My heart cries out to your heart     僕の心は君の心に叫ぶ

I'm lonely but you can save me     孤独な僕を君ならば救ってくれると

My hand reaches for to your hand   僕の手が君の手に届く

I'm cold but you light the fire in me  凍える僕を暖めるのは君という光

My lips search for your lips       僕の唇は君の唇を探す

I'm hungry for your touch        君の感触をこんなにも求めて

There's so much left unspoken    もう 言わなくてもわかるだろう

And all I can do is surrender      僕が出来ることは溺れることだけだ

To the moment just surrender     ただ身を任せることだけだ

―――Queen:”One year Of Love”







琥珀のディ・ロンは、全身の致命傷による大量出血が原因で、の叫びも虚しく逝ってしまった。
ジュウザにふざけて押し倒されたことで、リュウガについての記憶と何故自分がこの世界に居るのかという記憶を除き、自分が拳王軍に居たことを思い出したは、そのことを伝えられないまま、ディ・ロンと最後の別れを告げる事になってしまった。

ディ・ロンの亡骸は速やかに清められ、ジュウザの城の近くの岩陰で荼毘に付された。
昇っていく煙をどこか遠くのものを見るような気持ちで見上げて、ぼんやりと弔いを見届けると、はふらふらと部屋に戻った。
テーブルには、彼が使っていた2挺の拳銃が置いてあった。
これだけが形見だ。

それを直視した瞬間、もう二度と彼には会えないのだという実感が溢れ出して、は部屋を飛び出してバルコニーに出た。
乾いた風がジュウザに叩かれた頬を慰めるように撫でる感触すら、今は痛い。

しかし、この苦しさを紛らわせるわけにはいかない。
これは現実なのだ。
受け入れるほか術の無い、悲しいリアルだ。

知らずのうちに、の唇は彼の口ずさんでいた歌を紡いでいた。


"Just one year of love, is better than a lifetime alone

One sentimental moment in your arms

Is like a shooting star right through my heart

It's always a rainy day without you

I'm a prisoner of love inside you -

I'm falling apart all around you… "


じゃり、と誰かの足音がして、はゆるゆると振り向いた。
腕を組んだジュウザが、いつの間にかバルコニーの壁に凭れてを見ていた。

「…あの唄か」
「…はい」
「なるほど。…あいつの弔いにゃもってこいだな」

呟いた彼の声は、いつもどおりに振舞おうとしているようで、やはり悲しげだった。
以上にディ・ロンと付き合いの長かった彼に、馬鹿な質問をした自分を恨み、は黙って俯いた。
痛々しい沈黙は、ジュウザがへの謝罪の言葉で破るまでしばらく続いた。

「…悪かったな」
「え…?」
「顔。ぶっちまってさ」

とんとん、と自分の頬を指して、は叩かれた頬を少し押さえた。
少し熱を持っているが、大したことは無い。
明日の朝には、鏡にはいつもと変わらない自分の頬があるだろう。

「いえ…私こそ。取り乱しちゃって…すいませんでした」

失態を詫びると、ジュウザは肩を竦めて、別に気にしてねえさ、と答え、重い空気を壊すように頭を掻いて、明るい声で言った。

「女、殴るもんじゃねえな。気分悪いったらありゃしないぜ」
「あれ、ガキじゃないんですか」
「なんだ、嬉しくないのか?女扱いしてやってるんだ、珍しく」

手摺の傍に立っているに近づいて、いつもよりもずっと優しく頭を撫でるジュウザに、はほんの少しだけ微笑むことが出来た。
ジュウザがこうして行動とは裏腹にからかうようなことを言うときは、元気付けようとしてくれている時だ。
自分だって苦しいだろうに、面倒見のいい彼の気遣いに、は心の中で礼を言った。
そして同時に、不意に思い出す。

「…”女としてみてもらいたいなら”」
「?」
「”もう少し肉をつけることだ”って。誰かに、言われた気がします」
「…言えてるな、そりゃ」

どこの誰に言われたのか知らんがな、と軽口をたたくジュウザに、は小さく笑った。
全く、どこで誰に言われたのだか。
しかし、それは今のには大した問題ではないように思えた。
それよりも今は、もっと考えるべき重要なことがあるからだ。

すっかり日が落ちて、星が雲の隙間からちらちらと見える空を見上げて、は溜め込んでいた言葉を吐き出した。

「…私がもっと強かったら。もっとディロンさんが信頼できる実力があったら良かったのに」
「……」

お前の所為じゃない、と言おうとするジュウザを頭を振って制し、は続けた。

「覚悟が足りなかったんです。…こんな後になって覚悟ができても、もう遅いけれど」

そうだ、全てがもう遅い。
だが、無視できない事実でもあるのだ。
現にディ・ロンは、を本当の意味での相棒とは考えていなかったからこそ、ジュウザに預けたのだから。
ジュウザもそれはわかっていた。

「…否定はしない。…けどな」

わかっているが、それでもだけが悪いわけではないとジュウザは思う。
ディ・ロンがをジュウザに預けたのは、彼女の無力だけが理由ではないと知っているからだ。

「お前が同じ怪我してたら、あいつはもっと後悔しただろうさ」
「…そう、かな」
「ああ。…あいつはそういうやつだ」

ジュウザが小さな背中を擦ってやると、は俯いてぐっと頭をジュウザの胸に押し付けた。
それをあえて何も聞かずに、ジュウザはただの背を擦ってやることにした。

泣き顔は見られたくないけれど、ただ、泣きたいのだろうから。
一人で泣くのが痛いから、自分を頼っているのだろうから。

「…ふ…、っ……、」

嗚咽を漏らして震えるの目から零れた涙は、ぽたぽたと落ちてバルコニーの床に丸いしみを作る。
ジュウザは泣けない。
自分が泣けば皆の悲しみに拍車がかかるからだ。
ジュウザが望まざるを得なくとも、ここには弟分や自分を頼っている女がいる。
だから泣けないのだ。

そんなジュウザの分まで涙を流すかのように、はひたすらに泣いて、夜風ですっかり身体が冷えた頃に涙を止めた。
涙を拭った瞳には、先ほどの弱弱しい光は消えて、それを見てジュウザはの中で何かが変わったことを悟った。

そして、ディ・ロンの願いとは裏腹に、彼女がもう自分の庇護を必要としないことも。

「…出て行くのか?」
「はい」

あっさりと頷いたに驚くこともなく、ジュウザが黙ってが拭いきれなかった涙を親指で拭き取ってやると、は少しだけ微笑んで、ありがとうございます、と礼を言った。

「一応、理由を聞いてもいいか」
「…思い出したんです。自分が誰だったのか」
「…そうか」
「まだ、一番思い出したいことは思い出せないけれど。…何処にいたのかは、少しだけ思い出しました」

少し鼻声だが、はっきりとした意思を持って、は静かに口を開く。

「…私の名前は。拳王軍の特務士官でした」

告げる娘に最早空虚さはなく、代わりに確固とした存在を取り戻していた。


引用 Queen,"One year Of Love" in A Kind Of Music, (1986), Written by John Deacon.