「リン、!大丈夫か!?」

ケンシロウ達よりも一足早く村に戻ったレイは、安心して力が抜けたらしいリンに駆け寄ると小さな身体を支えた。
気丈に立っていたリンも、レイが現れたことで思わず安堵の涙を零した。

「それよりレイ…さんが…!」
「ああ、わかっている」

一先ずリンを安全な場所に下がらせると、レイは雑魚たちに構うことなく、力なく倒れているを抱き起こした。
抱き起こした細い肩は形に歪んでいた。

、しっかりしろ!」
「レイ…さん…すみません、リンちゃんたち…守ってあげられ、なくて…」
「人の心配をしている場合か!なんという無茶を…!」

憤るレイに、はただ苦笑いを浮かべて見せた。
無茶をしたというのはわかっているのだ。
レイはの肩になるべく優しく触れて、怪我の様子を見た。
ずきり、と肩が痛んだが、は歯を食いしばって痛みを堪えた。

「…大丈夫だ、肩が外れただけらしい。すぐに手当てをしてやるから、リンやバットと待っていろ」

レイに抱きかかえられて端に連れて行かれると、は素直にレイの言うことに従った。
今は戦える状態ではない。
無理に出て行っても、足手纏いになるだけだ。

選手交代とばかりに拳王侵攻隊の前に立ったレイは、鮮やかに敵を壊滅させた。
その強さを目にして、は唇を噛んだ。

自分の無力がどうしようもなく歯痒い。
誰かを守りきることが出来る力が欲しい。
ただ、そう思った。

さん…大丈夫?」
「あ…はい。こんなの全然痛くないですよ」

心配そうに自分を覗き込んだリンに無理矢理に笑顔を作って見せると、はレイの戦いを一秒でも長く眼に焼き付けようと、彼の舞うような拳を見つめた。


隊長格の男、ガルフは、思いのほか弱かった。
レイとの力の差が開きすぎているからそう思うのかもしれない。
だが、あっけなく自分の腹に溜まったガソリンで爆発した間抜けな最後は、余計にを苛立たせた。

(あんなのがボスだった隊の雑魚にやられるなんて…!)

人質さえいなければ、そんな"if"を考えそうになって、は頭を振った。
否、リン達がいたところで、やり方をもっと考えればいくらだってチャンスはあったのだ。
それが出来なかったのは自分の未熟さゆえだ。
慢心するべきではない。

しかし、爆風が晴れるにつれて、ははっと土煙の向こうに眼を向けた。
かつて感じたことのある雰囲気が、近づいている。
土煙が晴れていく。
その向こうから現れたのは、大きな黒馬に乗った威圧的な空気を纏う大男――

「…けんおう、さま…」



の唇から零れた呟きにも似た微かな言葉に、リンは訝しげにを見た。
何故彼女があの男を知っているのだろう。
それ以前に、何故彼を敬称で呼ぶのか。

さん……あなたは一体…」

一方、爆煙の向こうから聞き覚えのある声が耳に入り、ラオウは目だけをその声がした方向に向けた。
声の主は若い娘のものだった。
こんな場所に若い娘の知り合いなどいないはずだが、と眉根を寄せたラオウのその目に飛び込んできたのは、かつて彼の軍で情報士官を努めていた若き娘の姿だった。

「…!」

特務士官、少尉。
それが、数ヶ月前に死亡したものと思われていた彼女の肩書きだった。

「……お久し…ぶりです。拳王、様」

空に溶けていく煙の中で、は負傷した肩を押さえてゆらりと立ち上がった。
それを見て、レイがを振り返った。

「お前…!ラオウと知り合いなのか!?」
「まぁ…色々ありまして」

覇気の無い笑みを返して、はラオウをじっと見据えた。
この威圧感、間違いない。
彼が、かつて自分を軍の士官として扱っていた男だ。

「何故ここにいる」
「レイさんと、あなたの弟さんに…ッ!…助けて頂きました…」
「…ふん。…ケンシロウか」
「もう1人の弟さんも…奪還されちゃったみたいですね。資料でしか、存在は知りませんでしたが…」

肩の痛みを堪えながら、は時間を稼ごうとできる限り話を続けた。
ラオウが自分の記憶の復活の大きな手がかりになる人物だと思ったからだ。
眼光やその強大な存在感は、確かにの身体を無意識のうちに震えさせる。
だが、今を逃せばこんなチャンスは二度と巡ってこないだろう。

「無駄話は興味が無い。命を拾ったのであれば、早く軍に戻るがよい」
「私の、軍籍、残ってるんでしょうか?」
「死亡扱いは取り消せばよかろう」
「……」

ラオウの言葉に、は引っかかるものを感じた。
死亡扱い。
確か、の記憶が全く無かったのは約4ヶ月と3週間程度。
記憶を取り戻してからの期間を合わせると、軍を抜けていた期間は約5ヶ月程度の間だ。
だが、覚えている限りの軍の規定では半年以上連絡が無かった者に限り軍籍を失う、といったような決まりがあったはずである。
軍籍削除には早すぎる。

(行方不明じゃなくて、死亡扱い)

(…おかしい、よね)

(拳王様は、気づいてないのかな)

が妙な違和感に無言で思案し始めると、話についていけないレイがに駆け寄り問い詰めた。

!どういうことだ、説明しろ!」
「あ…えと、」

元・拳王軍所属というのは、やはりあまりいいイメージは無いようだ。
だが、こういう反応が来ることはそれなりに予測していたものの、ここまでとは思わなかった。
返答に困ったが口ごもっていると、代わりにラオウが口を開いた。

「その娘は我が拳王軍に属していたのだ」
「なにぃ!?」
「そんな…!」
「や、5ヶ月前の話です!今は違いますよぅ!っ、!」

レイだけでなくリンにまでショックを受けたような顔をされ、肩を外されていたことを忘れて慌てて否定するように首を振ると、の肩が酷く痛んだ。
するとそれを見たレイは、後で話を聞かせてもらうぞ、とに言うと、ラオウに向き直った。