お前の声が良く聞こえない。 お前の顔が見えない。 お前に触れられない。 何処だ、何処にいる? 「さようなら。」 突き動かされるように飛び起きると同時に身体を突き抜ける激痛に、リュウガは身体を丸めて浅い息を繰り返した。 厭な夢だ、と、リュウガは心の中で呟いた。 「……う、…く、」 身体をゆっくりと起こすと、腹の辺りが再びずきりと痛み出した。 「くそ…ッ」 腹に負担が掛かるたびに酷く痛む傷にリュウガが舌打ちして、無理矢理起き上がろうとしたところで病室の扉が開いた。 「リュウガ様!目を覚まされたので!?」 医療班の者らしい男はそういうと、リュウガをベッドに押し戻した。 「…すまぬ…手間をかけさせた…」 軍人らしくきっちりと礼をして男が部屋を出て行こうとしたのを見て、リュウガは思わず声をかけた。 「は?」 リュウガの問いに、男は一瞬驚いたような表情をしたが、すぐに表情を戻すと答えた。 「いえ。士官殿は、リュウガ様が負傷なさったことで臥せっておられると聞き及びましたが」 今度こそ男が出て行ったのを見届けると、リュウガはお世辞にも真っ白とはいえない天井を見上げて深い溜息をついた。 「全く…俺らしくない…」 傷を負って目を開けたら恋人が傍に居る、なんて幻想じみたことを考えていた自分が馬鹿馬鹿しくて、胸の渦巻く妙な不安を打ち消すように、リュウガは懐を探った。 「…」
―――リュウガさん。リュウガさんてば、ねえ、聞いてます?
何だ、さっきから喧しい。
―――な、なんで怒るんですか。
怒ってはいない。煩いと言っただけだ。
―――む。なにさなにさ、もう良いです!リュウガさんのあほっ、マツゲー!
そうか、それほどお仕置きして欲しいのか。良い度胸だ。
―――ぎゃー!ちちち違いますよぅ!そーじゃなくてですね、あの!
何だ。
―――あのね、 すけど。 し、 …
…なんだ。
―――リュウガさん。
ああ、そこに――
「………ッ!!」
体中が悲鳴を上げているかのように痛み、呼吸すらも酷く苦しい。
汗で肌に纏わりつく布の感触が不快で堪らない。
痛みが治まるのを待っていると、額から流れた汗がぽたりと手の甲に落ちた。
思い出すだけで足元が崩れていくような、そんな不安を駆り立てる夢だった。
記憶を辿って、自分が何者かに襲撃されたことを思い出すと、リュウガは力を込めて起き上がろうと試みた。
部屋に入ってきたのは、見たことのない兵士だった。
「ああ……!う、」
「起き上がってはなりませぬ!死んでもおかしくない怪我だったのですよ!」
「だが…ッ、拳王様に…報告を、…!」
「報告でしたら代わりの者が致します。ご自分の状態を良くお考えください」
「……わかった…」
「何を仰います。軍医を呼んで参りますので、ここで暫くお待ちください。無理に起き上がったりなど、なさらぬように」
「わかっている」
「それでは、失礼します」
「…それと、」
「いや…士官は…今、ここに…?」
「え…あ、ああ…士官殿ですか」
「臥せって…?」
「はい。ちょうど一昨日の夜から熱も出たということで、こちらにはいらっしゃっておりません」
「…そうか」
「他には、何もございませんか?」
「いや。呼び止めてすまぬ。もういい」
「では、私はこれで」
心配性ののことだから、仕事を終えて来ているばかりと思っていた。
一人で大げさに心配して、一人で泣いているかもしれない、と。
それが臥せっているとは、なかなか予想外の答えが返ってきたものだ。
何か引っかかるが、本当に心配しすぎて熱を出したのならば無理に呼べとも言えない。
久しぶりの大きな負傷の所為か、柄にもなく少し寂しく感じてしまった自分に、リュウガは自嘲し目を閉じた。
ペンダントは、ちゃんとあった。
倒れた時に強く握りすぎたせいで、尖った装飾の先に少し己の血がついていたが、乾いた血を払うと銀色のそれは美しく煌いた。
(お前の声が聞きたい)
(帰ってきたのだと、言わせてくれ)
雪の欠片は、何も答えず冷たい光を放っていた。