気になっている人がいる、といったは、アミバに誰なのだと聞かれて"面と向かって"言えるか、と言った。
のお世辞にもちょっとキツすぎる罵声に気を取られていたが、そのとき彼女の前にいたのはアミバとそれを押さ
えているリュウガだけだった。
しかしアミバは欄外だから、残る人物は一人しかいない。


「…!」

手を洗いに先を歩いていたを呼び止めると、はぱっと身を翻した。
その手を慌てて掴まえると、はぶんぶんと腕を振り暴れた。

「待て、逃げるな!」
「いやですっ」
「聞いてくれ、
「リュウガさんが私のこと名前で呼ぶときはろくなことないんだもんっ、」

それがこの間の一件を指していることはすぐにわかったが、リュウガはもう引き下がる気は無かった。

「さっきまで顔を合わせていたくせに、二人きりにはなれんと言うのか」
「そっちこそ、ずっと無視してたくせにっ、」
「それについては謝る。だから話を聞け、お前が今しがた言った言葉の意味を聞きたい」
「っ!」

リュウガにそう言われて、は動きを止めるとかすかに頬を赤くした。

「面と向かって言えない、と言っただろう。…、その言葉で俺は」
「やだっ、言わなくていいです!」
「駄目だ、言わせてくれ」
「わ、わかってるんだから、振られるって、だから」
「そうじゃない!聞け!!」
「っ!」

リュウガが思わず声を荒げると、がびくっと身体を竦ませた。
それを見て、リュウガはばつが悪そうな表情で謝った。

「…すまん。大声を出すつもりは…」
「……いえ…」
「だが…俺はお前を振るつもりなどない」
「だ、だったら……何であの時、無理矢理話を終わらせたんですか、」
「それは…状況が…」
「…?」

言いたいことがわかっていない様子のに、リュウガはどう説明すべきかと頭を悩ませ、苦し紛れに答えた。

「……わかるだろう」
「わからないんですけど」
「ならば言おう。俺とて骨の髄まで"男"だ。後は読み取れ」
「………」
「だが…」

どう反応すべきかと顔を赤らめて黙り込んだの肩に手を置いて、リュウガは真剣な眼をしてはっきりと言った。

「お前の心がわかった今、俺はもう躊躇わん」

その真摯な言葉に、は目を丸くして目の前の男を見上げた。
どこからか甘い雰囲気が漂いはじめる。

「…
「…はい…」
「俺は…」

アイスブルーの目がの闇色の瞳をじっと見つめ、リュウガが口を開いたその時である。


「…お前をあ「大ッ丈夫ですか士官んん――――――――――!!!!!」


突然後ろから飛び出してきた数人の男達の勇ましい声に、リュウガのラブ仕様ヴォイスは見事にかき消された。

「へ?」

いきなりの闖入者にが目を瞬かせる間もなくリュウガが男数人に囲まれて、おろおろするが見たものはキオを含む彼女の部下数名であった。
驚くに、部下達が口々に問いかける。

「大丈夫ですか士官!?」
「何もされてませんか!?」
「ストーカーはこいつですか!?」
「は、え、いや、えっ?」

状況が飲み込めないに対し、キオが妙に誇らしげな顔つきで説明した。

「オレ達、士官がストーカー被害にあってるってんで、皆で協力して捕まえてやろうって思いまして!そしたら士官が男に言い寄られてるのを見て、慌てて飛んできたんです!!」
「あ、いえあの、それはもうさっき終わっ」
「我らが来たからにはもうご安心ください!!で、ストーカーはこいつですか!?」
「や、だからその人は違」
「このストーカー!オレ達の癒しを汚そうなんて思い上がりもいいと…こ…」

リュウガの顔を確認するや否や、途端に尻すぼみになった部下の勢いに、ははぁ、と溜息をついた。
わざわざ自分のためにとしてくれたこととは言え、相手が悪い。
ここ暫くリュウガは以前のどえすっぷりを見せてはいないが、それは別に性格が変わったと言うわけではないのだ。
今はに対して妙に優しいが、野郎に対しても同じとは限らない。
むしろ告白を邪魔されたのだから、逆の確率のほうが高い。
乙女のピンチならぬ野郎のピンチである。

「ほう…この俺がストーカーだと…?」
「なっ、リュ、リュウガ様!?」
「あああああの士官!まさかこの方が」
「ち、違いますよぅ!ストーカーはもう捕まえました」
「じゃ、じゃあまさか」
「とんでもない人違いだが?」
「「「「………………………!!申ッッし訳ありませんでしたァ――――!!!!!」」」」

瞬く間に蒼白になって土下座したの部下を忌々しそうに見遣ると、リュウガは苛立った声で言った。

「…もういい、下がれ」
「は、し、しかし」
「士官に対するその忠義に免じて今回だけは許してやる。わかったら今すぐ下がれ!」
「ははっ!!」

冷や汗を流して足早に逃げる部下を見送り、が心配そうな顔でリュウガを見上げると、リュウガは重い溜息を吐いた。

「…思わぬ邪魔が入ったな」
「あのっ、」
「お前の所為ではない。気にするな」

部下の失態を弁明しようとしたの頭に手を置いて、リュウガがいくらか落ち着いた声で言った。
その言葉に安堵してが苦笑すると、リュウガは行くぞ、とを促した。

「え?」
「ついて行ってやる。早く手を洗って変態の汚れを落として報告を済ませろ」
「でも、」
「終わったら」

さっきの話の続きを焦るを、リュウガが制して囁いた。

「…部屋に来い」
「……!」
「いいな?」
「あ、わ、は、はいっ!」

一気に耳まで赤くなって手洗い場に走るの後をゆっくりと歩きながら、リュウガは一人苦笑したのだった。