(うああああどうしようううう)
手も洗って、アミバも引き渡して、最終的な処分は後日、と言うことで一旦落ち着いた下着泥棒騒動だが、の頭の中は全然落ち着いていなかった。
(途中で邪魔されたけどアレって絶対告白の雰囲気じゃんかぁぁ)
さっきまではかろうじていつも通りに振舞えていたものの、いざリュウガの部屋の前に来てから、は一気に挙動不審になった。
頭を抱えてうろうろと部屋の前を歩き回り、深呼吸してノックをしようとしては手を引っ込めて顔を赤くし、また頭を抱えてうろうろする、とてつもなく怪しい行動をループしているのである。
(あああ入れないいいい)
つい先日までの怒りもどこかに吹っ飛んで、またチキンに逆戻りしたにとって、わざわざ自分から告白されに行くなんて不可能に近い。
彼女のチキンハートはちょっと早い和太鼓みたいになっている。
勿論、とてリュウガのことは恋愛として好きなので嫌なのではないのだ。
むしろ嬉しいのだが、恥ずかしすぎて入れない。
しかし既に2時間はこうしてリュウガの部屋の前で入るか否かで悩んでいるので、そろそろ行かないとまずい。
が今度こそ!!と拳を握って深呼吸し、部屋の前に立ってもう一度深呼吸してノックしようとしたその時、扉が開かれての額にばん!とぶつかった。
「ぎゃん!?」
「!?大丈夫か!?」
「ハ、ハイ…」
あまりに遅いので様子を見ようとドアを開けたリュウガは、まさかがドアの真正面にいたとは思いもよらず、尻尾を踏まれた犬みたいな声を出して額を押さえて蹲ったに慌てて駆け寄った。
「すまん、まさかこんなに近くに居ようとは…」
「へ、平気です、ちょっとぶつけちゃっただけですから」
「傷は無いか?見せてみろ」
「あ、」
リュウガがの髪を払って傷を見ると、額が少し赤くなっている。
「…とりあえず部屋に入れ。冷やしたタオルを持ってこさせる」
「はいぃ…」
ひりひりする額を押さえて、は自分の情けなさにとことん落ち込みながらも、とりあえずリュウガの部屋に入った。
*
「…染みるか?」
「いえ…」
ベッドの端の、濡れタオルで額を押さえているの隣に座って、リュウガは小さく笑った。
「本当に落ち着きのないやつだな…」
「うぅ」
(き、きまずい!)
少しだけれど笑っていたから、おそらく怒っているわけでは無さそうだが、多分呆れられているだろう。
とことん情けない自分が嫌になって、はしょんぼりと項垂れた。
すると、隣に座っていたリュウガが明後日のほうを見ながら口を開いた。
「…悪かった」
「へ?」
「お前が部屋の前にいたのはなんとなく気配でわかっていたのだ。だが、なかなか入ってこようとせんものだから…その、逃げられるかと…思ってだな…、」
がきょとんとしてリュウガを見つめると、意地悪上司はばつが悪そうに目を泳がせて尋ねた。
「…ドアを開けるのに勢いがつき過ぎたのだ。…まだ痛むか」
「え、い、いえ!そんな、あの、こちらこそ、きょ、挙動不審でっ、ごごごごめんなさいっ!」
おどおどと忙しなくが謝り返すと、リュウガはそれを暫くじっと見つめて、それから口元を綻ばせた。
「あ、ああああの、っていうかこれは不可抗力でして、あ、あはは」
「」
「その、あからさまに変な行動してた私も私ですしっ、」
「。もういい」
「それであの…え?」
「もういいと言ったのだ。お前が笑ってくれるのなら、それでいい…」
「…へ」
その台詞にが目を瞬かせていると、リュウガの手がぐっとの身体を引き寄せた。
「え、え」
「嫌か?」
「い、いえ、そういうわけじゃ、」
「…あれほど傷つけておいて、都合の良い男だと思われても構わぬ。…俺は酷い男だったと、自分でも思う。…だが」
それでも、と前置きして、リュウガは言った。
「俺はもう、お前を手放せそうにない」
「…ん、と、」
頬を僅かに染めているの手からリュウガがタオルを取って端に置く。
じんと熱を持ったの額はもうあまり痛まない。
その代わりに、の全身が腫れ上がった様に熱くなる。
おそらく顔も茹蛸のようになってしまっているだろうと想像して、思わず俯いたの頬に、同じように熱くなったリュウガの掌が添えられた。
「……」
「!」
肩を抱く男の力が強くなり、はじっとリュウガのアイスブルーの瞳を見つめた。
天空に輝くシリウスのようにいつもは鋭いその瞳は、今は熱情を孕んでの姿を映している。
が緊張しながらも黙って静かに言葉を待っていると、リュウガはのまだ少し赤い額に口付けると、熱っぽい声で囁いた。
「………愛している」
「……っ」
「待たせてすまなかった…」
小柄な身体を抱きしめると、は抵抗することなくリュウガの腕に収まった。
そして、不安げに瞳を揺らしながら震えた声で口を開いた。
「…わ、たし、」
「ああ」
「ひょろひょろだし、」
「…」
「弱いし、ドジだし、」
「…」
「子供っぽいですよ…?」
その声に僅かな躊躇いが見えて、リュウガはゆっくりとの頭を撫でると苦笑し、答えた。
「それは嫌だと言う意思表示か?」
「ち、違います!」
「ならば」
「…!」
「目を閉じろ…拒んでくれるな」
リュウガの手が、の首筋をなぞって顎にかかった。
腰に添えられた手が熱を持っているのがの肌に僅かに感じられる。
近づく唇に、はゆっくり目を閉じた。
直後、甘く噛み付くような口付けがの唇を奪い去る。
無理矢理奪われたそれとは違う、優しいキスだ。
意外にもすぐに離れた男のそれに、少し驚いて見上げると、リュウガはの髪を指に絡めてくっと笑い端正な顔を耳元に近づけ囁いた。
「…足りなかったか?」
「っ、な、っ!」
耳朶を甘噛みされ、身体が痺れて、男の服をきゅっと掴むと、リュウガはの耳元に唇を寄せた。
「いくらでも与えてやる」
耳元で響く少し掠れた狼のテノールは、くらくらと眩暈がするほど甘くて優しい。
もう一度今度は荒々しく口付けられ、蕩ける意識の中ではぼんやりと思った。
(ああ、逃げられないや)
おまけ。
「あっ!どうしましょうリュウガさん!」
「なんだ、どうした?」
「下着泥棒、タコ殴りにして全裸に剥いて吊るし上げて写真撮ってばらまいて慰謝料請求して挽肉にするの忘れてました!」
「……お前、この状況でその話を盛り返すか…?(しかもまた2つ増えているし)」
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