笑うとまるで花のようにふわりとした印象になる。

怒ると頬が膨れて、一気に幼くなる。

からかうといつも違った反応をしてくれる。

寂しそうな横顔は、空っぽで希薄で、触れることすら難しい。


銃とナイフを常に持ち歩き、

その手で誰かを傷つけ、

傷ついていくであろう彼女を、

手元に置いて隠しておきたいと思うのは、おかしいだろうか。

こんな感情は



ルール違反だろうか。





突然だが、は現在進行中のジュウザのおふざけをどう受け止めればいいのかと目を白黒させている。
頭をぐりぐりと撫でられたり、たまにスカートめくりなどの子供じみたちょっかいをかけられたりするのはいい加減に慣れてきた。
完璧に子供扱いされているのも理解している。
しかしながら、こういういたずらをされたことは、この3週間で一度も無い。
つまりは―――

押し倒された上に、とてもカワイソウなものを見る目で申し訳程度しかない貧しい胸を揉まれるという少々行き過ぎたいたずらは。


「…なぁ、
「な、なんでしょうか、」
「前から平らだとは思ってたんだが、ここまで平らだとは思わなかったぜ。まな板触ってるみてえ…Aの65と見た…」
「しみじみ言うなぁ!!だったらなんで揉んでんですか!っていうかそれ以前に触んないでください!!変態、スケベ、色魔ぁぁ!」
「静かにしろって。…こういうときくらいムード出せよ」
「じょっ、冗談じゃないやい!!退けええええい!」

ジュウザの最後の一言でようやく貞操の危機に気づいたは、これがおふざけであれなんであれとにかく逃げなければという結論に達した。
大体いいものをやると言われてついてきて、言われるままにベッドに座ったら押し倒されて乳を揉まれたなんて、ムードもクソも無い。
おまけに触られた上に文句まで言われたなんて、ムード云々以前の問題だ。
どことなく似たようなことがあった気がするのは気のせいであろうか。
ともあれ、が危機を脱しようとばたばた暴れていると、うまい具合にの肘鉄がジュウザの顎にヒットした。
ナイス肘。

「うっ、てめっ」
「よっしゃ!」

ジュウザが一瞬力を緩めた隙を突いては脱出を試みたが、足首を掴まれてベッドの上に顔から倒れて鼻を打った。

「ふぎゃっ!」
「往生際が悪いぜ?
「わ、悪くて結構です!」

襲う対象が鼻を赤くしてちょっと鼻水が出そうになっている時点で既にムードというものが欠落してしまったわけだが、ジュウザはチャンスとばかりに手馴れた動きでの顎を取った。
近づいてきた男の顔には、ひぃっ、と涙目になって後退しようとして、背中をぶつけた。
振り返ると、そこには壁しかなかった。

「!」
「行き止まり、だな」
「やッ…ん―――――――ッ!?」

くいっと顎を持ち上げられて、慣れた様子で唇を重ねてくるジュウザの胸をばしばしと叩くも、全く効果が無い。
まったく不死身であろうかと思うほどガッツがある気がするのはの気のせいではない。

「ぷは、」
「…顔真っ赤」
「うるせええええい!!このっ、ヘンタイ!ガキには勃たないんじゃなかったんですか!?」
「んー、女にしてやろうと思って」
「いらんわあああああああ!!」

この瞬間、掲げられたの手のスピードは他のどの拳よりも速く、バッチーンと非常に良い音を出して目の前の男の頬を引っ叩いたのであった。



「あはははは!なぁにその顔!ジュウザってばー!」
「うるせーなっ」

女に囲まれて不機嫌にソファに横たわるジュウザの左頬には、見事に真っ赤なモミジが刻まれていた。
じんじん痛む頬に、ジュウザは顔を顰めてばつが悪そうに舌打ちした。
彼の経験からすれば、女性は少々強引な方が喜ぶものだが、に関しては違うらしい。
これだから子供の基準はわからねえんだ、と言い訳じみたことを思う。

「で?誰にやられたのよ?」
「…」
「もしかして、とか?まさかねー、いくらなんでも、」
「…だったらなんだよ」

不貞腐れた声でジュウザが答えると、ユナが甲高い素っ頓狂な声を上げた。

「うっそぉー!あんな若い子に手ぇ出したのぉ!?そりゃ引っ叩かれてトーゼンよ、ねえ」
「ホント、らしくないじゃない。後味悪いからって、アナタ純情な子には手出したこと無かったのに」
「ちょっとからかっただけだ。手は出してねえ!」
「そんなにキレイなモミジ付けられといて、説得力無いわよぉ?胸触ってキスくらいはしたんでしょ」
「うっ」

図星である。
女は鋭い。
まるで見ていたかのような的確さだ。
言葉に詰まったジュウザに、サラとユナは肩を竦めて苦笑した。

「ま、あの子も女だったってことね」
「がんばりなさいな」
「何をだよ!」

さァねー、といってそそくさと部屋を出て行く女達を見送り、ジュウザはため息をついた。

からかうと面白いものだから、ついつい調子の乗ってしまっただけだ。
別に本気なわけじゃない。
しかし拒否されるのが妙に腹立たしい。

(よりによって俺みたいなイイ男を棒に振るか、っての)

本気なわけでもないのに、遊びだったらいくら断られたってこんな気持ちにはならないのに、何故か可笑しなほどに動揺している自分がいる。
これは矛盾している。
理解不能で、複雑で、久しぶりに自分がわからなくなって、どうしようもない。

「…何してんだ、俺」

ジュウザが頭を掻いて一眠りしようとソファに横になったときだった。
アジトの弟分の一人が、血相を変えて飛び込んできたのは。



部屋に戻ったは、ジュウザの行動に疲れ切っていた。
からかい過ぎにも程がある。
人をなんだと思っているのだろう。
彼は人で遊びすぎだ。

「意地悪エロ魔人め!」

いつかぎゃふんと言わせてやるんだから、と心に誓おうとして、は気づいた。
もし彼にいざ「ぎゃふんと言わせてやります!」とでも言おうものなら涼しい顔をしてこう言うだろう。

"ぎゃふん"。

そして、更にこう続くに違いない。

"ぐうの音も出るぜ?ぐう、ほら、どうだ?嬉しい?"

「ぬうあああああああ!ムカつく!ムカつくうううう!!!」

勝手にシミュレートして勝手にムカついて、はベッドに顔を押し付けてギリギリ歯軋りした。
想像だけなのに何故こんなに腹立たなければならないのだろう。
なんだか微妙なデジャヴを感じつつも、は怒りに吼えた。

「もう、出て行きたい!ん?……あれ?」

ベッドの上を転げまわって、ふとは先ほどのやり取りに妙な感覚を覚えた。
以前にも、こんなことがあった気がする。
誰かに、圧し掛かられたことがあった気がする。
それも今回みたいなおふざけじゃなくて、もっと真剣に怖い思いをしたことがあったような…

「……違う。…違う、そうじゃない、」

あった気がする、じゃない。
"あった"のだ。

あれは何処かの城で、自分はそこにどうしてだか捕まって、それで本当に犯されそうになって、けれど助かった。
何処だっただろうか、あの城は。
どうして、誰に捕まったんだった?
そもそもなんでその場所に行ったのだったか。
そして、どうやって――否、誰が助けてくれたんだった?

次の瞬間、の脳裏に、まるで映画を早送りで見ているかのように、いくつかの光景が蘇った。
自分を寝台に押さえつけた男。


―――臆病者が強がるのを見るのは面白い


あれは、


―――壊して、服従させたくなる。


そうだ、

―――この俺の褥に侍ること、幸運に思うことだ。


金髪の男が、

獣の瞳で、

哂っていた。


「…聖…帝、サウザー…!」