「どういうことだ!!?あいつが消えただと…!?」 激昂するリュウガに、ソウガはただ無言で小さく息を吐き、ほんの数分前に語ったことを繰り返した。 「士官はお前が出兵した夜、執務室で仕事をしているところを目撃されたのを最後に…失踪した」 叫ぶリュウガを上回る声で怒鳴り返したソウガは、眉を顰めて静かな声で続けた。 「……お前が重傷を負って敗退した時には既に彼女は拳王府にはいなかった。馬を使った後も無く、徒歩で移動できる距離は全て探しつくしたが…どこにも見つからなかった」 忌々しそうに顔を顰めて、半ば押し返すような形でソウガを離すと、リュウガは少し後ろに下がって目を逸らした。 「…何故俺に言わなかった」 ソウガの言葉を聞いて、リュウガは黙ってベッドに腰を下ろした。 「……それで"臥せっている"、か」 口が堅い者だけにリュウガの世話をさせていたのだろう。 「…どれほど経った」 リュウガの問いに、ソウガは目を逸らしながら答えた。 「…一週間ほどだ」 俯いたリュウガに、ソウガは言葉を続けた。 「…死体処理場も見たが、」 一瞬リュウガが息を呑んだのを聞かない振りをして、ソウガは言った。 「…いなかった。拳王府では、死亡の確認は取れていない」 そのまま黙り込んだリュウガを暫く沈痛な面持ちで見つめて、ソウガは踵を返し、言った。 「…一月半だ」 それだけ言うと、ソウガは病室を出て、去り際に病室の掃除を傍に居た兵士に言いつけていった。 リュウガが今にも飛び出して生きたい気持ちを、ソウガは理解していた。 「……」 声に出して名を呼ぶと、一気に喪失感が押し寄せてきて、リュウガは額に手を当てた。 「…何故だ…!」 絞り出すような声で呟いて、リュウガはあの忌まわしい夢を思い出した。 夢の中ではいつものように笑って、そして――
花瓶が派手に音を立てて割れ、水差しの水が床に飛び散った。
部屋の主は今にも飛び掛かりそうな剣幕で目の前の男を睨みつけ、体中を走る痛みを堪えて彼の胸倉を掴みあげた。
「…ああ」
「嘘をつくな!!」
「嘘じゃない!!!」
「……ッ、」
「黙れ、」
「領地内の軍閥にも彼女が出向いたという情報はない。拳王様の勅命もだ」
「黙れ!」
「これは事実だ!!リュウガ!!」
「…く、…!」
「知らせればお前は飛び出していくだろうと思ったからだ。…お前は拳王様の片腕だろう。緊急のこととはいえ、私情で怪我を悪化させるわけにはいかん」
「…!」
彼の言葉が正論だからだ。
将軍としてこの拳王府にいるのならば、一人の男としての事情は今は後回しにするしかない。
それは冷酷な現実だった。
「………すまぬ。お前が回復するまでは…知らせることは禁じていた」
「…なるほど。道理で病室に出入りする人間が少ないわけか…」
病室に出入りする人間がいつも同じ顔だったのはそういうことだったのだ。
「?」
「が消えてから、どれほど経っている」
「部屋は」
「そのままにしてある。誰にも立ち入らせていない」
「……そうか」
「…っ、」
「は……慰めにもならんな」
「…そうだな」
「…何?」
「お前の傷が完治するまであと一月半だと軍医が言っていた。それからであれば、責務を怠らない範囲で捜索ができる。…それまで耐えてくれ」
兵士数人が箒やちりとりを持って駆け込んでくるのを横目で見て、リュウガはベッドに身を預けた。
だから耐えてくれといったのだ。
ぼんやりと天井を見つめて、リュウガは暫くそのまま仰向けで寝転がっていた。
いつの間にか掃除は終わり、病室は静けさに包まれている。
―――――さようなら。
「くそっ!」
ああ、これは、
わるいゆめだ。