いち早く異変に気づいたのは村の外で砦の修復をしていた村人だった。
砂埃を巻き上げて、黒い影が真っ直ぐに村に向かってくる。
それが刃や銃を光らせた拳王侵攻隊であることに村人が気づいた頃には、一番先頭を走っていた者が放ったボウガンの矢が、痩せたその身体を貫いていた。

「ぎゃあああああああああっ!!」

砦から村人の身体が地面に叩きつけられ、それに気づいた他の村人たちが慌てて砦を閉めようとする。
しかしバイクの速度にはついていけず、一気に村に侵入した侵攻隊は次々に村人を追い立てていく。
ある者はバイクに追いつかれて殺され、ある者は村の中央に向かってまるで狼に追われる羊の群れの様に集められていった。

悲鳴が飛び交う中で、バットもまた身を隠そうとしたところをボウガンで撃たれた。
しかし幸いにもそれは方に軽く刺さっただけで済み、彼は何とか敵をやり過ごして、リンがアイリと共に逃げたのを見届けると村を出た。
そしてケンシロウに知らせなければと、ほうほうの体で足を進めたのだった。


そしてはというと、建物の陰に隠れている村人を探し出す兵を、的確に一人一人潰していた。
銃を使うと目立つため主にナイフを操り、不意を突いてなるべく静かに兵を倒していく。
背後や横から斬りつけられた兵は、悲鳴を上げる暇もなく倒れた。

のナイフの刃には、神経性の毒が塗られている。
斬ったくらいでは死には至らないが、その代わり身体に入ればすぐに効く。
以前リュウガと会った村で使用していたのもこの毒だ。

毒を使うなんて卑怯だと思われるかもしれないが、は力が無い。
ナイフ程度では簡単に相手を始末できないのだ。
また、刃渡りの長い剣はの細い身体には重くて使えない。
そのため、即効性の毒を塗ると言うのはディ・ロンが教えてくれた闘い方だった。

何でも屋は仕事をこなすことが第一で、殺す殺さないは後回しだ。
必ずし始末しろと言われた仕事でなければ止めを刺す必要は無い、というのがディ・ロンの持論だった。
それで彼は、相手に時間がかかるならせめて邪魔をされないように動きを封じる確実な戦法を取らせたのである。

「ぐッ!」
「…ふう」

背後から背中を一閃し、短い悲鳴を上げて倒れ付したモヒカンの男を適当な縄で縛り上げて男が持っていたボウガンを奪うと、は素早い身のこなしで建物を渡り屋根に上ると、周囲に仲間が少ない連中から上から射撃した。
4、5人、また減らせることが出来たが、まだかなりの数がいる。

「全員一気に、って言うのは無理かなぁ…」

侵攻隊の目的は村人の命ではなく、おそらくこのムラの水や食料だろう。
野盗のようにそれも奪うだけではなく、領地にして定期的に供給させる気だ。
それならばまだ村人を殺しはしないはず、と矢が無くなったボウガンを捨てて、は倒したばかりの者から武器をかっぱらった。
そして生死に関わらずナイフで痺れさせた上で、本人がつけていたベルトで腕を拘束し、徐々に広場のほうに向かった。

が建物の陰に隠れて様子を伺うと、村人たちは全員広場に集められて監視されていた。
その端で、大きな鉄板を設置してその下に火を興している連中や、真っ赤に焼いた鉄の容器を見て、はきゅっと唇を噛んだ。
焼印だ。

(こんなことしてたなんて…)

自分が何故拳王軍にいたのかは、はまだ思い出せていない。
しかし、あんな非道を尽くしていると知っていて軍に居たのならば、自分はどれほど冷たい人間だったのだろうか。
否、知らなかったとしても罪だ。
自分は知らずに惨い虐待に手を貸していたことになる。
周囲が知らせようとしなかったのかもしれないが、これほど人間性の欠片も無い虐待を拳王が容認しているのなら、いくら記憶を取り戻すためであっても、万一にも拳王の元に戻ることは止めたほうがいいだろう。

しかし、今はそんなことよりも村人のことだ。
あの中にアイリやリンの影は無い。
バットもいない。
どうやら彼らは隠れるか逃げることに成功したようだ。
しかし、いつ見つかるかもわからない。

(…あの太った大きな男…)

見たところあれが隊長のようだ。
しかし距離が遠すぎる。
もう少し周囲の兵を気づかれないように削ってからでなければ、あれを倒すことは出来ない。
今出て行っても集中的に攻撃されるだけだ。

(徐々に敵の戦力を削って、最後にボスに始末。これでいこう)

だが、その場から移動しようとしたは足を止めざるを得なかった。
広場にリンが連れて来られたからだ。

「!」

侵攻隊の男に無理矢理連れてこられたリンの頬には、殴られた痕がある。
このままでは、あの焼印を押されてしまうだろう。
あんな高熱の鉄で肌を焼かれたら、あの小柄な身体では耐えられまい。
何とか焼印を耐えたとしても、後で傷口から熱を出して死んでしまう。

(時間が無い…けど、仕方ない)

(あの子達のこと、任されたんだから…!)

ナイフをしまい、すぐさまは銃を手にして広場に躍り出た。
高く跳躍しながら引き金を引き、続けざまに3人の急所を撃ち抜くと、着地と同時に突然の闖入者に呆然としている者たちを同様に2人撃ち抜く。

「ぎゃッ!」
「ぐえっ!!」
「て、てめえ!!何モンだ!!」
「それをお話しする前に、あなたはあの世行きですよ」

反応が遅れた敵が慌てて打ってきたボウガンを避けて建物に身を隠すと、はリボルバーから薬莢を散りだし、素早く弾丸を詰め込んで再び矢の中に出る。
5人連続でボウガンを射てきた連中を倒すと、は銃をしまい、今度はナイフに持ち替えてリンの元に駆けた。

さん!!」
「逃げてリンちゃん!皆も、早く!!」

ナイフで敵を倒しながら叫んだの声を合図に、リンが駆け出そうとする。
だが、の攻撃はリンの腕を掴んだ太い腕によって無理矢理に終わらされた。

「きゃーっ!」
「!リンちゃ…!!」

リンの悲鳴に振り向いたは、作戦が失敗したことをすぐに悟った。
侵攻隊の男がリンの腕を掴んで、その頭にボウガンを突きつけていたからだ。

「おい小娘!!このガキの命が惜しけりゃ今すぐ武器を捨てろ!!」
「…っ、」

ぎり、と奥歯を噛んで、は渋々ナイフを捨てた。
そのにもまた、あらゆる方向から武器が突きつけられていた。

「へへ、チェックメイトだ。銃も捨てろよ。逆らうと痛い目見るぜぇ」

勝手に名乗りを上げて低俗な笑みを浮かべる男に、は何も言い返すことなく、ただきっと男を睨んだままホルダーから抜き取った銃を地面に落とした。
武器を捨てたを、もう一人が羽交い絞めにする。
が丸腰であることを確認すると、男はリンを部下に押し付けての前に立ち、の小さな顎を無理矢理掴んだ。

「おい、何だその目は」

無理矢理視線を合わされても、はただ黙って男を睨んだ。
ナイフと銃が手元に無い上武器を突きつけられている状況では、例え目の前の男の不意を突いても部下の誰かが必ず攻撃してくる。
八方を敵に囲まれて無傷でいる自信は、正直、には無い。

「…おい小娘!何とか言いやがれ!!」
「…っ!」

男がの髪を鷲掴んで力任せに揺さぶる。
2、3本髪が千切れた音がして、は心の中で珍しくもクソッタレ、とあまり使わない言葉を吐いた。
女の子の髪を乱暴に掴むなんて信じられない。
しかし、いくら脅しても無言の抵抗を続けるに業を煮やした男は、の頬を思い切り打つと乱雑に部下から彼女を引き離し、をうつぶせに地面に倒した。

「ぐっ!」
「このクソアマ…!調子こいてんじゃねえ!!」

背中を抑えられた状態で左腕を掴まれてぐっと真後ろに引っ張られ、まずい、と思った瞬間、鈍い音を立てての肩が歪んだ。

「ああああああああああああああああああああっ!!」

痛みが肩から脳天を駆け巡る。
堪えきれずに悲鳴を上げると、男が満足そうにから手を離した。

「やめてぇっ!!」

リンが真っ青になって叫ぶが、それくらいで手を緩めるほど優しい相手ではない。
荒い息をついて脂汗を流しながら肩を押さえて転がったを見下ろして、部下の男の一人が厭らしい笑みを浮かべてに近づいた。

「へっ、所詮小娘じゃねえか」

男の足が後ろに振られて、勢いをつけての腹を蹴り上げた。

「ぐうっ!!」

まともに腹に衝撃を受けたは、地面を転がって芋虫のように身体を丸めた。
息をするのが苦しい。
男の蹴りは鳩尾に入った。
気絶しなかっただけましだが、これだけ痛いと起き上がることが出来ない。
このままではリンがあの焼印を押されてしまう。

が声も出せない状態でリンに目を向けると、リンは悪魔には屈しないと言って、熱く焼けた鉄板に向かっていった。
悔しさでいっぱいになりながら、はただそれを見つめているしかなかった。

(だめ、リンちゃん)

(だめ…!!)

力が足りない。
たった一人の少女を守ることすら出来ない自分が、情けなくて仕方がない。

まだ、この指は動くのに。

(なんで、私)

(立ち上がれないんだろう…!)


皆がリンを見守る中で、たった1人悔しさから逃げるように目を瞑ったは、待ち望んでいた男の一人の声が聞こえ、はっと目を開いたのだった。