未だ治まらない荒れた世界で、拳王軍は侵攻を続けていた。 だが、それでもリュウガはを諦めてはいなかった。 とすると、誰かに連れ去られたのか。 それでも、リュウガは何故か心のどこかで確信していた。 「リュウガ様、どうなさいました?」 部下に声を掛けられて、リュウガは我に帰った。 「見えてまいりましたな」 手綱を握りなおして、リュウガは砂漠の真ん中の瓦礫のような街に馬を進めていった。 「こりゃあどういうことだ…!?」 部下が口々に騒ぐ中、リュウガは街の端のほうから微かな音を聞き取った。 「どうやらあちらのようだ。行くぞ!」 部下を引き連れて街の端に駆けて行くと、その途中で野盗らしき男たちがごろごろと転がっていた。 「…もしやケンシロウが…?」 弱き者たちを助けながら放浪していると言う、妹の恋人だった男を思い浮かべたが、この辺りでケンシロウが現れたと言う情報は来ていない。 「ちきしょう!!なんなんだ、てめえ!!」 男が悔しそうに吼え、相手に重い足音を響かせて突進していく。 「何でも屋さんの見習いですよ」 耳に響いた声と、目に一瞬だけ映ったその容姿は、 「………………?」 求めてやまない恋人のそれと同じだった。 ぐっと腰を落として、相手をよく見てタイミングを計ると、娘は地を蹴って男の懐に飛び込み手にしたナイフを一閃した。 「へ、へへっ、残念だったな、こんな傷じゃ…うぐっ!?」 途端に見る見るうちに男の顔色が変わり、体中が痺れだす。 「…安心してください、死には至りません」 その表情は悲しげで、しかし愚かな男を静かに戒めるように厳しい。 「ディロンさーん!終わりましたぁー!!」 先ほどとはうって変わっておっとりとした雰囲気を纏い、彼女は一仕事終えたと言わんばかりに額の汗を拭うと、ナイフと拳銃をベルトに挿した。 「んぎゃ!?何するんですかっ、サボり魔のくせにぃー!」 男に言われて目を向けると、そこには馬に乗った数名の男たちがじっと彼女たちのほうを見つめていた。 「あ…えと」 動こうとも逃げようともしない彼らに、彼女はおろおろとディロン、と呼んだ男を見上げた。 「…確認して来いや」 渋々と踵を返し、娘は男たちに近づくと尋ねた。
空を覆う雲の合間から、光の筋がきらきらと降り注いでいる。
宗教的な感傷を思い起こさせるそれを見ながら、リュウガは目を伏せた。
がいなくなってから4ヶ月以上も経ってしまった。
怪我が完治してからソウガから引き継いて捜索を始めたものの、何の足取りも手掛かりも掴むことができず、既に彼女は拳王府では死亡したものとされてしまった。
彼女を探そうとするものは、もはや殆ど居ない。
あんな唐突に、本当に煙のように消えてしまうことがあるはずがない。
最後に彼女が居たとされる執務室には争った形跡はなかった。
部屋も綺麗に私物が残ったままだった。
つまりは拳王府で殺されたわけでも、自分の意志で出て行ったわけでもないはずだ。
しかし、彼女が誰かと共に歩いていたと言う証言は得られなかった。
これが内部の人間の犯行だとすれば、誰かが嘘をついていることになる。
けれど真偽の確かめようもなく、怪しいと思われた人間は全てアリバイがあった。
もはや彼女が生きていると思うことは、リュウガのエゴだった。
はまだ生きている。
おそらくは、どこか自分の目の届かない場所で。
それは信じたくないと言う思いからでもあり、彼女から目を離してしまった己への戒めでもあった。
無理矢理にでも連れて行けば良かった。
それができなくとも、彼女に信頼できる人間をつけておくべきだった。
油断していたのだ。
もし生きていたら、今度こそ守りきる。
リュウガはそう誓っていた。
「…いや…」
今は考え事をしている場合ではない。
南の領地にある少し大きめの街――といっても正確には街としては機能していない――まで、野盗の討伐に遠征している途中だ。
それにあと数十分もすれば街に着く。
野盗の討伐と言えども気を引き締めなければならない頃だ。
「うむ…行くぞ」
砂を含んだ乾いた風が、馬の足をすり抜けていった。
数十分後、街に入ったリュウガとその部下たちは、その妙に静かな雰囲気に驚いた。
野盗が激しく襲撃を繰り返していると言う知らせを受けたから来たものの、野盗の影が見当たらない。
それどころか、人っ子一人居ない。
「…むっ!」
銃声だ。
「はっ!!」
気を失っているようだが、なんにせよ野盗は確かに襲撃に来たのだ。
しかし、今日はそれが誰かに阻まれて返り討ちにあった。
だとすれば、その返り討ちにした人物は誰なのか。
それに野盗たちの倒れ方はただ失神していると言った様子で、北斗神拳で倒された様子はない。
彼ではないのか。
倒れている野盗は音がするほうに近づくほど数を増している。
細い道が開けて広場に出ると、最後の一人と思われる野盗が巨躯を震わせて誰かと対峙していた。
男の影で見えないが、その人物はケンシロウではなく、むしろずっと小柄なようだ。
巨躯が動いたためにちらりと目に入った、野盗の相手を見た次の瞬間、リュウガは己の目を疑った。
*
突進してくる男を前に、娘は短い息を吐いてナイフを構えた。
銃弾は底をつき、使える武器はこれだけだった。
それでも負ける気はしない。
少なくとも、こんな大きいだけの男になんか。
刃が食い込んで、綺麗な一文字の傷が男の胸に刻まれる。
傷口はそう深くないが、彼女にはそれで十分だった。
振り返った男は、そうとも知らずに彼女にいやらしい笑みを浮かべた。
毒を塗った刃だと男が気づく間もなく、大きな身体がずん、と地に伏せた。
それを見ながら、娘は言った。
漸く全員の始末をつけたことを指で数えて確認すると、と、娘はふう、と力を抜いて壊れかけたビルの上に向かって声を掛けた。
しばらくして男がビルから顔を出すと、彼女はぱたぱたとその男の傍にかけて行き、ぷっと頬を膨らませてみせた。
それを見て、男が肩を竦めて煙草の煙を吹きかける。
「アホか。なーにが終わりましたよー、だ。そこで見てる連中は違うのか?」
「へ?」
するとディロンは呆れた様子でいった。
「う…はい…」
「あの、どちら様でしょうか?」