殺されるとわかって、とても怖かった。

裏切られたと知って、悲しかった。

でも、それよりも何よりも、もっと辛かったのは、











――――――――――――――――貴方に、逢えなくなるかもしれないということ。





藁の匂いに包まれて、はゆっくりと目を開けた。
頭に鈍い痛みを感じて手をやると、大きなこぶが出来ていた。
ぼんやりとした思考のまま、暫く仰向けになっていると、目の前に広がった曇り空が揺れていた。
がたがたと揺れるその振動で、徐々に意識がはっきりしてきて、は息を吐いた。

「…あ…」

そうだ。

確か、崖から落ちて―――

「……あれ?」

何で生きているんだろう。
もしかしたら自分は死んでいるのかもしれないという考えが一瞬頭を過ぎったが、それにしては藁臭い天国だ。
そういえばがたがたとよく揺れるが、ここは何処なのだろうか。
まだ鈍痛のする頭を抑えてむくりと身体を起こしたは、口をあんぐり開けて固まった。


「…は…?」


素敵な草のベッドの下は、どなたかの軽トラの上で、見上げた空には―――

飛行機が飛んでいた。

「へ…………?」





ばたばたと忙しない足音が響いて、アルミの台車が数人の診察服を纏った者たちに引かれて廊下を走る。
その上に力なく横たわり、リュウガは朦朧とした意識の中で、騒がしい声を遠くのもののように聞いていた。
喉がかさついて、声が出ない。
消耗しきった身体では、指一本動かせない。

「急げ!!」
「処置室の準備は出来てるか!?」
「輸血だ、早く!!」

辛うじてわかることはと言えば、どうやら自分は医療施設に担ぎこまれたということだけだ。
どうやら死にはしなかったらしい。

「…う、…」

点いたり消えたりする、まるで古くなった電球のように頼りない意識では、今居る場所が拳王府なのか、それとも領地内の軍事病院なのかすら定かではない。
拳王は自分の負傷をもう耳に入れたのだろうか。
情けないと笑われるかもしれない。
当然だ、全て己の慢心が呼んだ負傷なのだから。


―――は。


もう、知っているのだろうか。
知っていれば、飛んでくるだろう。
もしかしたら泣いているかも知れない。
そうだとしたら、自分はとんでもない男だ。
愛しい女を何度泣かせれば気が済むのだろう。


ただ、笑っていて欲しいだけだというのに。


「リュウガ様!聞こえますか!?」


耳元で誰かが叫んだ。
聞こえている。
けれど、声は出ない。
仕方なく目を開けて微かに頷くと、再びその誰かが叫んだ。

「大丈夫だ、まだ意識はある!急げ!」

直後、別の誰かが先ほど叫んだ男に何かを耳打ちした。
それを聞いた男は大きく目を瞠って、それから忌々しそうに唇を噛んだ。

「くそ、なんだってこんな時に…!」

その言葉が意味するものを知ることなく、リュウガは今度こそ意識を手放したのだった。



「あっはっはっはっは!何その頭!草ついてんじゃん!!」
「わっ、笑わないでくださいよぅ、」
「笑うよフツー!自転車から軽トラに吹っ飛んだって、アンタどーいう飛び方してんのー!?まじウケるんですけど!!」
って人生ネタだらけだよねー!!」

笑う友人の声を呆然と聞きながら、は混乱した頭を落ち着けようと必死で思考を巡らせた。
元部下の男との交戦の後、自分は確かに崖から転落したのだ。
その瞬間の、さっと身体中の血が温度を失くすような感覚をよく覚えている。
にも拘らず、だ。

目を開けたらの身体は牧場行きの軽トラックの、干し草の上に横たわっていたのだ。
もう随分前に消えたと思っていた自転車と一緒に。
否、自転車だけではない。
服も、鞄も、全てのものが、があちらの世界に行く前のものに戻っていた。

たった一つ、違ったのは。


「…」


ちゃり、と鎖が揺れる。
リュウガと二人で持つことにした、あの雪の結晶のペンダント。
それだけは、の首にしっかりと掛けられていた。
とにかく学校に行こうと慌てて登校してみたものの、頭が上手く纏まらず、はただペンダントを穴が開くほどに見た。


(夢じゃ、ない)


(でも、何でこんな急に)


半分欠けた銀色の結晶をじっと見つめていると、の後ろから友人が顔をのぞかせた。

「あれ?あんたそんなの持ってたっけ?」
「え、」

続いて先ほどまで腹を抱えて笑っていた友人が話に入ってくる。

「なになに?うわー、キレー!」
「それどこで買ったんよ?」
「つか何の形?変わってるねー」
「あ、や、これは、その、」

がもごもごと言葉に詰まっていると、一人の友人がもしかして、と声を上げた。


、あんたオトコ出来たでしょ!」


ズバリそうでしょうと言わんばかりに指をさされて、がおろおろと目を泳がせると、恋の話が好物の彼女たちはきゃあきゃあと口々に喋った。

「うっそ。ホント?良かったじゃん!」
「マジ!?言えよてめー!うちらダチっしょー!?」
「なに、じゃあそれもしかしてオトコから?くっそーうらやましー!あたしもオトコ欲しー!」
「あ、あはは…」

当たらずも遠からず、妙に鋭い友人の言葉には辟易した。
確かに、彼氏は出来た。
ペンダントを買ったのは自分だが、半分は当たっている。
苦笑を禁じえないに、更に友人が畳み掛けた。

「ねーねー、でさ、
「はい?」
「どんな人?」
「え、誰がですか?」
「もー決まってんじゃん!彼氏!アンタの彼氏よ!」
「あーそれあたしも聞きたい!」
「つか年下?年上?同い?うちのガッコ?」
「や、それはその、」
「もしかして海外居た時の知り合い?グローバル!?」
「金髪かよ!!やべえ!」
「え、えええ、」
「ちょっとあんたら食いつき過ぎ!固まってんじゃん!」
「あっは、ごめん!はいはい、じゃあチャン、ちゃっちゃとお話ししてー」

が凄まじき高校生女子パワーに圧倒されているところで、タイミングよく担任の教師からお呼びが掛かった。

「こらー。ちょっと来ーい」
「あ、は、はい!とゆーわけでこの話はまた今度です!」
「あー逃げた!」
「後で絶対吐かしてやるー!」

おそらく担任の口から出てくるのはトイレ掃除の件であろうが、まだ頭の中が整理しきれていないにとってはそれでも幸運だった。
とりあえず授業はサボって、今日は屋上で状況を理解しよう。

「うん、そうしよう!」
「おっなんだ、気合入ってんなー。トイレ掃除がんばれよー」
「ほあ!?いやあの、そーじゃなくてですね、」
「やる気十分みたいだし、2週間伸ばすかー?」
「のー!?」

変なところを誤解されて、弁明も空しくトイレ掃除プラス2週間の追加刑を食らったは、夜のトイレよりも暗い空気を背負って教室に戻ったのだった。