自分の下着を盗まれて腹が立つ。
その気持ちはソウガにもなんとか理解できる。
えてして下着泥棒が女性の下着を盗む理由など破廉恥極まりないものだ。
言ってしまえばその下着を使ってピー!とかズキューン!するためであるのだから、そりゃあにしてみれば一刻も早く捕まえて、いろいろやって最終的に挽肉にでもなんにでもしたいだろうと思う。
しかし、だがしかしだ。
「これは…あからさますぎないか?」
「うむ…」
廊下に点々と設置された赤やらピンクやら白やらのフェイク下着(女官長がわざわざこのためだけに買ってきた新しい下着である)を見て、ソウガは微妙な顔で同じくそれを見ているリュウガに同意を求めた。
「俺が下着泥棒ならばまず罠だと疑」
「ちょっと黙ってください」
「…すまん」
怒り心頭、背後にスタンド(By
ジョジョ)でもいそうなオーラを見せるが、余計な口を叩くなとぴしゃりという。
なんだかちょっと八つ当たりも入っている感じで、リュウガは強制的に黙らされた。
しかし素直に謝ったリュウガに、は更に続ける。
「というか、何でリュウガさんまで来てるんです?私は"ソウガ様"にお願いしたんですけど」
「拳王様の命だ。お前も聞いていただろう」
「あー、そうでしたね。ま、命令なんてされなきゃこんな騒ぎ、リュウガさんならほったらかしにしますもんね」
「…おい、別にそういう意味では、」
「いーえ良いんですよ?部下の後始末も上司の"仕事"ですもんね。リュウガさんのやってることは正しいと思います。最近は『仕事以外のコミュニケーションを取る暇も無いくらい』忙しいのに、大変ですねホント」
「…ああ、そうだな」
の容赦ない言葉の数々に、心にへヴィなダメージを食らいながら、リュウガはをここまで怒らせ傷つけたことを後悔していた。
拳王の命でリュウガが加わることに対して、あからさまに気まずそうな顔をしたは、今まで冷たくされた仕返しとばかりにリュウガに当たっている。
どうやらは、落ち込むところまで落ち込んだら後でそれが怒りに変わるらしい。
下着泥棒なんて余計なものが出てきたから尚更である。
リュウガの方もやり返されて当然と思っているのか何も言わないが、この嫌味の連発は流石に重い。
二人の様子を見ながら、なんとも痛々しい光景だ、とソウガは思った。
「リュウガよ…」
「何も言うな、ソウガ…」
ちなみには下着泥棒を断固粉砕し隊の副隊長である。
隊長はレイナだ。
リュウガとソウガは平隊員らしい。
被害者のが隊長ではないのかと聞いたら、怒りに我を忘れるのを避け、落ち着いた行動を取るためらしい。
「しかし、本当にこの罠でいいのか?」
「大丈夫ですわ。あんなにこれみよがしにパンティーやらブラジャーが並べてあるのですもの、絶対来ますわよ。しかも様の名前入り!」
意気込む女官長(作戦実行委員)に、これみよがしすぎて怪しいだろ、と思うも、ソウガはリュウガの二の舞になるのを恐れて何も言わないでおいた。
「ところで、名前入りだと何か効果が?」
「2度も下着を盗られているのですから、きっと犯人は様の下着が気に入っているのですわ!おのれヘンタイ、許すまじ!ね、副隊長!」
「はい!よくも私のお気に入りの勝負下着を…!!捕まえたら八つ裂きにしてやりましょう!」
「その意気よ、副隊長!」
「(お気に入りだったのか…)」
「(しかも勝負下着だったのか…っていうか八つ裂き…)」
一同が柱と廊下の陰にそれぞれ隠れて様子を伺っていると、その奇妙な団体に声をかけるものが現れた。
「何をしてらっしゃるのですか?ソウガ殿、リュウガ殿」
「あ…バルガか」
拳王軍でも評価の高い将軍、バルガである。
「レイナ様や士官。女官長まで、こんなところで何を?」
「実はかくかくしかじかで…」
レイナの説明を聞いて、バルガは顔を強張らせた。
「なんと…!それは一大事。かように可憐で非力な士官のパンテーを盗むなど男として、いや人間として言語道断!!わたくしもお力添えいたしましょう!」
パンテーって。
「ありがとうございますバルガ様!」
「いやなに、当然のことです」
漢・バルガ、強面だが実は"士官を見守る会"の会員ナンバー6番であることは誰も知らない。
ちなみにその"可憐で非力"な女性士官だが、つい数刻前まで犯人をタコ殴りにしてから全裸に剥いて吊るし上げるとか、慰謝料を請求して挽肉にしたいとか八つ裂きとか、可憐とは程遠い発言をしていたことを彼は知らない。
今聞いたら卒倒するんじゃないだろうか、とリュウガはこっそり思った。
何しろ彼女を好いている自分ですら心持ち青くなったほどの発言である。
と、バルガが加わったことで、ソウガが小さな声でリュウガに言った。
「…なあリュウガよ。俺は少し思ったのだがな」
「なんだ」
「俺達はいなくても良いんじゃないだろうか。レイナがいれば下着ドロなど逃げる間もなく一発で沈められるし…」
「…ああ」
リュウガはソウガの言葉に、ちらりとを見遣った。
愛しい娘のその手には確りとナックルが嵌っている。
間違いなく素手でボコ殴りにする気満々である。レイナの手を借りるまでもなさそうな感じだ。
もうタコ殴りは"可憐で非力な"彼女の中で確定しているらしい。
ついこの間までは、か弱く守るべき存在だと思っていたのだが、どうやら見解を見直す必要があるようだ。
いつもの臆病などお空の彼方に飛んでいってしまっている。
それはそれで成長したわけだから悪いことではないのだが、に恋慕の情を抱くリュウガの心境としては微妙なところだ。
「というかお前、良いのか?怒るとかなり怖いことが判明したぞ、あいつ」
「うるさい。に聞こえる」
「あのな、うじうじするのもいい加減にしたらどうだ?」
「それについては前に話しただろう」
「しかし、」
「そこ、うるさいわよ!あ、誰か来たわ!」
ぼそぼそと小声で話す二人を今度はレイナが黙らせて、フェイク下着に近づく人影を指差した。
その声に慌てて身を隠す、下着泥棒を断固粉砕し隊平隊員。
間抜けな図である。
様子を伺っていると、人影はパンツを手にとってまじまじと見つめ、の名前を発見するとニヤニヤ笑って辺りを見回しながら懐にしまいこんだ。
怪しいことこの上ない。
「…今、絶対パクったよな」
「パクリましたな」
「ああ。確実に懐に入れていた。というか、本当に引っかかる阿呆がいるのだな…罠丸出しではないか」
しかしこれだけで下着泥棒とはいえないので、もう暫く様子を見ていると、男は今度もまた仕掛けられたAカップのブラジャーを手にして嬉しそうに懐にしまった。
阿呆の世界選手権で堂々たる一位を獲得しそうなアホっぷりだ。
「ぬうう、なんと乳帯までも…!何たる破廉恥!許せませぬな!」
「いや乳帯って…;」
ソウガがバルガにちょっぴりジェネレーションギャップを感じている間にも、男はその他3つのパンツを握り締めてにやついている。
破廉恥漢の極みここに在り、とでも言おうか。
もう下着泥棒確定だ。
と、一瞬その顔がはっきりと見えた時、ソウガが思わず声を上げそうになった。
「!あいつ…!」
「知っているのか?」
「ウサの部下のアミバだ。あいつが犯人だったのか…」
一同が固唾を呑んで見守っていると、ふと下着を無理やり懐にしまおうとしたアミバのポケットから何かがするりとはみ出して落ちた。
それを目にして、は小さな声を上げた。
「あれ、私のハンカチです!こないだ失くなったと思ってたのに…!」
その言葉を聞いた瞬間、リュウガが素早く飛び出してアミバを捕獲した。
それと同時に、隠れていたレイナやソウガも飛び出してアミバを取り囲む。
「うわあっ!?な、なんだあ!?」
「騒ぐな、下衆。貴様、今懐に何を入れた?」
「そ、それは」
「それに何故お前がの私物を持っている。答えろ」
リュウガの殺気の篭った声に、アミバはとんでもないことを言った。
「そんなの決まってるだろう!!俺の愛しのたんがくれたのだ!!」
「…………は?」
その言葉に、レイナがを見る。
たん、って。
「、知り合いなの?」
「いえ、顔くらいは見ますけど…話したことはあんまりないです」
「何を言う!!あの夜、廊下でぶつかった瞬間にこの俺と恋に落ちたではないか!!」
「「「「「「…………………………」」」」」」
アミバの言葉を聴いて、重い沈黙が流れた。
これはいわゆる、あれである。
「…もしや…おぬし、士官のストーカーでは…」
バルガが頬を引き攣らせて呟いた。
もしやもくそもない。
確実にストーカーである。
嫌がる人間を、自分の好意を押し付けて陶酔してつけ回す、あのストーカーである。
「…もしかして、ペンとか歯ブラシ盗んだのもあなたですか?」
「何を言っているのだたん!あれは君が俺にプレゼントしてくれたじゃないか…!」
「してません。そういうキモイ近視眼的妄想はいりませんから質問に答えてください」
「そ、そんな」
がずばっと世迷言を切り捨てると、アミバはちょっと傷ついた顔をした。
桃色妄想世界から灰色現実世界に引き戻されたのがショックだった様子である。
「様、結構言いますわね」
「うむ…」
女官長とバルガが感心していると、リュウガに押さえられているアミバが暴れだした。
「何故だ!俺は君にあんなに想いを綴った手紙まで送ったのに!!」
「え、あれもあなただったんですか?間違いラブレターかと思って拾得物として届けちゃいました」
「そんなバカな!?」
「宛先も差出人の名前も無かったから、つい…。まあとにかく、無理なものは無理です。気持ちだけ一割…じゃない、一厘くらい受け取っときますから」
「そんな風につれない振りをしてもわかるぞ、たん。君の気持ちは俺様一色に染まっているのだ!!」
「いえ、強いて言えば私のハートは先週の夜中辺りから不機嫌ブラック一色です。あとたんで呼ばないでください、キショい」
目だけは怒りを湛えてにっこりと笑って返したの言葉に、彼女の心を不機嫌ブラックに染めている張本人はちょっぴりナーバスになってアミバの後ろで遠い目をした。
ああそうだとも、俺が悪かった。しかしこんなところで言うか、普通?とでも言いたげな表情である。
面と向かって好きな女の子に嫌味をきかれて、精神に大いなるダメージを食らったらしい友人を横目で見て、ソウガは後で酒でも誘ってやろうかなと同情した。
「それに私、これでも気になってる人くらい…いますから、一応」
「く…!ならば誰だそいつはっ!!」
「えっ、それはその、…ええと、あーもう!」
「教えろ!!この俺様がぶっ殺してや」
る、と言おうとしたアミバの顎にのナックルを嵌めた右拳が突き刺さった。
「んなこと面と向かって言えるかこのゲロブタがぁ――!!!」
「るぼあ!!」
(((今すごい暴言吐いた…!!)))←男性陣心の叫び
まともにナックルでのアッパーを受けて、アミバはリュウガが手を離すとばたりと気絶した。
「そこでしばらく寝てなさい、ヘンタイ!!」
「様、勇ましいですわ!見事なアッパー!」
「よくやったわ、それでこそ下着泥棒を断固粉砕し隊の副隊長よ!!さあ兄さん、そいつを縛り上げて!」
「あ、ああ」
ソウガが縄を取り出してアミバをぐるぐる巻きにしているのを見て、レイナがに言った。
「、手を洗っていらっしゃい。こんな汚いものを素手で殴ったら手が腐るわ!」
「レ、レイナそれは言いすぎじゃ」
「いいのよ兄さん。さ、いってらっしゃい」
「はい」
レイナに言われて、が洗面所のほうに向かおうとするのをみて、ソウガがはっとリュウガを見た。
「リュウガ、士官についていってくれ」
「…!」
ソウガの言葉に、リュウガが複雑な表情をした。
「だが、」
「アミバのような輩がまだいるかもしれん。士官は若いし、妙な男が狙っているかもしれないからな。こんなことが発覚した後で一人で歩かせるのは危険じゃないか?」
「そうですわ、リュウガ様。さ、早く行っておあげなさいな。それに…」
女官長が続けた。
「様が先ほど仰ったこと、もう一度思い出してご覧になっては?」
「…?(ゲ、ゲロブタのことか?)」
女官長の意味深な台詞に一瞬リュウガは眉を寄せたが、すぐにその意味に気づいての後を追った。
それを見ながら、女官長が嬉しそうに言った。
「いいですわねえ、若いって…」
「女官長、今の言葉はどういう意味なのだね」
「うふふ、バルガ様はわからなくてもよろしくてよ」
微妙に意味が理解できていないバルガをさらっと流して、女官長はアミバの拾い損ねた下着を片付け始めた。 その微笑みは、そのとき既に何か嬉しいことでもあったかのように晴れ晴れとしていた。
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