女性グループ、すなわち女官達やレイナは、やっとくっついたか!と拳を握り締めた。 兵の稽古場で訓練を見ていたリュウガに、は今しがた纏め終わった資料を渡した。 「ご苦労だったな。ついでに頼んでおいた冥王軍の領地図は?」 恋人になってまだ数日、もっと甘い雰囲気を撒き散らすかと思いきや意外にドライな二人であった。 「ふむ…随分と拡大が早いようだな…」 早急に対処しなければ、と考えたリュウガの心を読んでいたかのような仕事の早さである。 「なんだ、随分と手際がいいではないか」 にっこりとさりげなく現実的な発言をしたに、リュウガはふっと笑った。 「言うようになったな」 ぺこりと頭を下げて踵を返したを、あえて引き止めずにそのまま見送ると、リュウガはまた兵の稽古に目を向けた。 「んー…はぁ!よし、じゃあ今日はこの辺でお仕事は終わりにしましょう!」 思い切り背伸びをして、書類の書きすぎで重い肩を摩りながらが終業を知らせると、部下達が片づけを始めた。 「ご苦労様でした、皆さん」 部下の一人が妙に嬉しそうな顔をして申し出た。 「そんな、悪いですよキオさん。私のほうが年下なんだから、私がやります」 い、と言い終わる前に、他の部下がなにやらドアのほうをちらちら見ているのに気づいて、キオは固まった。 「ほーう、それほど腕に自身があるのなら俺も是非お願いしたいものだな」 彼氏のお出ましである。 「あれ、リュウガ様どうなさったんですか?」 一応部下の前なので様付けのに対し、リュウガは少しだけ眉を動かして言った。 「、仕事は終わったのだろう。さっさと片付けろ」 人の恋路を邪魔するやつは馬に蹴られてなんとやらと言うが、この場合は狼の牙に噛み付かれて肉を抉られるので洒落にならない。 「え、あのキオさ」 続いて、ぞろぞろと他の部下達もさっさと部屋を出て行った。 「…だ、そうだ」 全く見当違いなことを言ってのけるに、リュウガは心の中で溜息をついて、執務室のドアを閉めた。 「…お前は警戒心が無さ過ぎるぞ」 頭痛がしそうな鈍感ぶりに、リュウガは深く溜息をつくと、執務机に座ったままのに近づいた。 「で?」 顔を寄せて少し低い声で囁いて見せると、はぱっと顔を赤くして慌てて机の上のものを片付け始めた。 おろおろと書類を片付けるその手を取って引き寄せ、顎を捉えて口付けると、書類が床に散らばった。 「っ……な、何するんですかぁっ、」 もう一度深く口付けると、はぱしぱしとリュウガの肩を叩いた。 「んむー!」 天狼の恋人はどこまでもビジネスライクであった。 * リュウガが自室に持ってこさせた食事を食べながら、は何故か無言で料理を口にしようとしないリュウガに声をかけた。 「リュウガさーん?ご飯冷めちゃいますよ…?」 さらっと返された言葉に、はげっ、と顔を引き攣らせた。 がおどおどと食事を続けていると、リュウガが口を開いた。 「」 リュウガに呼ばれて、両手に食べ歩き番組のキャラクターよろしくナイフとフォークを持ち口の端にソースをつけたまま真剣に構えたの間抜けな図に、リュウガは全身から力がどっと抜けた。 「…ついてる」 むしろ呆れるを超えて可愛らしく見えてしまうものだからどうしようもない。 「全く、手がかかるやつだ」 リュウガが苦笑したのを見て、は機嫌が直ってよかったと安堵し、にっこりと笑い返したのだった。 おまけ このあと、リュウガの部屋から喚く声がしばらく続き、が真っ赤な顔で逃げ出してきたところをレイナが目撃し、翌日のリュウガの頬には、の掌ほどの大きさの湿布が張られていたという話である。
紆余曲折を経て、晴れて恋人同士になった二人に対する反応は様々だ。
話によると、お互いに好きあっているのが見え見えだったらしい。
男連中はほとんど気づいていなかったのだが、いやはや女の勘は鋭いものである。
正直いい加減にじれったくて仕方なかったですわよ、と女官長は語った。
ソウガはというと、可愛がっていた二人目の妹のような娘を同志に取られて嬉しくもあり悲しくもあり、悲喜こもごも、と言った様子である。
リュウガの部下達はやっとこれでリュウガの機嫌悪いですブリザードの餌食にならずに済む!と喜び、の部下達はマジかよオレ達の癒しが人のものに!!と大いに嘆いた。
士官を守る会のメンバーはええいチクショウ、リュウガ様いいなァ…!!、と悔し涙を流し、アミバは当然ものの見事に傷心した。
ラオウと言えば、恋愛云々など馬鹿げたことを、と言うかと思いきや、意外なことに特に気にしていない様子である。
ただ、私情で戦や任務をしくじるな、とだけ言った。
要するに日々しっかり働いてくれていればいいらしい。
さすが覇王、懐が大きい。
「これ、頼まれていた北の軍閥の一覧とその大まかな情報のまとめです」
恋人関係になったとはいえ、仕事はきちんと手を抜かずにこなしている姿はまるで以前と変わらない。
相手が恋人の男であれど、あくまで仕事中はビジネスライクに付き合うことにしているらしい。
リュウガも同様で、意地悪発言は減ったものの甘やかすつもりは無いらしく、遠慮なく仕事を言いつけている。
「こちらです。一応領地拡大の経緯も、調べられる範囲でまとめておきました」
「そうか、わかった」
資料をざっと見て、リュウガが眉を顰めて漏らした。
「はい。去年よりも大分勢いを増しているようです。ついでのついでに、冥王軍の傘下になったと推測される軍閥とそれらの勢力もこちらに纏めてあります。敵戦力推測の参考にはなるかと」
「情報が多ければ多いほど戦略は有利になると仰ったのはどちら様でした?」
「誉め言葉と受け取っておきますね。では、まだ仕事がありますので失礼します」
「わかった」
そんな二人の様子を見て、密かに幾人かの"士官を見守る会"の兵士が心で血の涙を流して歯軋りをしたのは言うまでも無い。
「いえ、士官こそお疲れ様です!」
「肩が凝っていらっしゃるのでしたら、自分がマッサージでもしましょうか?」
前にも出てきたキオである。
下心見え見えだが、は自分の身に危機が迫った時以外は鈍感極まりないのであまり気づいていないのか、へろりと笑って言った。
「いやいや、士官の手を煩わせるわけにはいきませんよ、私がやりますんで士官はそこに座ってくださ…」
「リ、リュウガ様…!!?」
「え、でも今からキオさんが肩揉んでくれ」
「いいいいいえいえ!!自分は今しがた急用を思い出しましたので、こ、これで失礼します!!」
さりげなく恋人を呼び捨てにして、人のモンに手ェ出してんじゃねーぞ、と言わんばかりのオーラを出すリュウガに命の危機を感じたキオはすたこらと風のように逃げ去った。
「あー!私もそろそろ帰らせていただきます!今日は連れと約束が、」
「我々もそろそろ!いやー腹が減ったなぁ、皆!」
「ああ、全くだな!では士官、失礼いたします!!」
みんな狼に噛まれるのはイヤなのだ。
「みんな忙しいんですねぇ…」
「警戒って、そんな警戒するようなことでもないと思いますけど…。大体人の好意を無碍には出来ないじゃないですか」
「…もういい、よくわかった。なるほど、そういう見方をしているわけか」
「?」
「はい?」
「いつまで待たせる気だ?俺はあまり気が長いほうではないんだがな…?」
「あ、は、はい今すぐっ!」
まだここで何か艶っぽい言葉を返せるほど、は大人ではない。
仕事では大人よりも大人思考なのだが。
「言っただろう?俺は気長ではないと…」
「んん、ぅ」
「なんだ」
「公私混同無し!ここはまだビジネスのエリアです!!」
「………」
「リュウガさん」
「……」
「リュウガさんってば」
「…」
執務室から帰ってきてから、妙に口数が少ないのだ。
どことなく機嫌も悪そうである。
「……」
「お、お腹でも痛いんですか?胃薬ならありま」
「違う。機嫌が悪いだけだ」
「…あー……………;」
自分は何かしただろうか。
もしかしてこの間の書類に不備があっただろうか。
それともこの間少しだけリュウガの部屋に行った時に置いてあったりんごを3つもガメたのがばれたのだろうか。
なんにせよこれ以上彼の機嫌を損ねるわけには行かない。
恋人になろうとも、怒ったリュウガはやっぱり怖いのである。
本気でキレたらきっと恐ろしいお仕置きをしてくるに違いない。
相手はどえすなのだ。
「ほい!じゃなくてハイ!なんでしょうか!?」
「……」
こういうところはまるで子供である。
目を逸らして暫し遠くを見ると、リュウガは深い溜息をついて、の頬についたソースをナプキンで拭ってやった。
「え!?あ、ごめんなひゃい、」
「いや、もうお前の間抜けには慣れた…」
恋は盲目、あばたもえくぼ、とはよく言ったものだ。
おかげでイライラもどこかに吹っ飛んでいってしまい、リュウガはいっそ笑ってしまいたい気持ちになった。
「…(今日もベッドまでは無理か)」
「リュウガさん?ご飯残ってますよー?」
「悪いが俺が食いたいのはこちらの食事ではないのでな」
「へ?」