
「ああんもう腹立つー!」



その後カフェで2時間はガールズトークで盛り上がり、夕方まで喋りつくした。太陽が傾いて空が朱色に染まり始めてようやく帰ろうかとどち らともなく言い出し、カフェを出て広場で別れる。

パプニカの広場には噴水があり、ここはかつて魔王軍が巨人で襲撃してきた時に更地になり、新しく広場として作り直した場所だ。広場を囲む ようにして市場があり、生鮮食品と軽食の屋台が並んでいる。この時間帯は夜から屋台で食事をする人で込み合っていて、人が多い。
夕焼けのオレンジに染まる屋台の布の屋根を見ながら家の方向に足を向けたとき、擦れ違った誰かと肩がぶつかった。

「え、」

はずみで、ピアスが片方外れてどこかに飛んだ。

「……やだ、うそ……!?」

人ごみの中に消えてしまったピアスを探して屈んで目を凝らしてみるものの足元が暗くなり始めていてなかなか見つからない。彼がくれた初め てのプレゼントなのに、こんな所で失くしてしまいたくない。誰かの服にでも入ってしまったんだろうか。焦りながら地面を探していると、遠 くにきらりと光る青い石を見つけた。
急いで駆け寄って拾い上げようと身を屈めた瞬間、見知った青い手が自分の代わりにそれを拾い上げる。

「あ……」
「落とすなと言ったはずだが」

顔を上げて、ピアスを拾った男を見上げる。周囲が遠巻きにしていることを気にも留めずに立っている若い半魔の青年は、じっとこちらを見つ めたまま口角を上げて笑みを浮かべた。

「ラーハルト……」
「……まあいい」

恋人はゆっくりとこちらに近づくと正面で足を止め、私の掌にピアスをそっと乗せて、頬を温かい親指で撫でた。青い手の優しい温度は、初め て抱き合った人変わらずに心を包んでくれる。言葉以上に。

「何度でも拾ってやる……お前の傍にいる限り」


世界に一つしかないお互いを見つめ合えば、雑音は綺麗に消えていく。

歩く道はお互いに平坦ではないけれど、二人ならきっと立ち向かっていける気がする。

まずは手始めに、風変わりなカップルを楽しもう。

いつかスタンダードを塗り替えて、互いを証明するために。


「……うん。傍にいて」




-Passionate!! ラーハルトEND 終-